待ちに待った六月四日! 白部さんとノーラちゃんもいらして、リビングのテレビで国会中継を視聴中です。さすがに、気になりすぎて仕事が手につかないので。
白部さんには、髪を「似合ってます」とお褒めいただき、ちょっと上機嫌。
スマホをハンズフリーモードにして、まりあさん、優輝さんらともグループ通話状態に。かくてるの皆さんは、キャンプしながらポータブルテレビで見ているようです。
開会の挨拶が終わり、まずは参議院から上がった様々な調査報告や法案が読み上げられる。お、猫耳人間人権法案きた! でも、提案順的にだいぶ後の方になりそう。
「これ、だいぶ後になりそうですねえ。もどかしいなー……」
紅茶を飲みながら、そわそわ。
「私たちにとっては大問題ですけど、その他大勢の国民にとって重要度は低いですからねえ」
対する白部さんは、至って冷静だ。でも、表面上そう見えるだけで、内面はきっと緊張してるに違いない。私たちの中で、もっともこのために活動されてきたのだから。
アメリから、「何話し合ってるの?」と尋ねられたので、「国民の生活に関する、いろんなことだよ。アメリたちに関する話もそのうち出るからね」と、ざっくり教える。
ノーラちゃんは、どうにも興味が湧かないのか、大~きなあくび。サッカー選手になれるかどうかの、重要な話なんだけどなあ。まあ、私たちにとっての本題に入ってないからね。
「アメリ、ノーラちゃんに生き物の本貸してあげてくれる?」
「いいよー。ノーラ、一緒に来てー」
暇してたノーラちゃん、興味のある本を見せてもらえるということで、喜んで寝室に向かいました。
「あたしらも、もどかしい思いで見てます。こりゃ、だいぶ先になりそうだ。ミケ、暇だからってダンスしてますよ。ノーラちゃんがどうこうとか聞こえましたけど?」
優輝さんの声だ。
「ノーラちゃんも、今のところ興味が湧かないようなので、人権法の話し合いが始まるまで、アメリの生物本を読ませてあげることにしたんです」
「あはは。ノーラちゃんらしい。まりあさん、クロちゃんはどうですか?」
「クロちゃんは、真剣に見入ってます。ほんとに、みんな性格が違いますね」
ちょっと愉快そうに、くすりと笑う。
そんな会話をしていると、子供二人が本を手に戻ってきました。
さっそく、読み耽るノーラちゃん。アメリは中継を見ながら、「これ、どういう話?」と次々質問を飛ばしてくる。そのたびに、噛み砕いて説明する私と白部さん。
まりあさんも、クロちゃんに内容を教えてあげているようだ。
めいめい様々な受け止め方で議論を注視し、あるいは流す我々をよそに話は粛々と、または喧々諤々と進んでいき、ついに……猫耳人間人権法案の出番が!
「ノーラちゃん、人権法の話が始まったよ」
「おー?」
白部さんに促され、本から顔を上げてテレビを見る彼女。
法案を出すに至った発端から始まり、ではどのような調整を施すかというところまで話が進んでいきます。
正式発表されたところによると、現在猫耳人間は国内に十一人いるのだらしい。あれから世界的にも、猫耳人間の人口は百九十二人まで増えているとか。うち、五%以上が日本にいて、さらにそのうち四人がF市のご近所に住んでいるというのは、ちょっとすごい。
そうしたデータ類をもとに、今後も増加が見込まれること、法整備の必要性があることなどが提案される。
具体的な議論が始まった。たとえば、戸籍をどうするのか。年齢はどう扱うべきか、などなど。さすがにこの期に及んで、法案自体に反対する議員はいないようだ。
参考人として、いつぞやの長野先生も招致されていて、議員たちの質問に答えていく。
また、話は現在T総などの研究機関で行われている、長時間の定期検査にも及んだ。非人道的なのではないかという議員と、むしろ今後を考えれば人道的な行いであるという議員との間で火花が散る。
当事者としては、複雑な心境だ。
検査の後、疲労でへろへろになっている子供たちをいつも見ているし、逆に何かあったときのためにデータが必要というのは、それはそれですごく良くわかる。
猫耳人間は、おそらくチンパンジーより人間に近い存在だけど、じゃあ医学的に何もかもが共通するかというと、そんなことはないはずで。
いざというとき、「人間と同様の治療法が通じませんでした」じゃ困る。
また、アメリは今のところ、ごく初期に風邪を引いたぐらいだけど、病気や怪我をした際に治療費が無料というのは、今後を考えると地味にありがたい。
結局、両議員それぞれの言い分に頷けるところがあるというのが、私の感想だ。
「白部さんは、この件についてはどう思われます?」
「複雑な心境ですね。純粋に研究者であった頃は、今後のために長時間に及ぶ検査もやむなし、という立場でしたけど。実際親になって、疲労困憊しているノーラちゃんを見ると、気持ちがゆらぎます」
やはり、彼女も同様か。そう考えると、当事者不在のまま交わされる議論に、違和感を覚えなくもない。
結局、議論は平行線のまま終わり、近いうちに当事者を招き、改めて審議しようという結論になったようです。これにて、第一回の審議は終了。どっと、疲れが背中を襲ってくる。
「ひょっとしたら、私、国会に呼ばれるかもしれませんね」
白部さんが、緊張で乾いた喉を潤すように紅茶を飲む。
彼女は、研究者でありながら猫耳人間の保護者でもあるという、稀有な存在だ。その可能性は、大いにある。
「いやー、やっぱり一回じゃ結論出ませんか」
スマホから、疲れ気味な優輝さんの声が聞こえてくる。さすがの彼女も、だいぶ気を張って見ていたのだろう。
「わたしとしては、とりあえず医療は置いておいて、戸籍法だけでも決定して欲しいところですね」
と、まりあさん。たしかに、もっともな話だ。さしあたって、立場がふわふわしているこの子たちに、立つべき地面を与えてあげて欲しい。
「多分ですけど、私のほうに色々話が回ってくると思いますので、可能な限り意見を述べてみようと思います」
お二人に、先ほどの可能性を伝える白部さん。「お手数ですが、よろしくお願いします」と、我々の代表になるかもしれない彼女に、期待と労いの言葉をかけるお二方。
「そういえば、優輝さんたちはいつ頃こちらに戻られるんですか?」
ふと、別方向の疑問を尋ねてみる。
「もう少ししたら、撤収です。帰宅は、夜になるんじゃないですかね? LIZEに色々写真送っておきましたから、良ければ後で見てやってください」
「わかりました。後ほど、拝見しますね」
とりあえず、本日のメインイベントは終わったわけだけれど。
「白部さんは、この後どうなさいますか?」
「そうですねえ……もののついでですし、猫崎さんさえよろしければ、アメリちゃんとノーラちゃんに勉強を教えたいと思いますが、いかがでしょう?」
「ありがとうございます。では、不躾ですが、私は仕事をしながらで失礼します。新しいお茶、淹れてきますね。先に、寝室へ向かっていてください。アメリ、座布団出してね」
「らじゃー!」と敬礼するアメリと、立ち上がる三人を背後に、ティーセットを持って台所に向かう。
とにかく、子供たちに良い風が吹いてほしいものです。
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