「やったね、ノーラちゃん! 花マルだよ~」
白部さんの明るい声が聞こえる。
「おー! やったぜ! ブンレッツに完全勝利だ!」
これまた、嬉しそうなノーラちゃん。
「ひょっとして、割り算修了ですか?」
首を向けて、話しかける。
「はい。本当に、猫崎さんのブンレッツ作戦のおかげ様で……」
深々と頭を下げられてしまう。
「いやー、私はきっかけを出したに過ぎませんから。やはり、白部さんのお力と、ノーラちゃん自身の努力の賜物ですよ」
「ありがとうございます。今日は、鶏肉で何か作ってあげようね」
「ホントか!? やったー!!」
バンザイノーラちゃんスタンプ状態。ほんとにチキン好きなんだね。聞くところによると、鶏肉は良質なタンパク質で、一流スポーツ選手も好んで食べるとか。
あ、タンパク質といえば。
「ノーラちゃんって、納豆食べられる?」
「おー? たまに食べるよなー、ルリ姉」
「そうね。スポーツ始めたし、もっと出したほうがいいのかしら」
さすがお医者様。私の言わんとすることが通じましたか。
「おねーちゃん、明日の朝は納豆ごはんにする?」
「あー、それもいいねー。じゃあ、明日は和食でお願い」
「らじゃー!」
すっかり朝食担当が板についた我が娘。なんだか申し訳ない気持ちになるのは相変わらずだけど、本人は「楽しい」と言ってるので甘えていいのかな。
「ミケもアレよ。だし入り卵焼き作れるようになったわ!」
ドヤ顔で胸をそらすミケちゃん。
「あら、すごいじゃない!」
「みんなも褒めてくれたのよ。美味しいって!」
「おおー、ミケすごい!」
アメリに褒められ、鼻高々なミケちゃん。相変わらず、妹からの敬意がツボなようで。
「今度は、おにぎりかサンドイッチに挑戦するわ」
一同、ぱちぱちと拍手。そういえば、料理の覚えがアメリより遅いことを気にかけてないな。こないだの一件で、優劣にこだわらなくなったのかな。
実に幸せな空間だ。私のわがままとはいえ、うちを勉強会場にしていただいて、ほんと良かった。
「ノーラは料理覚えないの?」
ミケちゃんが疑問を呈する。
「とりあえず、野菜切ったりして手伝ってるぞー。自分じゃまだ、料理らしい料理は作れないけど……」
そういえば、うちに一日がけで来たとき、料理できないの気にしてたのが、包丁を使うきっかけだったっけ。
「猫崎さんのおかげですね。ありがとうございます」
「いえいえ。私なんて、大したことは教えてないですし。これも、白部さんのお力とノーラちゃんの努力の賜物ですよ」
後頭部を撫でて照れる。
「あ!」
白部さんが突然声を上げる。
「すっかりお料理の話に脱線してしまいましたけど、小二向け漢字のプリントいただけますか?」
「あ、はい。すみません。なんか、私が納豆の話をしたばかりに」
プリンターから、漢字一覧が吐き出される。
「いえ、私こそ、ついつい。……ありがとうございます」
白部さんにプリントを手渡す。
「脱線といえば、私もお仕事のこと、すこーんと頭から抜けてました。再開させていただきますね」
「お疲れ様です」
こうして、それぞれの作業を再開。つい、寄り道しちゃうね。
耳に聞く限り、アメリは、小数の足し算・引き算はほぼマスターしてる模様。すごいね、うちの子。そういえば、もうすぐT総かー。例の話、どうなるのかなー?
今、白部さんをせっついても仕方ないよね。検査の日にお話をって、はっきり言われたし。
とりあえず、別の話を訊こう。
「白部さん。アメリの小数が終わったら、次は何を勉強させるおつもりでしょう?」
「そうですね。小四漢字を教えようかなと」
「おおー。算数は、もうやらない?」
アメリちゃんの、残念そうな声。
「これから算数では『文章題』っていうのやっていくから、漢字覚えたほうがいいかな」
「そうなんだー。頑張る!」
気合を込めるアメリちゃん。クロ先生の二字熟語パズルが、一つ先のレベルに進むかな?
「むむ。アメリより早く覚えなくちゃね」
対抗意識を燃やすミケちゃん。根っこの部分は、やっぱ変わらないか。でも、嫉妬心は見られないね。
「アタシも、エレメントレンジャーの本とか図鑑読めるように頑張るぜー!」
ノーラちゃんも燃えている!
クロちゃんは、さっきから黙々とお勉強してるね。もともと静かな子だもんねー。
おっと。仕事に集中、集中!
◆ ◆ ◆
夕刻。勉強会もお開きになり、三人を見送った後、アメリとクロちゃんを車に乗せて、一路宇多野家へ!
「ありがとうございました」
クロちゃんが、ぺこりとお辞儀して、傘を開きながら降車する。
「忘れ物ない?」
「はい。では、失礼します」
失礼しますとか、幼女の挨拶じゃないわね。ほんと、礼儀正しい子だこと。
「まりあさんにお菓子のお礼、後で伝えるね」
門前で、もう一度私たちにお辞儀し、家へと入っていきました。
では、わたしたちは「さわき」さんで、ごはんの材料の買い出しといきましょうか。進路変更もさせてもらわなきゃだしね。
◆ ◆ ◆
晩ごはんを済ませ、仕事に取り掛かろうとすると、アメリちゃんが再び、妖怪・子泣きアメリに。
「えへへ~。続き~」
「ふふ、甘えんぼさん。おんぶしてあげよっか」
「おお~! してして!」
愛娘を背負い、よっと! ……お? おおお?
「お、重……」
ふらつきながらも、なんとか立ち上がる。
「おねーちゃん、だいじょーぶ? 降りよーか?」
「だ、だいじょぶ……せっかく背負えたんだし、頑張る」
アメリちゃん、太ったようには見えないしなあ。単純に成長してるんだな。こういうことができるのも、あと少しか……。
寂しくもあり、嬉しくもあり。
「背負って実感したけど、アメリもだいぶ成長したねえ」
「おお~。そうなんだ!」
「もうすぐ九歳だもんね」
ゆらゆらしながら、対話。
「こういうことできるの、たぶん今のうちだから、甘えられるうちに甘えておいてね」
「わかった!」
さらにしばし、ゆらゆら。
「おおう……お姉ちゃん、さすがに腰に限界が来そうです。ごめんね、降ろすよ」
「はーい。ありがとー」
アメリをそっと降ろす。
思えば、初めておんぶしたのが、風邪を引いたとき。あのときは、火事場の馬鹿力が出てたのかもしれないけど、こんなに重く感じなかったのになあ。子供の成長って、早いね。
「代わりに、ご本読んであげるね」
「うん! じゃあ、今日はこれにしてー」
「くろねこクロのたび」最新巻を取り出す娘。もう、何度か読んでるよね。急かすわけじゃないけど、新作楽しみにしてます。
ベッドで横になるアメリのそばに腰掛け、読み聞かせを始める。
こうして、アメリにたくさん甘えてもらえて、大満足な私でした。
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