「ミケちゃん、あれから久美さんの歌のほうはどう?」
今日も今日とて、お勉強会。問題用紙ととっ組み合っていた彼女に、例の計画の進捗を問うてみる。
「久美、うなってるわ。やっぱり、ムズカシーみたいね。ミケも協力してるんだけど」
まあ、本来のお仕事もしながらじゃ難しいよね。
私だって、「仕事と同時進行で、小数の勉強が楽しくなる漫画描いて」と言われたら、かなり悩む。アメリに教えるとき、分数までなんとか楽しく教えられたのが、割と奇跡的なんだな。
協力したいものだけれど、久美さん直々に、仕事に集中するようにお願いされたからね。彼女の心遣いを無駄にしないためにも、頑張りましょー!
しかし、白部先生の教室は本当に助かる。本来なら、私がアメリに教えなければいけないことなのに、ありがたいことしきり。
「猫崎さん」
「ほいっ!?」
白部さんのことを考えてたら、当の本人から呼びかけられてびっくり。
「分裂怪人作戦、効果てきめんですね! ノーラちゃん、興味持って学んでくれてます。宇多野さんにも、お礼を言わないと」
「本当ですか! それは良かったです」
お役に立てたようで、良き哉良き哉。
「おー! こうやってベンキョーすると、面白いな! ブンレッツとの戦いが、目に浮かぶぜー」
怪人、ブンレッツとかいう名前なんだ。まんまだね。
「いいなー。ミケもそうやって、キョーミ持てるので勉強できたらなー」
ぼやくミケちゃん。ごめんねー。「勉強そのものに楽しさを!」なんて言っておいて、このノーアイデアぶり。
「センセーはさ、勉強って楽しかった?」
「ええ、すっごく! ……って言えたら、説得力があったんだけど。残念ながら苦痛というほどでもないけど、楽しくもなかったかな。医学部に入ってからは、やりがいはあったけど、とにかく必死で」
「ふーん」と、良くも悪くもない反応に、気の抜けた返しをするミケちゃん。
「だからそのぶん、猫崎さんの『楽しくお勉強』っていうアイデアに心惹かれてね。みんなには、楽しく色んなことを学んでほしいなあって」
あら、私ってば影響大?
「クレヨンやブロックを使っての勉強法や、アメリちゃんの恐竜式算数とか、心中すごく感動したんですよ」
屈託のない笑顔と賞賛を向けられるもので、「いや~、お褒めに預かり光栄です」なんて、後頭部を撫でて恐縮してしまう。アメリも同時に、「うにゅう」と人差し指を突き合わせて照れる。
「ふふ、本当にリアクションが親子ですね」
口に手を当て、微笑む白部さん。
「ミケちゃんはどうしよっか。気分転換に、漢字のほうにしてみる?」
「そーね。このまま、いまいちキョーミ向かない小数やってるよりいいかも。アメリには置いてかれちゃうけど、逆にクロに追いつくわ」
いやはや、プライドガール。自分に折り合いつけるのも、大変ね。
「了解。すみません、猫崎さん。小四向け漢字の一覧を、プリントアウトしていただけますか?」
「はい~。少々お待ちくださいねー」
執筆を一時中断し、一覧サイトにアクセス。プリントアウトする。まったく、便利な世の中ですこと。
「どうぞ」
とことこ歩いていき、記入用紙ともども、プリントを手渡す。
「ありがとうございます。じゃあ、ミケちゃん。やっていこうか」
「はーい」
こうして、再び白部先生と生徒たちの質疑応答がときどき交わされるだけの、静かな時間に再突入しました。私も仕事に集中。
「……でーきーたー!!」
次号の原稿脱稿! 思わず大声を出してしまう。予定よりもいいペースだ!
「おお、おねーちゃんお仕事終わったの?」
「あ、大声出してごめん。とりあえず、片っぽはねー。真留さんにチェックしてもらわないと」
送信~。はー、疲れたー。でもこの後、ほぼ間を開けずに、次々号と相変わらず読み切りのお仕事があるのです。ヤンナルネ。
とはいえ、一区切りついたとこで休息を入れたいので、みんなの輪に混ざることに。
「あまり書き順は、こだわらせないんですね」
ミケちゃんの漢字の書き方を見て、所感を漏らす。
「はい。今、ただでさえ勉強に苦手意識が出てますからね。あまりあれこれ詰め込まないほうがいいかなと」
なるほど。一方クロちゃんは、書き順も完璧だ。さすが、和ガール。
ノーラちゃんは、怪人……なんだっけ、ブンレッツ? 作戦が功を奏して、鼻歌交じりにお勉強。エレメントレンジャーの曲かしらね?
肝心の愛娘は、白部さんの用意したテスト用紙に、すらすらと正解を記入している。これなら、小数の足し算・引き算も卒業だねえ。すごいわあ、うちの子。バトンタッチして、お勉強教えようと思ったけど、出る幕ないわ。
「ミケちゃん以外は、順調な感じですね」
「そうですね。ミケちゃんは苦手意識さえなくなれば、すいすいいけそうなんですけど」
「なんでも、ガッコーの授業にはダンスがあるそうじゃない? それやりたいわ」
あー、あるねえ。でも、多分ミケちゃんが想像してるような、アイドルチックなダンスじゃないのよね。
「手持ち無沙汰ですし、新しいお茶菓子持ってきますね」
みんなからお礼を受け、台所へ。
戻り!
「おせんべいの次は、羊羹ですよ~」
「栗羊羹だ! ボク、羊羹ではこれが一番好きです」
とにかく「和」が好きなクロちゃん、嬉しそうにはにかみ、すごい好感触。彼女のはにかんだ顔って、ほんと控えめな感じで可愛いよね。
「アメリは、こないだ食べた芋羊羹っていうのが気に入った~」
「芋羊羹も美味しいよね」
などと幼女同士、主にクロちゃんメインで羊羹トーク。渋い光景だなー。
こうして楽しい休憩をはさみ、勉強会もラウンドツー。アメリは小数の学習が終わって教材が切れてしまったので、ミケちゃんと同じく小四漢字を学ぶことにしたようです。
その後、なんとか勉強会も無事終わり、お別れの後、クロちゃんを送り届けて帰宅。LIZEをチェックすると、無事原稿は受領されてました。
ふう、こうやってワチャワチャやるのは楽しいけど、親しき隣人たちでも、まるで気疲れしないといえば嘘になるね。
というわけで、アメリと二人きりでリラックスタイム。ベッドで膝枕して、頭を優しく撫でる。相変わらず、すべすべしていい触感だな。
「ねえ、アメリ。猫だった頃、幸せだった?」
「うん! よく覚えてないことも多いけど、すごく幸せだったと思う!」
「そっか」
アメリは、幸せに天寿を全うできたんだね。あの日覚えた罪悪感と後悔が、私の気の持ちようだと改めてわかり、心が救われる。
「でもね、今はもっと幸せかな! 生まれ変われて、おねーちゃんとお料理したり、お勉強したりできるようになって、すごく嬉しい!」
お陽様笑顔を向けてくる、愛娘。
「ありがとう」
アメリ。生まれてきてくれて、ありがとう。我が家へ来てくれて、ありがとう。十四年、一緒にいてくれてありがとう。生まれ変わってくれて、ありがとう。これからも一緒にいてくれて、ありがとう。心を救ってくれて、ありがとう。
万感の思いを込めて、「ありがとう」を伝え、頬をそっと撫でるのでした。
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