バーベキューパーティーの翌お昼過ぎ。幸いお酒の影響が残ることもなく、ネームが通ったので、文字学習タブレットと格闘中のアメリを背に下書き作業をコツコツ進めていると、机に置いていたスマホから着メロが。
画面を見ると、まりあさんから電話がかかってきたようだ。
「こんにちは」
「すみません! 昨日はとんだ失態を!!」
開口一番、電話の向こうで九十度ぐらい頭を下げてそうな勢いの彼女が謝罪を述べる。
まあ、心当たりといえばあの超絶ハイテンションモードぐらいしか思いつかない。
「ああ、いえいえ。私は特に迷惑してませんし」
「そうは仰っしゃりますが、本当にお見苦しいものを……。角照さんたちに謝罪しようにも、連絡先をいただく前にベッドに倒れ込んでしまって」
姿は見えずとも伝わってくる、この平身低頭ぶり。こんなに取り乱してるまりあさん見るの、初めてだな。うーむ。
「あのー。よろしければ、少ししてからそちらに伺ってもよろしいですか?」
「あ、はい。それは構いませんが……」
「ありがとうございます。そうですね……二時半ごろお邪魔します。角照さんたちの連絡先、今送りますね」
「角照さんたちのご連絡先いただけますか! ありがとうございます!」
というわけで、恐縮しまくるまりあさんと通話終了。これはさすがに、彼女を励まさなきゃだねえ。
「アメリー。ちょっとお出かけするよ。クロちゃんのところに持って行きたいおもちゃがあったら、用意しといてね」
「おおー?」と言いながら、文字学習タブレットから顔を上げるアメリ。さてさて、まずは下準備だ。
◆ ◆ ◆
「おねーちゃん、こっち駅だよね?」
車の運転中、宇多野家とは違う方向に向かっているのに気付き、アメリが疑問を呈する。
「そうだよー。ちょっと、先に買いたい物があってね」
訪問時間を、少し遅めにしたのもこのため。さて、着きましたよ。
F駅がある区域のM町にある「亀池堂」さん。いかにも歴史がありますって趣の、渋い店構え。おそらくここが、昨日クロちゃんが好きだと言っていたおせんべいを売っているであろう、和菓子屋さんだ。
「すぐ戻るから、ちょっと中で待っててね」
あんまり良くないことだけど路駐させてもらい、亀池堂さんの中に入る。
「いらっしゃいませ」
入店すると、人の良さそうな五十代後半ぐらいのおじさんが声をかけてくる。店主さんかな。店内も、これまたいかにもって感じの渋さ。
「ええと、この醤油せんべい一箱と……。他に何か、おすすめの物はありますか?」
「うちは、鮎最中とお団子が人気ありますよ」
「では、鮎最中も一箱お願いします。あと、みたらしとこしあんもそれぞれ四本ずつください。おせんべいともども、贈答用に包んでいただけますか?」
まりあさんたち、もしかするとつぶあん派かも知れないけど、このお店にはこしあん団子しかないからしょうがない。お買い上げした後は、素早く車内に戻る。
「さあ、今度こそまりあさんのとこへ行くよ~」
というわけで、一度自宅に車を停めてから宇多野家へ!
◆ ◆ ◆
「こちらをどうぞ。亀池堂さんで買ってきたものです。昨日クロちゃんから、あそこのおせんべいが好きだと聞いたので。他にも、鮎最中とお団子がありますよ」
「すみません、ありがとうございます。なんだか気を使わせてばかりで……。お茶を淹れてきますので、リビングでくつろいでいてください」
宇多野邸に通されたので、先ほどのお菓子を手渡す。う~ん、明らかに元気がないな。相当参っているらしい。
リビングでクロちゃんとアメリに正しいサメ知識を教えていると、まりあさんがお茶菓子の載ったトレイを手に戻ってきた。
まだ暑い日が続くとはいえ、緑茶の爽やかな香りはやはり気持ちいい。
お茶菓子を勧めてくるまりあさん。さて、どう切り出したものかな。
「先ほど、角照さんと連絡先を交換しまして」
攻め口を考えていると、彼女の方から話を切り出してきた。
「先日の件、お詫びしたんですけど角照さんは気にしなくていいって仰るんですが……」
とりあえず、黙って拝聴する。
「穴があったら入りたいとは、この心境で。もう、角照さんたちに合わせる顔がないです」
両手で顔を覆い、俯くまりあさん。これはまた、想像以上に深刻だな。
「角照さんは、気にしなくていいと仰ってるんでしょう? なら、大丈夫ですよ」
「向こうが許してくださっても、自分で自分が許せないというのがありますから」
むーん、ちょっと生真面目すぎるなあ。どう心を、ほぐしたらいいものやら。
「ええと、ものすごい笑い上戸というご自覚はあったのですか?」
「それが……大学時代、『宇多野と呑むと面白い』なんてよく言われてたんですけど、わたし自身そのあたり自覚なくて。で、初めて中途半端に記憶が残る呑み方をしたら、ご覧の有様という次第で面目ないです」
見るからにしゅんとしてしまう。だけど、大学か……よし、ちょっと荒療治をひらめいた!
「唐突な質問であれですけど、まりあさんは作品を執筆される際リアリティってこだわります?」
「え? ええ、まあ。児童向け作品ですけど、やっぱりでたらめなことを書くと、子供向けではなく子供騙しになってしまいますから」
明後日の方向にすっ飛んでいった話に面食らいながらも、真面目に答える。
「私、ちょっとしたコンプレックスがあるんですよ。実は高校卒業後、大学も行かずすぐに漫画家になったんです。まあ、本格的にプロの道を歩み始めたのは二十歳からなんですけど」
ともすれば自慢話にも受け取れるような内容に、いささか不思議な顔をしながらも静かに話に耳を傾ける彼女。
「だから、大学生の生活ってどう描いたらいいのか全然わからないんです。それが実は悩みの一つで。ゼミとかレポートとかその他諸々の大学要素が、どういうものなのかさっぱりなんですよ」
「コンプレックスがある」という出だしから始まった話に、まりあさんがやっと合点がいったという表情になる。
「ほかにも、漫画家って不安定な仕事じゃないですか。今はこうしてそれなりの生活をできていますけど、もし連載を失ったらと思うと、やっぱり大学は出ておけばよかったかなあって……」
あえて、暗い表情を作る。
「あ、あの神奈さん! 神奈さん才能あるから大丈夫ですよ!! 『あめりにっき』も短編集も全部買いましたけど、みんな面白かったです! だから、そんなに不安にならないでください! 大学生活で知りたいことがあったら、わたしに答えられる範囲で何でも答えますから!」
「わかりました。私にも後悔や悩みの一つ二つありますので、まりあさんも昨日のことあまり悩まないようにしませんか?」
「……そうですね。ご心配をおかけしました。もう、大丈夫です」
よっし! やっぱり、まりあさんは優しさに訴えるのが肝要よね。ちょっとあざとい方法だったけど、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」とはよくいったものだなあ。
その後は楽しく談笑……までさすがにテンション回復は無理だったけど、美味しいお茶菓子をいただき、大好きなおせんべいを食むクロちゃんの可愛い姿が印象的でした。
あ、初めての和菓子に「おお~!」ってなってたアメリも、もちろんとても可愛かったです! ともかく、めでたしめでたし。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!