神奈さんとアメリちゃん

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第三百四十二話 シェフのおまかせ ―後編―

公開日時: 2021年9月5日(日) 21:01
文字数:2,494

 筆をすいすい進めていると、スマホのアラームが鳴りました!


 といっても、今回はご飯炊きあがり二十分前。なぜなら……。


「アメリちゃん。なるべく口出ししないと決めたけど、ひとつだけ。あのタンドリーチキンスパイス私も使ったことあるけど、焼く二十分前にまぶしておく必要があるよ」


「おお? そうなの?」


 白部さんが作ってくださった、筆算割り算の宿題をやっていたアメリが顔を上げる。


「うん。なんで、キッチン行きましょ。私はちゃんと、『訊かれたら教える』以上のことはしないんで、安心して」


「はーい」


 筆記用具をまとめ、片すアメリ。そいじゃ、行きませうか。



 ◆ ◆ ◆



「さて、袋の注意書きを読んで、やってみようね。さっきも言ったけど、訊かれたことにだけ答えるよ」


「らじゃー!」


 スパイスの小袋とにらめっこするシェフ。そんなシェフの姿を、腰掛けて見守る私。特に難しい漢字もかったようで、チキンを包丁で開き、フォークでプスプスと刺していくと、スパイスを刷り込み始めました。


 ただ、常温でラップもせずに放置しようとするので、ちょっとだけルールを曲げて、「ラップして冷蔵庫に入れたほうがいいよ」とだけアドバイスする。そろそろハエが飛び始める季節だし、鶏肉の鮮度が落ちちゃうからね。


 かくして下ごしらえも終わり、一度寝室に戻るのでした。



 ◆ ◆ ◆



 ごはんも炊きあがったので、再びキッチンへ。では、シェフのお手並み拝見といきましょう!


 初手、どうしたものかと固まるアメリちゃん。私が普段やってる手順を思い出してるのかな?


「アメリ。レシピ見てもいいんだからね」


 このぐらいの口出しはOKでしょう。「鶏肉の見せてー!」というので、スパイスメーカーのレシピを見せる。


 「おお~」と、サイトを見ながら興味深げに言うシェフ。


 ややあって、「ありがとう」と言い、チキンを焼き始めました。


 先にブロッコリー茹でたほうがいいんだけどな。まあ、自由にやらせましょう。


 チキンが焼き上がり、お皿にオン!


 続いてシェフ、ブロッコリーを切り始めます。切断後は、いつも私がやってるように熱湯からお湯を沸騰させ、ブロッコリーをイン! あ、お塩入れ忘れてるねえ。


「おねーちゃん、何分ぐらい茹でたらいい?」


 ほい、質問いただきました!


「そのブロッコリー大きいから、三分ってとこかな」


「らじゃー!」


 タイマーをセット。


 すると突然、「あっ!」という声を上げ、冷蔵庫を開きます。


 どうしたんだろうと思っていると、お豆腐を取り出しました。


「おねーちゃん。おねーちゃんがいつもやってる、変な切り方教えてー」


 ほいほいと、近くに立つ。


「えーとね、お豆腐は柔らかいから。手の平の上で切るの。左手に乗っけてご覧」


 言われた通りにする。


「で、まずは真横にカット」


 すっと包丁が入る。


「お上手! あとは、小さな四角になるように切っていって。手の平に近づいたら包丁の刃に気をつけてね」


 スッスッと包丁が入っていき、お豆腐のキューブが完成する。お見事!


「上手上手!」


「ありがとー! ……あっ!」


 突然大声を出すアメリちゃん。


「これ、どうしよう……」


 そう、お味噌汁のお湯を沸かしてなかったんですねえ。


「お味噌汁にしたいのね?」


 問うと、こくこくうなずく。


「じゃあ、一旦まな板に置いてお湯を沸かそう」


 「おおー!」と、その発想はなかったとばかりに、一度安置。


 ところがここで、タイマーが! あたふたとパニックになりかけるシェフ。


 『どうしたらいいか、訊いて!』と目力で訴える。


「お、おおお……おねーちゃん、何からやったらいい?」


「ブロッコリーを冷やそう。いつも私がやってるの見てるし、やったことあるよね?」


 そう言うと、雷に打たれたように俊敏にブロッコリーをザルに揚げ、流水で冷やし始める。


 ちょこちょこつついて温度を確かめながら、冷めたと判断したのかお皿に盛る。あやや、水を十分切ってないね。


 続いて、お味噌汁用のお湯を沸かすシェフ。沸騰すると、お豆腐を入れる。


 しばしして、お味噌を溶き始める。ありゃりゃ、火を止めなきゃダメですよー。でも、あえてここは黙る。


 お味噌を溶き終わると、火を落とす。


 あとはプチトマトを洗い、ブロッコリーともどもマヨをかけて完成の体ではあるけれど。やはりというか、手際が良くないね。ごはんもまだ切ってないし。


 まあ、今の私も自炊歴八年の成果だから、最初はこんなもんよねと、料理を覚えたての下手っぴだった頃を思い出す。


 ごはんを盛り、お味噌汁をすくい、お茶を注いで着席。


「では、アメリシェフのおまかせをいただきましょう! シェフ、音頭をどうぞ」


「いただきます!」


「はい、いただきます」


 ぱくっ。うん、チキンが冷めちゃってるね。対面のアメリも眉をしかめている。


 お野菜は……ちょっと締まりがない。お塩を忘れたのと水切りが不十分だったのが良くなかったかな。


 お味噌汁は香りが飛んでしまっているし、ごはんはいまいちふっくらしてない。


 明らかにしょんぼりするシェフ。


「おねーちゃん、どう……?」


「素直な感想が欲しいかな?」


 真剣な顔つきでこくりとうなずくので、「悪いけど……」と前置きして、失敗点を解説付きで挙げていく。


「お料理って難しいね……」


「そうね。でもね、かくいう私も料理始めたての頃は失敗ばかりだったよ。だから、この反省を次に活かそう」


「うん」


 元気がないけど、しっかり応えるシェフ。次はきっと、もっと上手くやれるでしょう。


「あとね、もっと遠慮せずに色々訊いていいからね」


「うん」


 やっぱり元気がないな。


 おもむろに立ち上がって近づき、アメリの頭をぽんぽんと優しく叩く。


「失敗は誰にでもあるんだよ。私にも、まりあさんにも、優輝さんにも、白部さんにも。そうやって、失敗から人は学んで、成長していくんだ。だから、一歩一歩ステップアップしていこう」


 叩いていた手をぎゅっと取り、抱きしめてくる。しばらく、されるがままにされておきました。



 ◆ ◆ ◆



 残念ながら微妙な出来となった食事も終わり、後片付け。落ち込みながらも、最後まで自分の責務を全うするシェフ。


 ん、片付いたね。


「お疲れ様。じゃ、戻ろうか」


「うん」


 やはり元気がないので、肩をぽんぽん叩き、手を引いて寝室に戻るのでした。

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