筆をすいすい進めていると、スマホのアラームが鳴りました!
といっても、今回はご飯炊きあがり二十分前。なぜなら……。
「アメリちゃん。なるべく口出ししないと決めたけど、ひとつだけ。あのタンドリーチキンスパイス私も使ったことあるけど、焼く二十分前にまぶしておく必要があるよ」
「おお? そうなの?」
白部さんが作ってくださった、筆算割り算の宿題をやっていたアメリが顔を上げる。
「うん。なんで、キッチン行きましょ。私はちゃんと、『訊かれたら教える』以上のことはしないんで、安心して」
「はーい」
筆記用具をまとめ、片すアメリ。そいじゃ、行きませうか。
◆ ◆ ◆
「さて、袋の注意書きを読んで、やってみようね。さっきも言ったけど、訊かれたことにだけ答えるよ」
「らじゃー!」
スパイスの小袋とにらめっこするシェフ。そんなシェフの姿を、腰掛けて見守る私。特に難しい漢字もかったようで、チキンを包丁で開き、フォークでプスプスと刺していくと、スパイスを刷り込み始めました。
ただ、常温でラップもせずに放置しようとするので、ちょっとだけルールを曲げて、「ラップして冷蔵庫に入れたほうがいいよ」とだけアドバイスする。そろそろハエが飛び始める季節だし、鶏肉の鮮度が落ちちゃうからね。
かくして下ごしらえも終わり、一度寝室に戻るのでした。
◆ ◆ ◆
ごはんも炊きあがったので、再びキッチンへ。では、シェフのお手並み拝見といきましょう!
初手、どうしたものかと固まるアメリちゃん。私が普段やってる手順を思い出してるのかな?
「アメリ。レシピ見てもいいんだからね」
このぐらいの口出しはOKでしょう。「鶏肉の見せてー!」というので、スパイスメーカーのレシピを見せる。
「おお~」と、サイトを見ながら興味深げに言うシェフ。
ややあって、「ありがとう」と言い、チキンを焼き始めました。
先にブロッコリー茹でたほうがいいんだけどな。まあ、自由にやらせましょう。
チキンが焼き上がり、お皿にオン!
続いてシェフ、ブロッコリーを切り始めます。切断後は、いつも私がやってるように熱湯からお湯を沸騰させ、ブロッコリーをイン! あ、お塩入れ忘れてるねえ。
「おねーちゃん、何分ぐらい茹でたらいい?」
ほい、質問いただきました!
「そのブロッコリー大きいから、三分ってとこかな」
「らじゃー!」
タイマーをセット。
すると突然、「あっ!」という声を上げ、冷蔵庫を開きます。
どうしたんだろうと思っていると、お豆腐を取り出しました。
「おねーちゃん。おねーちゃんがいつもやってる、変な切り方教えてー」
ほいほいと、近くに立つ。
「えーとね、お豆腐は柔らかいから。手の平の上で切るの。左手に乗っけてご覧」
言われた通りにする。
「で、まずは真横にカット」
すっと包丁が入る。
「お上手! あとは、小さな四角になるように切っていって。手の平に近づいたら包丁の刃に気をつけてね」
スッスッと包丁が入っていき、お豆腐のキューブが完成する。お見事!
「上手上手!」
「ありがとー! ……あっ!」
突然大声を出すアメリちゃん。
「これ、どうしよう……」
そう、お味噌汁のお湯を沸かしてなかったんですねえ。
「お味噌汁にしたいのね?」
問うと、こくこく頷く。
「じゃあ、一旦まな板に置いてお湯を沸かそう」
「おおー!」と、その発想はなかったとばかりに、一度安置。
ところがここで、タイマーが! あたふたとパニックになりかけるシェフ。
『どうしたらいいか、訊いて!』と目力で訴える。
「お、おおお……おねーちゃん、何からやったらいい?」
「ブロッコリーを冷やそう。いつも私がやってるの見てるし、やったことあるよね?」
そう言うと、雷に打たれたように俊敏にブロッコリーをザルに揚げ、流水で冷やし始める。
ちょこちょこ突いて温度を確かめながら、冷めたと判断したのかお皿に盛る。あやや、水を十分切ってないね。
続いて、お味噌汁用のお湯を沸かすシェフ。沸騰すると、お豆腐を入れる。
しばしして、お味噌を溶き始める。ありゃりゃ、火を止めなきゃダメですよー。でも、あえてここは黙る。
お味噌を溶き終わると、火を落とす。
あとはプチトマトを洗い、ブロッコリーともどもマヨをかけて完成の体ではあるけれど。やはりというか、手際が良くないね。ごはんもまだ切ってないし。
まあ、今の私も自炊歴八年の成果だから、最初はこんなもんよねと、料理を覚えたての下手っぴだった頃を思い出す。
ごはんを盛り、お味噌汁をすくい、お茶を注いで着席。
「では、アメリシェフのおまかせをいただきましょう! シェフ、音頭をどうぞ」
「いただきます!」
「はい、いただきます」
ぱくっ。うん、チキンが冷めちゃってるね。対面のアメリも眉をしかめている。
お野菜は……ちょっと締まりがない。お塩を忘れたのと水切りが不十分だったのが良くなかったかな。
お味噌汁は香りが飛んでしまっているし、ごはんはいまいちふっくらしてない。
明らかにしょんぼりするシェフ。
「おねーちゃん、どう……?」
「素直な感想が欲しいかな?」
真剣な顔つきでこくりと頷くので、「悪いけど……」と前置きして、失敗点を解説付きで挙げていく。
「お料理って難しいね……」
「そうね。でもね、かくいう私も料理始めたての頃は失敗ばかりだったよ。だから、この反省を次に活かそう」
「うん」
元気がないけど、しっかり応えるシェフ。次はきっと、もっと上手くやれるでしょう。
「あとね、もっと遠慮せずに色々訊いていいからね」
「うん」
やっぱり元気がないな。
おもむろに立ち上がって近づき、アメリの頭をぽんぽんと優しく叩く。
「失敗は誰にでもあるんだよ。私にも、まりあさんにも、優輝さんにも、白部さんにも。そうやって、失敗から人は学んで、成長していくんだ。だから、一歩一歩ステップアップしていこう」
叩いていた手をぎゅっと取り、抱きしめてくる。しばらく、されるがままにされておきました。
◆ ◆ ◆
残念ながら微妙な出来となった食事も終わり、後片付け。落ち込みながらも、最後まで自分の責務を全うするシェフ。
ん、片付いたね。
「お疲れ様。じゃ、戻ろうか」
「うん」
やはり元気がないので、肩をぽんぽん叩き、手を引いて寝室に戻るのでした。
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