いつぞや猫時代のノーラちゃんを連れてきたペットショップ、「コジカ」さんに来ています。白部さんが、不要になったペット保険を解約しようと考えているとLIZEで仰っていたのですが、私たちの住む場所からコジカさんまでは歩きだとちょっと遠い。
ジュニアシートも今朝届いたので、徒歩では大変でしょうと車でお送りすることを申し出、最初は遠慮されたものの、「私も駅前に行きたいので、せっかくですから」とお買い物のお誘いとともにひと押しすると、「それではお言葉に甘えて」と同意していただいた次第です。
私とアメリは、白部さんが解約手続きをしている間、ペットショップ部分を見学なう。
「おお~……」
食い入るようにアメショの仔猫を見つめるアメリ。やっぱり好きなのねえ。
「おねーちゃん、この子と暮らしたい!」
瞳をキラキラ輝かせ、見つめてくる。
「だーめ」
しかし、私は首を横に振った。
「えー? 何でー?」
「いい、アメリ? この子をお迎えするということは、一つの命を預かることなの。もしこの子をお迎えしても、アメリが病気とかでどうしても世話できないとき以外、私は手を貸さないよ。命を預かることの大変さと大切さを知ってほしいから」
同じ目線に屈み、真剣な眼差しを向ける。
「ちょっと、ここではご迷惑だね。理由……私と、他ならぬアメリ自身の昔話をしようか」
LIZEで白部さんに少し車内でアメリと話をする旨を伝え、車に戻る。そして、私はアメリとの出会いの話を当の本人に聞かせることにした。
◆ ◆ ◆
今から十四年と少し前のこと。故郷福井で中学校に上がったばかりの私は、進学祝いとして両親から、何か好きなプレゼントを買ってもらえることに。
物心ついた頃から漫画と同じぐらい猫好きだった私は、猫をおねだり。すると、お父さんがこう言った。
「いいかい、神奈。猫をお迎えするのはいい。でもね、僕も母さんも、神奈が病気で動けないとかそういう場合以外、猫のことは世話しない。でも、アドバイスならするし、一緒に悩むこともする。ただし、それ以外は神奈が全部やるんだ。できるかな?」
「やる! 頑張る!」
思えば、このときの私は後先というものを深く考えていなかった。
そしてお迎えしたのが、ペットショップでビビッときたアメリカンショートヘアの仔猫。私はその子に、「アメリ」と名付ける。
両親は有言実行だった。朝寝ぼけていようが、たとえテスト前だろうが、病気で寝込んだとき以外は本当にアメリのことは相談に乗るまでのことしかしてくれない。ただし、アメリ自身が病気になったときだけは、車とお金を出してくれたけど。
トイレの場所は覚えてくれないし、壁や柱を遠慮なくひっかくし、餌やりにトイレ掃除、ブラッシングなどなど、教えること・やることが山積み。ほかにも、言葉で感情を教えてくれない、気まぐれな存在である猫の発するサインを覚えるのにも必死な毎日。
かいがいしくアメリの世話をする日々を送る中、「何で、こんなに大変なのに全然手伝ってくれないんだろう?」と、約束の意図を図りかね、お父さんに真意を尋ねてみた。
「大変だよね。それが、命を預かるということなんだよ。神奈もね、とても元気で良い子に育ってくれたけど、小さい頃はとても手がかかったんだ。ちょうど、神奈がアメリに対して感じているようにね。でもね、僕らはだからこそ、神奈をとても大切に育てようって思ったんだ」
お父さんが微笑み、ぽんぽんと頭を優しく叩く。もう子供じゃないんだからと、眉をひそめた当時の私。
「はは、ごめんごめん。神奈は、何歳になっても僕らの可愛い娘だからね。神奈にもアメリの世話を通じて、命を育むことの大変さと大切さを知ってほしかったんだ」
お父さんが、私と共通の好物である砂糖抜きのコーヒー牛乳を飲む。
両親の真意を知った私は、今まで以上にアメリの世話に打ち込んだ。同時に、小学生の頃から趣味で描いていた漫画執筆にも本格的に取り組むようになり、学業・執筆・世話の三足わらじという大変目まぐるしい日々を送るようになる。
でも、アメリは私の愛にきちんと応えてくれ、筆が進まず悩んだとき、テスト前で頭がパンクしそうなとき、そして漫画賞に落ちたときも、ずっとそばにいて「にゃあ」と励ましてくれた。
やがて高校に進学し、在学中に漫画賞で佳作受賞。真留さんの前の初代担当・川内さんが付き、本格的にプロを目指すことになる。
そして、成人後についに初連載「あめりにっき」を獲得。これを機に上京することを決め、最後まで面倒を見るという約束を守り、F市のペット可賃貸アパートに住むことにした。
ありがたいことに連載も軌道に乗り、現在の物件に移転。今に至る。
◆ ◆ ◆
目をぱちくりさせながら、私の話に耳を傾けるアメリ。
「アメリ育てるの、大変だった……?」
「うん、とっても。でも、だからこそすごく幸せで充実していたよ。そして、今もね」
「おねーちゃん、ありがとう」
ぎゅっと私の袖を握る彼女。
「私こそ、ありがとう。アメリがいなかったら、ここまで頑張れなかった」
反対側の手で、キャスケット越しに頭を撫でる。
「アメリがもっと大きくなって、自分自身の事もきちんとできるようになったら、そのとき改めてまたお迎えのことを考えよう?」
「うん」
こくりと頷く。すると、不意にガラスがノックされた。そちらを見ると、白部さんとノーラちゃんの姿。
「お待たせしました」
「おかえりなさい」
運転席に移り、ハンドルを握る。アクセルを踏み、F駅前へと繰り出すのでした。
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