神奈さんとアメリちゃん

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第二百九十四話 猫崎神奈の主張

公開日時: 2021年7月18日(日) 21:01
文字数:2,155

 息を深く吸い込む。もう、恐怖心はない。目に前にただ、果てない地平が広がっている感覚だ。


「まず申し上げたいのは、娘を含めた私の知る四人の猫耳人間は、どこにでもいる普通の女の子たちだということです。将来に夢を持ち、学び、遊び、笑う。そんな、どこにでもいる普通の子です。


 私は、娘の転生から向こう七ヶ月、この子の正体を隠して暮らし続けてきました。猫の耳としっぽが生えている。ただそれだけのことで、何も悪いことをしていないのにです。それは窮屈で、またとても傷つくことでした。


 娘はとても向学心が強く、彼女に公的な教育を受けさせてあげられないのが、ただただ悲しく辛いのです。


 過日、テレビでコメンテーターが『人類と衝突するのではないか』という危惧を口にしていました。私はそれに立腹しました。


 たしかに、今まで先生方が説明してこられた通り、猫耳人間は天才的な成長力を持っているかもしれません。ですが、人間にだって天才はいます。アインシュタインやエジソンが、人類と敵対し、災いをもたらしたでしょうか?


 彼らがもたらしたのは、科学の発展や豊かな生活です。猫耳人間も、また同様たりうるのではないでしょうか。


 また先生方がおっしゃっていたことですが、猫耳人間の転生には、猫と飼い主の間に強い愛情があることが条件だと仮説があるようです。人の将来の善悪を決めるのは、受け取った愛の量だと私は考えます。


 実際、私が知る猫耳人間の保護者たちは、とても愛情深く転生後も接しています。私もまた、深く愛を注ぐことを心がけています。


 先ほど長野先生から、褒めて伸ばし、ダメなことはダメと教えるという教育方針に、お褒めの言葉をいただきました。とてもありがたいお言葉で、誇らしい気持ちになりました。


 私たち猫耳人間の保護者は、一度愛する者を喪っています。それが、虹の橋の女神様という不可思議な存在により、再度愛する機会に恵まれた幸運の持ち主です。


 驕りかもしれませんが、それゆえに人一倍育児に手間を惜しまず、強い責任を持ち、深く愛情を注いでいると自負しています。


 それだけに、娘に普通の、当たり前の生活を送らせてあげられないのが辛いのです。教育はもちろん、人間の友達もたくさん作らせてあげたい。正体を隠さず、自由な服装で街を歩かせてあげたい。ただ、それだけが望みなのです。


 どうか、娘たちに堂々と街を歩かせてあげてください。学び、いずれは働く機会を与えてあげてください。人間なら当たり前に享受できる権利を与えてあげてください。どうか、お願いします!」


 深々と頭を下げる。顔を上げるとシャッター音が鳴り響き、フラッシュが幾重も瞬く。ぱらぱらと拍手が起こり、そしてそれは大きなものへと変わっていく。


 目元に違和感を感じたので拭うと、泣いていた。


 再度深くお辞儀すると、司会のアナウンスで質疑応答タイムに入る。


 もう、あのとき見たテレビのように、意地悪な質問をしてくる記者はいなかった。アメリのことを色々訊かれたので、生物に強い興味があることや、積極的にお手伝いしてくれることなど、他愛もない質問に答えていく。


 最後に。こんな質問を受けた。


「あなたにとって、育児とはなんですか?」


 私は、こう答えた。「愛と導きです」と。



 ◆ ◆ ◆



「ただいま戻りました」


 会見が終わると一気に疲れが押し寄せてきて、へろへろになって控室に戻る。


 そして戻るなり、先生方の拍手で迎えられた。


「素晴らしいスピーチでした、猫崎さん」


「ありがとうございます。ただもう、言葉を繰り出すので精一杯でした」


 長野先生にお褒めの言葉をいただいたので、深くお辞儀し感謝する。


「すみません、お水をいただきますね」


 喉がカラカラなので、着席しミネラルウォーターを一気にあおる。はあ、やっと人心地ついた。


 アメリの様子を見ると、落ち着かない様子だったので、招き寄せて抱きしめ、頭を撫でる。


 「アメリも頑張ったね。物怖じしなくて、偉かったよ」と褒めると、「うにゅう……」と、一波乱終えたという実感のこもった声を出す。


 彼女にもミネラルウォーターのペットボトルを渡すと、美味しそうに飲み始めた。


「私たちはこの後まだ少しやることがあるのですけど、猫崎さんはどうされますか?」


「そうですね……さすがに疲れてしまったので、恐縮ですがお先に失礼させていただきたいと思います」


 白部さんに尋ねられたので、そう答える。


「わかりました。帰りの運転、お気をつけてくださいね。大変お疲れ様でした」


「ありがとうございます」


 少しだけ休憩して疲れがやや抜けると、皆様にお辞儀と別れのご挨拶をして、プレスセンターをあとにするのでした。



 ◆ ◆ ◆



 帰り道、途中にあったコンビニでおにぎりとサンドイッチ、コラ・コーラとお茶を買う。車中に待たせていたアメリにどちらが食べたいか尋ねるとサンドイッチを選んだので、コーラとともに手渡す。


 ずいぶん遅い昼食を、やっと車内で取ることができた。アメリと今日の出来事について語りながら、ごはんを味わう。


 食べ終わったので運転席に戻り、発進。


 しばらくして、突如背後でドサッと音がしたのでびっくりしてバックミラーで確認すると、うちのお姫様が眠って本を落としてしまったようです。


 おやすみ、アメリ。今日は私もアメリも、すごく頑張ったよね。


 そう心の中で声をかけ、家路を急ぐのでした。

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