慰労会後の夜、由香里さんからLIZEでひょんなご提案をいただいたのがきっかけでした。
「明日、昼食会で『大人様ランチ』を食べませんか?」
大人様ランチ?
あまりにも耳慣れない言葉に、はて? と首を傾げる。
「すみません。なんでしょう、それは?」
「こないだ……二回目の飲み会のときでしたか。まりあさんと子供たちと一緒にお子様ランチをいただいたわけですけど、それがまりあさんに大変好評でして。みなさんにも振る舞いたいなあって、前々から思ってたんです」
「あー、あれですね! すごく美味しかったですー」
由香里さんとまりあさんお二人で、うふふ猫スタンプ。
ははー、あったあった。ありましたね、そんなことも!
私たちはダイニングで酒盛りしてたからあっちのことは「お子様ランチを大人も食べていた」としかわからないけど、そんなに美味しかったんだー。まあ、由香里さんの仕事ですものね。グッジョブだったに決まってるはずで。
「大人様……ということは、トルコライスでも食べようとかそういう?」
最近、大人がお子様ランチ代わりにトルコライスを食べるのがちょっと流行ってるとか小耳に挟んだことがある。
「あー、トルコライスで代用って流行ってますよね。それもいいんですけど、普通に大人向けな量のお子様ランチです。表現が紛らわしくてすみません」
「いえいえ。別に謝るほどのことでは」
「というわけでですね。百均で買ってきたおもちゃも付けて、それっぽくしようかななんて。あと、童心に帰っていただくのが目的なので、アルコールはなしで。あ、もちろん子供たちにもお子様ランチを出しますよ」
へー、楽しみ!
「可愛らしい催しですね! ぜひいただかせてください!」
「はい! 腕によりをかけて作りますね!」
サムズアップ猫スタンプ。
「酒、飲めないのか……」
「久美さん、そこは空気読みましょう!」
がっかり猫スタンプに対し、由香里さんのバッテンNG猫スタンプがぺたりと貼られる。
ほかの皆さんも大変ノリ気で、「大人様&お子様ランチ昼食会」は明日……回想している今日、開催となったのでした。
◆ ◆ ◆
そんなわけで、リビングで談笑しつつランチの完成を待つ私たち。
「いやー、それにしても一日一万字ぐらい書いてたんじゃないんですかね、あたし」
首を横にコキコキ傾けながら、深く息を吐く優輝さん。
「それって、どれぐらいの仕事量なんですか?」
文章畑の人にとっての一万字ってのが、どのぐらいのものなのか、よくわからない。
「プロの小説家さんとか、一日に二千五百字ぐらい書くらしいですから、その四倍ですね」
ふえ~!
「でもまあ、アマでもこれぐらいコンスタントに書いちゃう人いますよ。あたしはしばらく、この仕事量はやりたくないですけどねー」
目をつぶり、首を横に振る彼女。
「で、今、自分と姉さんと由香里ちゃんが忙しいってところっす。相変わらず一番大変なのは由香里ちゃんっすけど、料理しないと逆にストレス溜めちゃうんで、昨日とか今日とか、好きにやってもらってるっすけどね」
へー。料理がストレス解消法とか、なんか由香里さんらしいな。
「できましたよ~!」
そんな話をしてたら、由香里さんがダイニングからひょっこり顔を出し、呼びかけてきました。たしかに、なんともいえずスッキリした笑顔をしていらっしゃる。言葉でなく、心で理解できました。
それでは、移動~!
机の上を見ると、プレートの上に、チキンライス、オムレツ、からあげ、ハンバーグ、エビフライ、ポテトサラダ、プリンが載った、いかにも「ザ・お子様ランチ!」という感じのものが十一皿!
もちろん、チキンライスには日の丸の旗が立ってます。プレートの横には……なんだろう? ハート型の宝石のようなものが。ひとつだけ、代わりにミニカーが置いてある。車種まではわからないけど、薄緑の自家用車だ。
「多めのが大人様ランチ、少なめのがお子様ランチですので、それぞれの前に掛けてください。あ、ミニカーはノーラちゃん用ね」
ふふ、と、口に手を当て嬉しそうに目を細める由香里さん。ほんとに、作ってて楽しかったんだろうなー。
「では、失礼しますね」
着席を勧められたので、皆で座る。
皆が掛けると、由香里さんがそれぞれのグラスに好みのジュースを注いでいく。もちろん、私にはマスペ。とっくに全員の好みを把握しているあたり、ほんとにソツがない。
最後に自分用にオレンジジュースを注ぐと、自らも着席される。
「では、冷めるといけないので、さっそくいただきましょう! いただきます!」
由香里さんに続き、いただきますの合唱!
うわあ、間近で見ると、ほんとにお子様ランチだと確信する。プレートも可愛い猫ちゃん柄だ。フォークとスプーンの柄も、これまた猫柄の可愛い子供用。彼女が割と凝り性なのは知ってたけど、徹底してるなあ~!
そして、宝石のような何かをつまみ上げて見てみると、プラスチックのブローチでした。あら、可愛い。このいかにも子供向け! という感じこそが実にいい。
「神奈さん、冷めちゃいますよ」
由香里さんに声をかけられ、我に返る。つい、見とれてしまった。それでは、いただきましょう。
いやー、何からいこうかなー? こう種類豊富だと、迷っちゃうね。
よし、ハンバーグくんだ! ぱくっ……美味しい~! お子様ランチだからと手抜きしない、さすが由香里さんの仕事だ。
エビフライも、オムレツも、どれもこれも美味しい。これ、多分冷食じゃなく全部手作りだろうからすごい。
あ、といこうとは……?
「由香里さん、ひょっとしてこのプリンも手作りですか?」
「はい! 頑張って作りました~」
ひょえー! さすが、凝り性ガール!
最後に、ありがたくいただきましょう。
おかずとチキンライスを交互にいただいていく。ああ、童心に帰る……。小学校低学年の頃、家族で食べたファミレスのお子様ランチを思い出すなあ……。あの味はもう思い出せないけど、あれよりきっと、ずっと美味しい。
ラストにプリン。う~ん、とろけるぅ~! 甘~い! ああ、舌が幸せで満たされる……。
「これ、着けてみていいですか?」
例のブローチをちょいと掲げる。
「はい、どうぞ」
由香里さんからOKをいただき、胸に取り付け。
「どうでしょう?」
「お似合いですよ!」
由香里さんの言葉だから、もちろん他意はない。額面通りの褒め言葉だ。ふふ、ピュアランド以来に、心が小学生に戻っちゃうな。
大人も子供も、由香里さんのマジックで心の底から「子供」を愉しんでいる。素敵だなあ。
みんな食べ終わったので、ごちそうさま。
「アメリ、美味しかったね」
「うん!」
アメリちゃんもお揃いのブローチを着け、お陽様笑顔。良き哉良き哉。
「今日は、わたしの突飛な提案に付き合っていただいて、ありがとうございました」
「いえいえ。私も、心が子供に帰るぐらい、心の底から堪能しました」
「そう仰っていただけると、ありがたいです」
素敵な笑顔を浮かべる由香里さん。
食後の余韻として談話を楽しみたかったけど、残念ながらお仕事が溜まってるので引き上げ。ああ、もっと童心に浸っていたかったな……。
ひとときの夢を見せてくださった、マジシャン・由香里さんに、心よりの感謝をするのでした。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!