神奈さんとアメリちゃん

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第四話 ある漫画家さんの一日

公開日時: 2021年4月15日(木) 21:01
更新日時: 2022年5月23日(月) 02:33
文字数:2,672

 アメリ用の買い物も済ませ、あとは自家製コーヒー牛乳を机に置いて、お仕事開始。


 昨日は、まる一日仕事にならなかったから、今日頑張らないと!


「アメリはがぶがぶチンアナゴで遊んでてね~」


 さて、まずはネーム執筆。ネームというのはいわば漫画の設計図。これを書いたら担当さんに送信して、是非を問うことになる。ダメならボツ、書き直し。個人的には一番気を使う作業パートだ。ここがダメだと全部がダメになっちゃうからね。


 しかしこの先、漫画をどんな風に描いていったらいいのか。私の漫画の主人公のモデルはアメリだけれど、アメリはこんな状態になってしまったから、猫にコンバートしてもそのまま所作を描くと、へんてこな代物になりそうだ。


 とはいえ、いきなり作風を変えるわけにもいかないし。とりあえず、今までの思い出の引き出しから、物語を紡ごう。その先のことは、そのときになったら考えればいいかな。やっぱり、人というのは、どこか楽天的だ。


 そういえば、アメリが一人で遊べるおもちゃも買い足してあげたほうがいいかな。にゃんでしょー光線ペンライトとか、ちょうちょのついた猫じゃらし棒は、私の手が空いてないと使えない。以前、猫がパンチして遊ぶおもちゃも買ってみたことがあるけれど、あれはアメリに大層不評で押し入れに封印されている。


 人間用のおもちゃはどうなのかな。お人形さんとか、ブロックとか。


 おっと、手が止まっていた。いかん、いかん。集中! 後でアメリの意見を訊こう。


「ん~……ん~……!」


 タブレットを使ってネームを仕上げていると、背後からアメリの唸り声。何ごとかと振り返ってみれば、足で首筋を掻こうと悪戦苦闘している。


「あー、人間の体でそれ無理だから。手で掻こう」


 自分の首筋を掻いてお手本を見せると、アメリも真似する。「おおー!」と感心の声を上げる彼女。む。そうか、アメリ体がかゆいのか。そういえば、私も昨日ごたついててお風呂入ってないし、アメリもこれから毎日入浴させないといけない。


「よし、アメリ! お風呂入ろう!」


 お仕事は小休止! 思い立ったが吉日! いや、吉時?


「おふろ?」


 不思議そうな顔をするアメリの手を引き、お風呂場に連れていくと、彼女がなんとも形容し難い悲鳴を上げて逃げ出す。あー、そういえばお風呂嫌いだったわこの子。どうしても洗わないきゃいけないときは大騒ぎだったなあ。


「アメリー。その体になったら、毎日お風呂入らなきゃいけないの。いい子だから一緒に入ろう?」


 寝室に逃げ込んだアメリを説得するが、涙目で怯えられてしまった。うーむ、そこまで嫌か……。


「よし、お風呂入ったら、あとで『ちゅ~ゆ』食べさせてあげちゃう!」


「ちゅ~ゆ?」


「これこれ」


 戸棚から、猫まっしぐらと評判の、チューブ入りおやつを取り出すと、見覚えのある外装に、アメリのしっぽがピンと立つ! 釣れた!


「ちょーだい! ちょーだい!」


「だーめ、お風呂上がりのご褒美です」


 ぴょんぴょん飛びつくアメリに取られないように、高く掲げる。本当は、こういう「餌で釣る」育児方法は良くないのだろうけど、代案があるわけでなし、さしあたって仕方ない。まずは、お風呂を好きになってもらわないことには。


「どうする?」


 アメリは「う~……」と唸って悩んだ末に、「入る」とボソリ同意した。



 ◆ ◆ ◆



「はい、ばんざ~い」


 バンザイすると、アメリもそれにならう。手を上げた彼女の、シミーズと下着を脱がせる。シミーズを洗濯機に入れて、自分も脱衣。


 アメリには、仕方ないので同じ下着を履いてもらおう。さすがに私のを履かせたら、ずり落ちてしまう。あとで、コンビニで女児用下着買ってこないと。後から後から買うべきものが湧いてくる。


 上着は、私の裾が長めのTシャツを用意してある。まあ、ちょっとぶかぶかだし、逆に裾の長さが心もとないけど、ないよりいいよね。


 それはもう嫌そうに浴室に入るアメリの手を引き、お湯を張り始めて椅子に座らせた。


「怖い……」


「だいじょーぶ。怖くない、怖くない」


 さて、アメリは人間と耳の位置が違う。気をつけないと耳にシャンプーだのお湯だの入れてしまって、お風呂嫌いを加速させてしまいかねない。慎重に頭にシャワーをかけ、シャンプーを泡立てる。


「ちゃんと目つぶっててねー、目に入ると痛いからねー。暴れると、かえって大変だよー」


 わしゃわしゃ。お、大人しい。というか、小刻みに震えてるな。ちょっと脅しすぎたか。


 しっぽも含めて一通り泡立て終わったので、再度慎重にシャワーをかけていく。


「はーい、シャンプー終わりー」


「終わった!? もう出ていい?」


 ぶるぶると頭を振って水気を払い、拷問が終わったと言わんばかりの表情を、こちらに向けてくる。


「だめー。これからトリートメントして、体も洗って、湯船も浸からないと」


 明るい表情が、一転してげっそり顔に。とりあえず、トリートメントも無事終了。体をスポンジで洗うと、くすぐったいと体をくねらせる。ともかく、体のほうも無事終了。


「じゃあ、湯船に入ろうねー」


 お湯もそこそこ溜まったので、おっかなびっくりで、足を入れようとしたり引っ込めたりする、アメリの決意を待つ。やがて観念したようで、ゆっくり体を沈めていく。


「どう?」


「変な感じ……」


 んー、まだ気持ちいいって感じにはなってくれないか。慣れると病みつきになる感覚なんだけどな。


「じゃあ、今度は私が洗い終わるまで待っててね」


 続いて自分を洗い、一緒にざぶん。一気に増えた湯嵩ゆかさに、びっくりするアメリ。


「……もう出ていい?」


「三十まで数えてからね。一緒に数えよう。はい、いーち……」


 アメリも、私の後を追うように数を数える。


「さんじゅ~!」


「はい、よくできました! じゃあ出よう」


 やっとお風呂から開放されて、安堵の表情を見せる。思ったより、だいぶスムーズに終わったかな。


 お風呂上がりはバスタオルでよく体を拭いて、ドライヤーがけ。こっちの方もアメリは苦手だったはずだけど、大人しいなー。猫耳人間化したら案外平気になったのか、それともちゅ~ゆの魅力が勝ったのか。


「はい、ご褒美」


 寝室に戻ってちゅ~ゆの封を切ったら、しっぽをピンと立ててガン見。今にもヨダレ垂らしそう。差し出すと、美味しそうにちゅうちゅうと吸い始める。


「ちょっと自分で持っててね」


 彼女がちゅ~ゆに夢中なうちに、南海の海中映像のBDをセット。仕事中、いつもアメリが暇しないように無音でかけてたやつだ。


「ちょっと買い物してくるから、これ見てがぶがぶで遊びながら待っててね」


 というわけで、徒歩五分のコンビニへ。アメリ用の下着の他、細々こまごましたものを買い込み、帰宅しました。

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