「それで猫崎さん、お話ってなんでしょうか?」
角照さんが話を促す。
今、私はお隣さんにお邪魔しています。ことの発端は、角照さんたちとまりあさんに折り入って相談があると持ちかけたことで、六人……アメリたちも入れたら九人も集まれる場所が角照さんたちの家しかなかったので、まりあさんともどもやって来た次第。
例の件で所在なさげだったまりあさんも、角照さんたちが本当に気にしていないことを理解すると、安心した模様。
さすが大邸宅、六人で座っても余裕なぐらいリビングが広い。ただ、四人の趣味がバラバラなためか、今ひとつ内装に統一感がないのが残念ポイント。ちなみに、ちょっとアメリがいるとできない話なので、今は角照さんのお部屋でミケちゃん、クロちゃんと遊んでもらっている。角照さんは一番大きい部屋をもらった代わりに、ミケちゃんと相部屋なのだとか。
「アメリ、注射がとても苦手なんですよ。それで、この間T総合医療センターで血液検査したんですけど、これが実に難儀しまして。おもちゃを買い与えるという約束でなんとか連れて行ったんですけど、これを毎月するのは色んな意味で良くないことだなって思いまして」
「ああー。猫崎さんも、そういうことやってるんですか。ていうか、ミケもT総で検査受けてますよ。今までお会いしなかったのが不思議ですね」
残り三人の「かくてる」メンバーがうんうんと頷く。
「こないだご一緒しまして、わたしたちは途中から別行動になったんですけど、確かにアメリちゃんの様子はすごく怯えてる感じでしたね」
「で、ご褒美で釣るってのは今後色々と問題だから、なんとか別の方法を探りたいと」
斎藤さんがまとめ、「はい」と返答する。
「皆さんだったらどうするかな、と思いまして」
うーん、と考え込む一同。
「うちの場合は、クロちゃんが全然注射を怖がらなかったので、あまりお力になれないかもです。とりあえず、あの後どんな風に進めたんですか?」
「ええとですね。色々なだめすかしたんですけど、一番決め手になったのは『クロちゃんに情けない子だなって思われちゃうよ』っていう言葉でしたね。それで採血室に入ってくれて。ただ、それでもすごい怯えようだったので、頭を撫でたり抱きしめたりして落ち着かせました。なんだか、クロちゃんを利用してしまってすみません」
恐縮してまりあさんに頭を下げると、「いえいえ」と、そんなにかしこまらなくてもいいという旨のお言葉をいただく。
「まー、ご褒美作戦が資金面以外にも、キョーイク上良くないってのは同感っすねえ」
「ミケの場合は……あの子、お姉さんとしてのプライドを刺激してあげると、そういうとこきちんとしてくれるんですよね。そこに気づいたら、後は楽でした」
角照さんが、ミケちゃんのケースを説明してくれる。なるほどねえ。あの性格だものね、わかる。
「そう考えると……アメリはどういうところを刺激してあげたらいいのかな。クロちゃんへの意識で採血室に入ってくれたってのが、ヒントになりそうなんですけど」
目を閉じうんうんうなって、ほかのめぼしい心当たりを探す。
「あ」
開眼し、ぽんと手を叩くと皆が私を注視する。
「アメリって、あれで結構努力家なんですよ。文字のお勉強も頑張っていて、昨日も一所懸命料理のお手伝いしてくれたんです」
一同が、感心の声を上げる。
「ヒントが三つ出ましたね。友達への見栄……って言い方は良くないかな。まあ、悪く思われたくないって気持ちと、猫崎さんの抱擁。あとは、努力家というところ」
「努力かー。ウチも、先輩や師範にめっちゃしごかれたもんだけど、そんな中褒めてもらえると『よし、もっと頑張ろう!』って気になれたもんな」
木下さんがまとめ、斎藤さんが「努力」への所感を述べる。
「ええ。私も褒めて伸ばす方針を採っていて、大げさかな? って自分でも思うぐらい褒めてあげることにしてるんです」
一同が頷き、私の教育方針を肯定してくれる。
「あたしの考えなんですけどね、ミケやクロちゃんがノせれば、結構発奮して病院行ってくれると思うんです。なんで、ミケにその辺やらせてみましょうか?」
「そうですね。神奈さんが良ければ、わたしもクロちゃんにお願いしてみますけど」
「ありがとうございます。それ、とりあえず試してみましょう。お願いします」
角照さんとまりあさんの申し出を、ありがたく受ける。
「その後のことは、抱擁で耐えられたみたいなんで、それはそのままでいいと思います。あとは猫崎さんが、徹底的に褒めてあげるといいんじゃないかなって思いました」
「わかりました。その方向で行ってみますね」
木下さんがまとめてくれたので、話を結ぶ。その後は雑談タイム。子供たちも呼ぼうかと思ったけど、こうして大人だけで落ち着いて話すのもいいんじゃない? なんて話になった。
「そういえば、皆さんご出身はどちらなんでしょうか。私、福井の生まれでして」
「わたしは、生まれてからずっとこのF市ですね」
「あたしはK市です。久美さんとさつきがS区で、由香里がT市。みんな東京ですね」
地方出身者は私だけかー。切ない。
「え、角照さんK市なんですか! お隣だったんですね!」
「そうですねー。なんか、親近感が湧きますねえ」
まりあさんが手を合わせ、明るい表情をする。角照さんも、笑顔で返す。ああ、K市ってF市のお隣にあったね。
「そうそう、猫崎さん宇多野さん。好物ってあるっすか?」
「わたしは、強いて言えば和食と和菓子が好きですね。そのせいか、なんだかクロちゃんの味の好みも渋くなっちゃって……」
あー、クロちゃんの味覚が渋いのはまりあさんの影響だったのか……。
「私はなんでも食べますけど……あ、マスターペッパーが大好きですね」
「マスペ!? 猫崎サン、マスペ好きなの!?」
マスペが好物であることを告げると、斎藤さんがめっちゃ反応!
「わかる! マスペ美味いよな! ブラックウィッカを割ると、ほんとチョー美味い!」
「わかりますか、斎藤さん!」
どちらからともなく手を差し出し、ガッシと握る。苦笑する他かくてるメンバーと、ぽかーんとするまりあさん。
「いやね、宇多野サン。マスペ……マスターペッパーってアンチに、『湿布味』とかディスられる飲み物なんスよ? あんな美味いものを……ねえ?」
「ですです! おお、心の友よ!」
さらに抱擁まで交わす。「やりすぎです」と、角照さんが苦笑の度合いを深め、首を横に振る。
「自分ら飲まないっすからねー、マスペ。姉さんと付き合い長いけど、あれだけはどうにもダメっす」
「まー、お前ら湿布とかディスらないからいいけどな」
抱擁を解き、座り直す。斎藤さんが、一緒に飲もうとマスペを注いだグラスを用意してくれたので、美味しくいただくことに。あー、マスペサイコーよね! 同志も身近に見つかり、テンションもアップ!
そんなこんなで雑談も終わり、アメリと一緒に帰宅。今日は、とろろ蕎麦二号を夕食にしました。
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