朝食後、今日も今日とてお仕事に励んでいると、LIZEに新着メッセージが。どうやら白部さんのようです。
「おはようございます。今、お時間よろしいでしょうか?」
「おはようございます。仕事中なので、通話でよろしければ」
「わかりました」
とメッセージのやり取りをすると、スマホの呼び出し音が鳴りました。
「はーい、どうされました?」
原稿執筆と同時進行でお話し。
「ええと、実はですね。アメリちゃんの指導能力を見せていただきたいと思いまして」
ほえ。これはまた、変わったお申し出。
「と仰いますと、具体的にはどんなものをお見せしたらよろしいのでしょう?」
「そうですね。平たく言うと、ノーラちゃんにどれぐらい上手くものを教えられるかというのを調べたいんです」
ほほー。
「そういうことでしたら、本人の意見を訊いてみますね」
背後で筆算の掛け算を勉強していたアメリに、かくかくしかじかと尋ねてみる。
「いいよー! やるー!」
おお、士気のこもったいい笑顔。
「りょうかーい。……お待たせしました。とてもやる気のようです」
「ありがとうございます。お昼すぎに伺おうと思っていますが、いかがでしょう?」
ふむ、スーパー行って帰ってくるぐらいの余裕はあるなあ。
「うちは構いませんが……お菓子ぐらい準備しないとですね」
「あ、いえ。それでしたらお構いなく。お願いする立場ですから、こちらから持参いたしますので」
「では、ご厚意に甘えさせていただきます。ふふ、アメリなんだか楽しみみたいで、そわそわしてますよ」
背後を振り返り、アメリの様子を伝える。
「アメリちゃん、コーラが好物でしたよね。お礼に持っていってあげないとですね。では、またお昼すぎに。失礼します」
「はい。お待ちしています。失礼します」
こうして通話終了。さーて、アメリ先生はどんな授業をしますやら。
◆ ◆ ◆
お昼ごはんも食べ終わり、コーヒー牛乳片手にまったり原稿に取り組んでいると、インタホンの呼び鈴が鳴りました。応対に出ると、果たして白部さん。門まで迎えに行きましょう~。
「こんにちは。お待ちしてました」
「こんにちは。今日も、お世話になります」
ぺこりとお辞儀する白部さん。
「カン姉こんにちはー! アメリが何か教えてくれるらしいなー?」
ノーラちゃんが元気に拳を突き上げる。
「今日も元気だねー。じゃあ、中へどうぞ~」
というわけで、中にお通しする。キッチン前を通りかかると、ビニール袋を「お約束の物です」と手渡してくる白部さん。
「ご丁寧にありがとうございます。では、ご用意しますので、先に寝室でおくつろぎください」
二手に分かれ、お茶菓子を用意する。白部さんが用意したのは一.五リットル入りのコラ・コーラと五百ミリリットルのマスペ。それとクッキー。あら、私のマスペまであるなんてありがたいわー。
さっそく、グラスとお皿に入れて持って行きましょう。
「お待たせしました」
まだ授業は始めていないようで、アメリ、ノーラちゃん、白部さんが折りたたみ机を囲んで雑談していた。
「ありがとうございます。では、猫崎さんも戻られたところで、今日やることを改めて説明しましょうか。これから、アメリちゃんには足し算と引き算の筆算をノーラちゃんに教えてほしいと思います。お願いできるかな?」
「え! 教えるって、勉強!?」
アメリの反応より先に、素っ頓狂な声を上げるノーラちゃん。ん? 雲行きが怪しいな?
「そうだよ。アメリちゃんにはね、勉強嫌いのノーラちゃんをやる気にさせるところまでお願いしたいんだ。そういうわけでお願いできるかな?」
「頑張る!」
胸の前に拳を構え、ふんすとやる気満々なアメリの高い士気に反して、「ええ~……」と、この段階ですでにげっそりしているノーラちゃん。なるほど、この段階から指導力を見たいのね。
白部さんはコピー用紙を配り、「じゃあ、よろしくね」と仰った後ノートPCを起動し、あとはひたすら無言。
「……えーとね、じゃあ、お勉強しよう?」
「えー? いいよー。それよりブロックで遊ぼうぜー」
アメリのオーソドックスな第一撃は空振り。さあ、どう出るアメリ先生! お姉ちゃんはお仕事しながら聞き守ってるよ!
「でも、白部せんせーからお勉強教えてってお願いされたから……。ね、やろ?」
「えー……」
「ええと、白部せんせー?」
アメリに話しかけられるも、「すべてアメリちゃんにお任せします」とノーを言う。これはアメリ先生、頼りの綱が一本切れた。
「おねーちゃーん!」
今度は困り果て、私に助けを求めてくる。アドバイスしてあげたいなあと白部さんにアイコンタクトを送ると、静かに横に首を振られてしまう。
「ごめんね。白部さんのお考えで、アドバイスできないの」
すると、うんうん考え込んでしまうアメリ。頑張れー! お姉ちゃんは応援してるよー!
「……えっとね、ノーラ。ティラノサウルス十一匹と、フクイティタン二十三匹がいたら、合わせて何匹!?」
「え? えっとー……う、ううん? 難しいぞー?」
「だよね! これは紙に書くと簡単に計算できるんだよ!」
おお、共通の趣味である恐竜で攻めましたか。
「おー……そうなのか?」
「うん! えっとね、こうやって線を引いて……」
私が教えた足し算の筆算手順を、そのまま教えていくアメリ。ちらりと二人の様子を見ると、アメリがまだあまり上手ではないけれど、ティラノとティタンの絵を併せて描きながら、筆算式を書いている。
なるほど、ビジュアルを交えるというのはいい手だなー。今度、子供たちに勉強教えるときに取り入れてみよう。うーむ、私にも学びを与えるとは。お見事です、アメリ先生!
恐竜が絡むとノーラちゃんのやる気ゲージも上がったようで、あれほど嫌そうだったのが興味津々に聞き入っている。親バカかもしれないけれど、アメリは教師の素養があるのではなかろうか。
その様子を真剣な面持ちで見守りながら、タイピングしている白部さん。
こうして、アメリ先生の恐竜式・筆算教室が幕を開けたのでした。
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