「まずはこちら、今月のファンレターです」
「ありがとうございます」
リビングで、例によって二時ジャストに訪問された真留さんから、ファンレターを受け取ります。
テーブルの上では淹れたてのアイスティーのグラスが、さっそく結露を始めている。
例によって、ごろにゃんとまとわりじゃれつくアメリ。
「プロット、こちらになります」
「拝見します」
ノートPCの画面を回し、確認してもらう。
プロットそのものはデータの形でもすでに送ってるのだけれど、なんだかんだで直前までちょこちょこいじることが多いので、こうして面と向かって最終確認と、決定稿を選んでもらうわけです。
今回お出しできたのは二案。近井さんとお会いした後、なんとかもう一案ひねり出しました。自信があるのは初案のほうだけど、さて。
真剣な表情で画面をスクロールさせる真留さん。こちらも、緊張してしまう。
「私としては、こちらを描いていただければ、と思います」
彼女が指定してきたのは、やはり初案のほうでした。第二案はボツになってしまったけど、仕方ないね。
「わかりました。手直しが必要そうな部分はありますか?」
「そうですね……。詳しくはネームの形で見ないとなんともという感じですけど、さしあたって手直しが必要そうなところはないかと」
ほっ。
「読み切りのほうの進捗も拝見してよろしいですか?」
「はい、今ここまでできています」
PCを操作し、USBメモリから読み切りの原稿を呼び出す。
このノートPCでは、執筆にはちょっとマシンパワーが足りないけど、こうやってお見せするぐらいなら十分な性能だ。
「順調ですね。お疲れ様です。スケジュールがタイトですけど、きちんと休めていますか?」
「あ、はい。そのへんの自己管理はしっかりと。寝不足だと、かえって能率が落ちてしまいますから」
「さすがベテランですね。こないだ新人さんを担当することになったんですけど、まだペースが掴めていないようなので、心配です」
感心されてしまった。そういえば真留さんには、いつぞやのアメリ正体バレのとき以外は、しっかりした姿しか見せたことがない気がするな。私が、打ち合わせのときは至極真剣だからというのもあるけど、地が干物なのは、作品を通してしかご存じないのかもしれない。
「そちらの方も、やはり猫を飼ってらっしゃるんですか?」
「いえ。ご自宅がペット禁止なので、猫カフェの体験記や化け猫物を中心に、読み切りを描いてもらってる状態ですね」
そっかー。実際に飼っているといないとじゃ、大違いだからなー。たとえば、飼っていれば骨格や筋肉のつき方などが、すぐその場で確認できるとか、メリットが多い。
ただ、飼育していない状況で読み切りをもらえているというのは、普段から観察眼に優れた、有能な人なのだろう。
この家業、食べていけなくて挫折する人が多い。それどころか、プロデビューすらも難関だ。真留さんもこの三年で、色んな人を見送ってきたはずで。その作家さんには、上手くやっていってほしいものです。
まあ、私もベテランの領域に突入しているとはいえ、慢心していてはいけない立場だけれどもね。
「ああ、そういえば」
「なんでしょう?」
真留さんがふと何かを思い出したご様子なので、尋ねてみる。
「いえ、こないだ川内さんとばったりお会いしまして。猫崎先生の近況を、色々尋ねられました」
「そうだったんですか。川内さんはお元気でしょうか?」
「はい。向こうの部署でも、ご健勝で活躍されているようですよ」
「それは良かったです。たまには、久々にお会いしたいものですねえ」
あとで、LIZEでご挨拶しておこう。会えるかというと、難しいだろうけど。
あれだけお世話になった先代担当さんも、異動で随分と疎遠になってしまうのだから、寂しいものだ。
「真留おねーさん」
アメリが、真留さんに首を擦り付ける。彼女に甘えたいときの、猫時代からのサインだ。
頭を優しく撫でられ、「うにゅう」といつもの気抜け声を上げる。ほんと、猫時代から変わらないなあ。猫でも、人になっても、アメリはアメリだ。
今回の読み切りで、私が猫耳人間と化したアメリを育てていることが公になる。そう考えると、読み切りとはいえ、これは大きな転換期だよね。
「では、打ち合わせも順調に終わったことですし、次の仕事に向かわせていただきますね」
グラスの口紅を拭う彼女。
「お疲れ様です。アメリと一緒に、お見送りしますので」
「ありがとうございます」
門まで三人で向かい、次なる仕事に旅立つ真留さんをアメリと一緒に見送るのでした。
「真留おねーさーん、またねー!」
「バイバイ。またね、アメリちゃん。それでは先生、失礼します」
「はい。お仕事、頑張ってください」
互いに深くお辞儀して、去っていく彼女の背中を見つめる。
「さーて、頑張ってる彼女のためにも、私もお仕事頑張らなくちゃねー。戻りましょ」
「はーい」
とてとてとリビングに戻り、飲み物を片すのでした。
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