神奈さんとアメリちゃん

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第三百九十一話 真留さんも頑張ってるし

公開日時: 2021年10月24日(日) 21:01
更新日時: 2021年10月28日(木) 10:01
文字数:2,000

「まずはこちら、今月のファンレターです」


「ありがとうございます」


 リビングで、例によって二時ジャストに訪問された真留さんから、ファンレターを受け取ります。


 テーブルの上ではれたてのアイスティーのグラスが、さっそく結露を始めている。


 例によって、ごろにゃんとまとわりじゃれつくアメリ。


「プロット、こちらになります」


「拝見します」


 ノートPCの画面を回し、確認してもらう。


 プロットそのものはデータの形でもすでに送ってるのだけれど、なんだかんだで直前までちょこちょこいじることが多いので、こうして面と向かって最終確認と、決定稿を選んでもらうわけです。


 今回お出しできたのは二案。近井さんとお会いした後、なんとかもう一案ひねり出しました。自信があるのは初案のほうだけど、さて。


 真剣な表情で画面をスクロールさせる真留さん。こちらも、緊張してしまう。


「私としては、こちらを描いていただければ、と思います」


 彼女が指定してきたのは、やはり初案のほうでした。第二案はボツになってしまったけど、仕方ないね。


「わかりました。手直しが必要そうな部分はありますか?」


「そうですね……。詳しくはネームの形で見ないとなんともという感じですけど、さしあたって手直しが必要そうなところはないかと」


 ほっ。


「読み切りのほうの進捗しんちょくも拝見してよろしいですか?」


「はい、今ここまでできています」


 PCを操作し、USBメモリから読み切りの原稿を呼び出す。


 このノートPCでは、執筆にはちょっとマシンパワーが足りないけど、こうやってお見せするぐらいなら十分な性能だ。


「順調ですね。お疲れ様です。スケジュールがタイトですけど、きちんと休めていますか?」


「あ、はい。そのへんの自己管理はしっかりと。寝不足だと、かえって能率が落ちてしまいますから」


「さすがベテランですね。こないだ新人さんを担当することになったんですけど、まだペースが掴めていないようなので、心配です」


 感心されてしまった。そういえば真留さんには、いつぞやのアメリ正体バレのとき以外は、しっかりした姿しか見せたことがない気がするな。私が、打ち合わせのときは至極真剣だからというのもあるけど、地が干物・・なのは、作品を通してしかご存じないのかもしれない。


「そちらの方も、やはり猫を飼ってらっしゃるんですか?」


「いえ。ご自宅がペット禁止なので、猫カフェの体験記や化け猫物を中心に、読み切りを描いてもらってる状態ですね」


 そっかー。実際に飼っているといないとじゃ、大違いだからなー。たとえば、飼っていれば骨格や筋肉のつき方などが、すぐその場で確認できるとか、メリットが多い。


 ただ、飼育していない状況で読み切りをもらえているというのは、普段から観察眼に優れた、有能な人なのだろう。


 この家業、食べていけなくて挫折する人が多い。それどころか、プロデビューすらも難関だ。真留さんもこの三年で、色んな人を見送ってきたはずで。その作家さんには、上手くやっていってほしいものです。


 まあ、私もベテランの領域に突入しているとはいえ、慢心していてはいけない立場だけれどもね。


「ああ、そういえば」


「なんでしょう?」


 真留さんがふと何かを思い出したご様子なので、尋ねてみる。


「いえ、こないだ川内せんだいさんとばったりお会いしまして。猫崎先生の近況を、色々尋ねられました」


「そうだったんですか。川内さんはお元気でしょうか?」


「はい。向こうの部署でも、ご健勝で活躍されているようですよ」


「それは良かったです。たまには、久々にお会いしたいものですねえ」


 あとで、LIZEでご挨拶しておこう。会えるかというと、難しいだろうけど。


 あれだけお世話になった先代担当さんも、異動で随分と疎遠になってしまうのだから、寂しいものだ。


「真留おねーさん」


 アメリが、真留さんに首を擦り付ける。彼女に甘えたいときの、猫時代からのサインだ。


 頭を優しく撫でられ、「うにゅう」といつもの気抜け声を上げる。ほんと、猫時代から変わらないなあ。猫でも、人になっても、アメリはアメリだ。


 今回の読み切りで、私が猫耳人間と化したアメリを育てていることが公になる。そう考えると、読み切りとはいえ、これは大きな転換期だよね。


「では、打ち合わせも順調に終わったことですし、次の仕事に向かわせていただきますね」


 グラスの口紅を拭う彼女。


「お疲れ様です。アメリと一緒に、お見送りしますので」


「ありがとうございます」


 門まで三人で向かい、次なる仕事に旅立つ真留さんをアメリと一緒に見送るのでした。


「真留おねーさーん、またねー!」


「バイバイ。またね、アメリちゃん。それでは先生、失礼します」


「はい。お仕事、頑張ってください」


 互いに深くお辞儀して、去っていく彼女の背中を見つめる。


「さーて、頑張ってる彼女のためにも、私もお仕事頑張らなくちゃねー。戻りましょ」


「はーい」


 とてとてとリビングに戻り、飲み物を片すのでした。

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