「白部センセー、これ合ってる?」
休憩も終わり、仕事に励んでいると、ミケちゃんの元気な声が聞こえてきました。良かった、もう引きずってないみたいだね。良き哉良き哉。
「えーと……? うん、うん……。惜しいなー『達』のつくりは『幸』じゃなくて、もう一本横棒が入るのよ」
「むう……。漢字は漢字で、ムズカシーわね……」
ほうほう、漢字のテストですか。
「ミケ、頑張って。ボクも算数あまり得意じゃないけど、頑張ってるから」
励ますクロちゃん。彼女は算数より漢字を優先しているため、まだ分数をやっているらしい。
「ルリ姉ー。割り算、合ってるかー?」
「はーい、見せてねー。……うん、ほぼ正解。一問だけ間違ってるかな。ここは、3だよ」
「おのれー、ブンレッツ!」
分裂怪人に闘志を燃やすノーラちゃん。でも、頭が沸騰しそうとか言ってたのが、一問ミスまできたのか。好きこそものの上手なれとは、よくいったものです。
なんだか、私もみんなに勉強教えたくなってきちゃった。でも、ガマンガマン。お仕事サボると、真留さんに迷惑かけちゃうからね。
すると、インタホンが鳴りました。はて、どなたでしょ?
「どもー、こんにちは。あたしです。陣中見舞いと、差し入れに来ました~」
応対すると、優輝さんでした。
「あら、ありがとうございます。今、そちらに行きますね」
というわけで、門へ。雨の中、傘を差した優輝さんが立っていました。
「こんにちは」
「こんにちは。これ、由香里が焼いてくれました。アップルパイです」
ケーキ用の箱を掲げる彼女。まだ温かいからラップせずに持ってきたってところかな? しかし、こういうのも持ってらっしゃるのね。
「ありがとうございます。みんなでいただきますね」
「ミケ、調子はどうですか?」
一瞬、返答に詰まる。さっきのこと、無理に話す必要はないかな。
「……あー、いい感じにやってますよ」
すると優輝さん、ため息を吐いて俯くじゃないですか。
「ご迷惑かけてしまいましたか。すみません」
参ったな。一瞬返答に詰まっただけで、見抜かれてしまった。こうなったら、正直に言おう。
「実は……」
かくかくしかじか。
「でも、今はちゃんといい意味で反省しあって、楽しくやってますよ」
「それを聞いて、安心しました。あの子もどうにも、『お姉さん』さんとしてのプライドが、空回りするケがありますからねー」
安心したと仰いつつも、我が子の悪癖に、やれやれといった具合に首を横に振る彼女。
「後で、あたしからもきちんと言い聞かせます。あ、お仕事中に長話させてしまってすみません。せっかくのパイも、冷めちゃいますしね。では、あたしはこれで」
「はい。そちらも、お仕事頑張ってください」
互いにお辞儀し、お隣に消えていく彼女を見送る。では、さっそくいただくとしましょうか。
◆ ◆ ◆
「はーい、みんなー。優輝さんからの差し入れでーす。由香里さんの手作りだよー」
切り分けたパイと紅茶を持って、寝室へ。五人が喜びの声でお礼を言う。
「角照さんと木下さんに、後でお礼言わないとですね。アップルパイとか、なんだか私のために焼いていただいたみたいで、恐縮です」
恐縮と言いつつも、顔をほころばせる白部さん。ほんとにリンゴがお好きなのねえ。
というわけで、さっきの休憩からそれほど時間が経ってないけど、休憩タイム。私もご一緒しましょう。
「ねー、アメリ。なんでそんなに、勉強を楽しくできるの?」
すっかりわだかまりが解けたミケちゃん、アメリが楽しそうに勉強するのが不思議なようで、尋ねます。たしかに、こんなに楽しそうに勉強する子って、見たことないな。
「おお? あのね、知らなかったことがわかるようになるの! それがすごく楽しいの!」
キラキラ瞳を輝かせる愛娘。
「その気持ち、ボクもちょっとわかるな。将棋で、今まで知らなかった手筋とか戦法を覚えるの楽しいから」
クロちゃんもノッてくる。
「ノーラも、こないだとか今日とか、楽しそうに勉強してるわよね。その怪人の切り抜きのおかげ?」
「そーだな! ブンレッツとの戦いだと思ったら、割り算がすごく楽しくなった!」
「ふーん」と、感心してるんだか興味ないんだか、わからないような声を出すミケちゃん。
「ミケにも、そういうのがあればなあ。千多ちゃんが、小数の歌でも歌ってくれないかしら」
ぼやきながら、アップルパイをもぐもぐ。
「それ、いいんじゃない!?」
「ふぇ?」
唐突に明るい声を出す私に、ミケちゃんが怪訝な顔をする。
「だからね、千多ちゃんが小数について歌うっていうストーリーの歌。久美さんに提案してみたらどうかな?」
「あー。それ、面白いかも! 帰ったら、久美に相談してみる!」
興味が湧いたようで、しっぽがピンと立つ。
難題だった、ミケちゃんの勉強ソングにも、一筋の光明が見えました。良き哉良き哉。
「でも、とりあえず今日は漢字頑張るわ。『達』間違えたの、悔しいもの」
ふんすと鼻息が荒い。彼女のプライドの高さは、こういう方向に出るといい感じになる。何ごとも、良い面と悪い面があるね。
白部さんが静かだなと思ってそちらを見ると、恍惚の表情でパイを食んでました。ほんっとーにリンゴお好きなんですね……。
そんなこんなで休憩も終わり、勉強再開。私は、お仕事再開です。ミケちゃんの様子をちらりと見ると、俄然やる気を見せて問題用紙に取り組んでます。頑張れー! 応援してるよ!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!