本日は、毎度おなじみ定期検査の日。私&アメリ、まりあさん&クロちゃん、優輝さん&ミケちゃん。そして他ならぬ、白部さん&ノーラちゃんがご一緒です。まりあさんと白部さんのバス勢を、それぞれ私たちマイカー勢がお運びしました。
「助かりました。ボーナスが出れば、ご迷惑をおかけせずに済むのですけど……」
「迷惑なんて、水臭いこと言わないでくださいよ。世の中、持ちつ持たれつです」
恐縮する白部さんに、気さくに返す。まりあさんは優輝さんと雑談中。
そして、白部さんのお隣で恐縮ならぬ恐怖で震えているノーラちゃん。コジカさんでのワクチン注射がトラウマになったのかなあ。
「ノーラちゃん、注射はそんなに痛くないよ? ちょっとちくーっとして、はい、おしまいで終わるから」
白部さんが背中をさすりながら説得するも、効果ナシ。彼女もこれには困ったご様子。うーん、デジャヴュ。
「ノーラ、お注射はちょっと我慢すればすぐ終わるよ! 思ったより痛くないんだよ!」
励ますアメリ。ああ、かつてあんなに怯えていたアメリが、励ます立場になるなんて……。感無量。
「それにしても、ここの医師である私が保護者としてここに来るなんて、ちょっと変というか不思議な感じがしますね」
もはや、ノーラちゃんは成り行きに任せるしかないと考えたか、さすりながら様々な感情を込めてこぼす白部さん。
「今回取ったデータは、やはり白部さんがまとめられるんですか?」
「いえ、私はその担当を外れましたので……すでに、別の医師の受け持ちになっています」
「そうなんですか」
私の素朴な疑問に、彼女が返答する。
「やはり、前のお仕事に未練があったりとかします?」
そう疑問を呈するのは、会話に入ってきたまりあさん。
「そうですね。ゼロと言えば嘘になります。でも、今の仕事もとても充実しています。ノーラちゃんと一緒にいられるというのが、とにかく幸せで」
白部さんが微笑む。
「それは良かったです。わたしも、絵本作家になる前はOLだったんですけど、ときどき『あの仕事を続けていたら、今とはどう違ったんだろう?』なんて考えるときがあって」
へー。まりあさん、元OLだったのね。
「角照さん、採血室へどうぞ」
「おっと、それでは行ってきます」
一礼して、ミケちゃんの手を引き採血室に入っていく優輝さん。同じく一礼して、見送る私たち。
「まりあさん、以前はどんなお仕事を?」
「総合商社の広報部で、イラストを描く仕事なんかをしていました」
「なるほど。絵のお仕事自体は、その当時からなさってたんですね」
「はい。あれはあれでやりがいのある仕事だったんですけど、兼業で始めた絵本の仕事がヒットして、そちらに思い切って路線変更したんです」
まりあさんが微笑む。彼女の性格を考えると、子供のために働いている今が、すごく性に合っているんだろうな。
「白部さん、採血室へお入りください」
「ふふ。白部さん、か。この他人行儀な感じ、ちょっとこそばゆいですね。では、お先に」
一礼して、イヤイヤするノーラちゃんをなだめ励ましながら採血室に連れて行く白部さん。ご健闘を祈ります。
ややあって、「ギニャー!」という、ノーラちゃんの凄まじい悲鳴が聞こえてくる。大丈夫かな?
「これは、今度は私とアメリが、お注射克服作戦のお手伝いをしなければいけないかもですね」
腕組みして、考え込む。
「おお? 作戦?」
「んー、アメリがノーラちゃんのお注射嫌いを治すお手伝いをすることになるかもねって」
「おお~! 頑張る!」
すでにやる気満々。ほんと、見違えるほど立派になって……。
「猫崎さん、採血室にお入りください」
「あ、ではお先に失礼します」
まりあさんとクロちゃんに一礼し、採血室へ入る。
もう、注射に恐怖していたアメリはいない。キャスケット越しに、頭を撫でるのでした。
◆ ◆ ◆
全員の検査もつつがなく……もとい、ノーラちゃんを除いてつつがなく終わり、みんなで食堂にて遅い昼食をいただいてます。
ノーラちゃんは目に生気が宿っておらず、心配になる。
「ノーラ。アメリも最初怖かったけど、おねーちゃんのためだと思ったら我慢できるようになったよ!」
「そうよ。要は慣れよ、慣れ」
「うん。ボクたちも応援するから、一緒に頑張ろう?」
先輩である三人娘が、ノーラちゃんを励まし説得する。
「うう~……。でも、痛えもんは痛えんだよう……」
ノーラちゃんは、それでも元気が湧かない様子。キャスケットとスカートで見えないけれど、耳を垂れてしっぽ巻いちゃってるね、これは……。白部さんも、さすがに困り顔で背中を擦り続けている。
「小児科でも注射嫌いな子がよくいましたけど、研修修了までに良い説得方法を見つけることはついぞできませんでしたねえ……」
ため息をつく彼女。
「まあ、きっかけですよね。私の場合は、予防接種のときに『またアメリを喪いたくない』って思わず涙してしまって、それでアメリが奮起してくれたんですけど」
コーヒーカップを傾ける。
「ノーラちゃん、この先予防接種っていって、病気になるのを防ぐためのお注射する必要があるけど、それを受けなかったせいでノーラちゃんとまたお別れになったら、白部さんすごく悲しんじゃうよ?」
「それは……」
目を泳がせるノーラちゃん。
「白部さん。お辛いかもしれませんが、あの日、白部さんがどのぐらい悲しんだか、きちんとお話ししたほうがいいかもしれません」
「……そうですね。あとで、車の中でノーラちゃんとお別れした時の話をするね。とりあえず、冷めないうちにカレー食べちゃおう?」
「うん……」
もそもそとカレーを口に運ぶノーラちゃん。私たちも、食事を再開する。
帰りの車中、白部さんがノーラちゃんにあの事故のときの思い出を、いかに後悔したか、いかに悲しく苦しかったかという感情を軽い思い出し泣きとともに、ノーラちゃんに語る。
私よりさらに辛かっただろうに、私ほど感情的にならないのは、さすがプロというべきか。
「だ……だいじょーぶ! そしたら、また虹の橋から……」
デジャヴュ。彼女もまた、アメリと同じ発想に至ってしまった。
「ノーラちゃん。猫耳人間は百人近く確認されているけれど、その中には転生後に幼くして亡くなった子もいたの。その子たちは……誰も帰ってこなかった」
押し潰されるような言葉。私の感情的な説得の仕方とは違う、研究者ならではのデータに則った説得。
ノーラちゃんの返事はない。バックミラーでちらりと見ると、深く沈んだ表情で項垂れている。
「ノーラちゃん、予防接種も検査も、きちんと受けてくれるよね?」
「……うん」
こくりと頷くノーラちゃん。
帰宅後ややあって、白部さんからノーラちゃんが説得に応じてくれた旨のメッセージが皆さんに届く。
「それは良かったです。これで、一気に克服してくれたらいいんですけどね」
「とりあえず、一歩前進ですね」
まりあさんと優輝さんが、それぞれメッセージを送る。一部始終を見ていた私は、万感の思いを込めて、サムズアップ猫スタンプを送るに留めた。
「おねーちゃん。どうしたの、ぼーっとして?」
「ん? ちょっとね」
さて、ストレッチしてお風呂入ったら、お仕事頑張りますか!
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