今日は十時頃から麦わら帽子を被り、ラフな格好で庭の草刈り。緑があるのは嬉しいけど、手入れが手間っちゃ手間よね。
アメリは室内で横になりながら、日向ぼっこなう。猫耳人間になって以来活発な姿ばかり基本的に見てるから、こうやって猫っぽいやる気なさを見るのは久々な気がする。
少し疲れたので、手ぬぐいで汗を拭きながら、何となくお隣さんの建物を見る。
うちの右隣には百十平米以上はある大きな家があり、そこは現在空き家。どんなお金持ちがここをお買い上げになるのやらと、ある種のわくわく感があるのだが、なかなか買い手がつかないようだ。
などと考えながら呆けていると、がらがらと門を開く音が鳴る。うちじゃないよね? てことは、まさか!
表に出てみると、一人の人物がお隣の家の前に停まっている、銀色のバンに乗り込もうとしているところだった。
背丈は百七十センチ以上のスレンダーな長身で、ショートカットだし一瞬男性かと思ったけど、クロップドパンツの服装や体型を見るに女性だ。歳は、私よりやや若く見える。
「こんにちは」
脱帽し、声をかけてみる。
「こんにちは。そちらにお住まいの方ですか?」
乗車を中止し、こちらに会釈する彼女。そのマニッシュな外見に違わない、きれいだけどややハスキーな声が返ってくる。
「はい、猫崎といいます。こちらに越されてきたんですか?」
「ええ、角照っていいます。今日からよろしくお願いします。後で、お蕎麦をお持ちしますね」
今どき引っ越し蕎麦とは律儀な。しかしすごいな。この若さでこんな家に住むなんて、どこのお嬢様だろう?
「今考えてること、当ててみましょうか?」
「え、はあ」
「あたしのこと、『どこのお嬢様だろうなー』とか考えてるでしょう」
いたずらっぽく微笑む彼女。思わず、ぎくりとする。
「ビンゴですね。違うんですよ。四人でシェアして借りるんです。いや、正確には五人か」
これから住まう邸宅を見上げ、待ち受ける生活に思いを馳せているような、遠い目をする。
すると、バンから小さな人影がひょこっと降りてきて「優輝、まーだー? 待ちくたびれたー」と彼女に言う。
身長は百三十センチほど。キャスケット、スカート丈の長いフリフリのワンピース。なにより、茶と黒と白の三毛猫カラーの長髪! 今まで、二人の猫耳人間を見てきた私にはわかる! 猫耳人間だー!!
「あの、何を言うのやらと思うかもしれませんが、その、彼女猫耳と猫しっぽ生えてたりしません?」
すると、角照さん一瞬きょとんとした後、「なんでわかるんですか!?」とたいそう驚くじゃない!
いやはや、近所にクロちゃんがいたと思ったら、お隣に猫耳人間が新たに越してくるとは。世界は広いが世間は狭いって、誰かが言ってた気がするな。
◆ ◆ ◆
角照さんはバンを中に入れた後、引越し業者のトラックが来るまでの間やることがないと言うので、うちで時間を潰すようお誘いした。二人の前では、冷えた麦茶のグラスが早くも結露している。
「改めて自己紹介しますね。あたしは角照優輝。で、こっちが……」
「ミケよ!」
ソファに腰掛け、気さくに自己紹介する角照さんと、胸を反らし手を当て、えっへんと名乗るミケちゃん。アメリもお客さんとお話しようと、私の横にちょこんと座っている。
「では、私も自己紹介させていただきますね。猫崎神奈です。こっちの子はアメリっていいます」
「アメリだよ! よろしくねー!」
しゅびっと挙手して元気に自己紹介する彼女。あれ? なんか私たちの名前を聞いたとき、角照さん妙に神妙な顔つきに。
「あんた、ズバリいつから猫耳人間になったの?」
「え? んーと、二週間前ぐらい?」
ミケちゃんの唐突な質問に、面食らいつつも返答するアメリ。すると、ミケちゃんキラキラと目を輝かせて、「そう! じゃあミケのほうがずっとお姉さんね! 何でも訊くといいわ!」と、再度えっへんと胸を反らす。
ははーん、お姉さんぶりたいタイプなんだ。ほほえま。
「シェアということですけど、同居される方はどういったご関係なんですか?」
初対面にしては踏み込みすぎた質問かな、と後から思ったが、言ってしまったものは仕方がない。
「あたしたち、ゲーム制作やってるサークルなんですけど、せっかくだからそこのみんなで一緒に生活しない? って話になりまして」
「ゲームですかー。すごいですね」
素直に感心する。普段ゲームをやらないもので、なんだかすごいことしてる人たちという印象だ。
「いやー、ベタな恋愛アドベンチャー作ってる中堅ですよ」
「アドベンチャー……恋愛で冒険とか、なんかロマンチックですね!」
すると、角照さんぷっと吹き出すじゃない!
「すみません、失礼しました。普段、ゲームなさらないんですか?」
「あ、あれ? 変なこと言っちゃいました? はい。お恥ずかしながら、漫画ばかり読んできたもので……」
「なるほど。アドベンチャーっていうのは、物語がテキスト……文章とボイスで進んでいって、絵を切り替えたりしながら話を進めるゲームなんです」
「へえ……初めて知りました」
むう。今どき、化石のような人と思われてそうだなあ。
「じゃあ、こちらからも。猫崎さんは、何をされている方なんですか?」
「漫画家やってます。『ねこきっく』という漫画誌に連載を……」
「やっぱり、あの『あめりにっき』の猫崎神奈先生なんですね!?」
興奮して、身を乗り出してくる角照さん。
「は、はい。そうです」
「すごい! お二人のお名前を聞いたとき、ひょっとしたらって思ったんですけど! あたしファンなんです! 猫崎先生のお隣に住めるなんて、夢みたいです!」
興奮はさらにヒートアップ。手を差し伸べてくるので握り返すと、力強く振ってくる。
「今の彼女が、漫画のアメリちゃんが生まれ変わった姿なんですね!」
同じようにアメリにも手を差し伸べ握手を交わすと、アメリが「お、おお~?」と困惑気味に声を上げる。「生まれ変わった」というのを知ってるということは、やはりミケちゃんもそういうことか。
「ミケも漫画で見たでしょ。あのアメリちゃんだよ! 凄くない!?」
「ふん、なによ。デレデレしちゃって。ミケのほうがすごいんだから!」
あらあら。嫉妬しちゃって、かわいい。とはいえ、アメリが原因で気まずくなったら可哀想だな。
「角照さん、ミケちゃんヤキモチ妬いてますよ」
そっと耳打ちすると我に返って、「そうだね、ミケが一番だよ~」となでなでアタックでご機嫌を取る。やれやれ。
すると、スマホの振動音が響く。私のじゃないな。
「あ、あたしですね。はい。はい、お願いします! トラックが来たみたいです。お茶、ありがとうございました。では、失礼します」
ミケちゃんを連れて、慌ただしく退出する角照さん。なんだか、これから賑やかになりそうだな。
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