神奈さんとアメリちゃん

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第四百九十二話 初コミット! ―中編―

公開日時: 2022年2月10日(木) 21:01
文字数:2,969

 前方が騒がしいと思ったら、一般入り口のほうから、人がどんどこ流れ込んできます!


 ひょえー! さっきより規模大きくなってない!?


「あ、皆さんアドバイスです」


 優輝さんが、私たち六人に語りかけてくる。


「コミットでは、何ごとも早め早めの行動を心がけてください。買い物、トイレ、食事などなど……。あたしらは買い手さんを捌かなければいけないので、ご健闘を祈ります」


 右の人差し指と中指を額に当て、ポーズを決める彼女。


「はあ……わかりました」


 このとき、私たちは彼女のアドバイスの大切さをわかっていませんでした。このアドバイスを、もっと真面目に受け止めていれば……。



 ◆ ◆ ◆



 あっという間に、人、人、人の、文字通り人海。係員の人が、走らないように注意を呼びかけている。


「なんか、気温が一気に上がった気がしません?」


 手で、ご自身の顔を仰ぐまりあさん。クロちゃんも、愛用の扇子で扇いでいます。


 たしかに、さっきまで冷房が効いていたのに、暑くなってきた気がするな……。


「あの、ここに留まっていても、あまり面白いことないですよ? あたしらの様子を見たいのでしたら、それでもいいですけど」


 優輝さんが、心配そうに私たちを見る。


「そうですね。せっかくのイベントですし、色々回ってみます」


 かくてるの皆さんに一礼して、次の行動に移る我々でした。



 ◆ ◆ ◆



「あっ! ここでケイティちゃんと『リリピュア』のコラボアイテム売るって!」


 スマホを手に、Webカタログで企業ブースと書かれた場所を指し示す。


「おお~! 行きたい!」


「じゃあ、行きましょうか。皆さんはどうですか?」


 まりあさん、白部さんともに異存ナシ。じゃー、ぼちぼち向かいましょうか。



 ◆ ◆ ◆



 到着した我々を待ち受けていたのは、撤収作業をしている売り子の皆さんでした。


「あのー……。まさか、売り切れ……とかじゃないですよね?」


「あー、申し訳ありません。完売しました」


 思わず、スマホの時計を見る。一般入場が始まってから、十分じゅっぷんしか経ってない!


「ほんとに、ですか?」


「はい。申し訳ありません」


 一同、ポカーン。優輝さんの言っていたことが、言葉ではなく心で理解できました。


「とりあえず、適当にぶらついてみましょうか」


 みんな、声もなくうなずく。コミット、恐るべし……。


 それにしても、時間が過ぎるほどに、人口密度が上がっていくな。


 脇に避けて、スマホをチェック。


 おお!? 例のバスケ漫画の本が出てるじゃないですか!


「これ、寄ってみていいですか!?」


 白部さんもまりあさんも、私の例のバスケ漫画好きはご存じなので、快諾してくださいました。れっつらごー!



 ◆ ◆ ◆



 途中、買い手の人々が本をパラパラと立ち読みしているのを何度か見かける。ガッツリはダメだけど、あんな感じならいいんだ。


 お、着きましたよ! さっそく、読んでみましょ~……。


 なんだろう、やたら肌色成分の多い表紙。


 ぱらぱら……。


 こ、これはァッ!?


 男性キャラ同士が、あーんなことや、こーんなことしてる漫画じゃないですかァッ!!


「アメリ、見ちゃダメ!!」


 手を伸ばす愛娘に、思わず大声出してしまうと、売り子さんたちの、なんともいえない視線ををいただいてしまいました。


「あ~、スミマセン。お邪魔ですよね。でわでわ~」


 そそくさと、距離を取る。


 あー、びっくりした! 噂には聞いてたけど、ここコミット、あんな過激な本も売ってるんだ……。パンフレットを見れば、R-18とか書いてある。なるほど、十八禁か……。


 今度は、健全なのを探さないとね。


 あれ? あれれれ?


 「あめりにっき健全本」と書いてある。


「見てください、これ!」


 白部さんとまりあさんに、電子パンフを見せる。


「あら、『あめりにっき』ですか」


 白部さんが、興味深そうに画面を覗き込む。


「ここ、行ってみていいですか!?」


「はい、私は異存ないです」


「わたしも」


 保護者二人の同意を得て、あめりにっきの同人誌が売っているらしい場所へ、向かいます。



 ◆ ◆ ◆



 とーちゃーく! えーと……このテーブルか。


 あ! ほんとにアメリが表紙に描いてある! 似てる~!


「ちょっと、拝見しますね」


 今度は、まさしく健全な内容。作者も、ほっと一息。


「すごいですねー。よく似ています」


「はい! 猫崎先生のタッチは、徹底研究しましたから!」


 売り子のお姉さんが、自信満々に応える。すごい熱意だ。


「あのー……。私が、その猫崎神奈だって言ったら、驚きます?」


 彼女、しばらくポカーンとした後、「えー!」と大声を上げ、慌てて口を塞ぐ。


「えと、本当に本当の猫崎先生ですか!?」


「はい。本当に本当の猫崎神奈です」


 本人証明として、免許証を見せる。


「うわー、うわー! ご本人にお会いできるなんて!!」


 なんか、限界突破しそうになる売り子さん。


「ああ、すみません! お目汚しですよね!」


「いえいえ。お上手だと思いますよ」


 心から褒めると、彼女、ぽわわ~んとなってしまいました。


「ええと、先生は、二次創作には寛容なタイプですか?」


「そうですねえ……。過激な内容でないなら、とくに目くじら立てる気はないです」


「ありがとうございます!」


 深々とお礼されてしまった。


「これもなにかのご縁ですね。一冊ください」


「ありがとうございます! 五百円になります!」


 五百円玉を手渡す。千円札と五百円玉を多めに持つようにというのは、優輝さんのアドバイスだ。


「わたしも、いただきましょうか」


「でしたら、私も」


「ありがとうございます!」


 売り子さん、歓喜の舞を踊りそうなほどに、喜んでいらっしゃる。


「あの、図々しくて恐縮ですけど、ここにサインをいただいてもいいですか!?」


 売り物の一冊を、差し出す彼女。


「売り物に、いいんですか?」


「はい。残念ですが、だいたいいつも、半分ぐらい持って帰る羽目になるので……」


 うーん、表情が暗いな。愛読者の心を明るくするのも、作者の努め!


「では、書かせていただきますね」


 猫崎神奈のサインを入れる。


「うわあ……! 一生の宝物にします!」


 両手で、サイン本を抱きかかえる彼女。優輝さんのほかにも、こんな大ファンがいたんだなあ。


「おおー。おねーちゃん、アメリも何か買いたい~」


「あー、ごめんねー。つい、熱中しちゃって」


 この会話を聞いた売り子さん、鳩が豆鉄砲食らったような表情になります。


「今、アメリって……」


「あー、この子、猫耳人間になったんです」


 度肝を抜かれる彼女。


「え、えええええ!? アメリ……ちゃんが、あの噂の猫耳人間!? コスプレじゃないんですか、ソレ!?」


「はい、正真正銘、本物です」


 口から魂が抜ける、売り子さん。


「え、えええええ! じゃあ、ニュースで見たあの子って!」


「はい。うちのアメリです」


 彼女、完全に放心。


「あのー。大丈夫ですか?」


 眼前で手をひらひらさせると、こっちの世界に戻ってきました。


「すみません。動揺しちゃって……。ええ~……」


 まあ、困惑するわよね。


「あの、差支えなければ、お写真よろしいでしょうか!?」


「いいですよー。でも、顔は後で修正してくださいね」


「はい、もちろんです!」


 というわけで、記念撮影。


「うわあ……。本当に、一生の思い出です……!」


 感動する彼女。良きかな良きかな


「ええと、そろそろ次のスポットに行っても、よろしいでしょうか?」


「あ、はい! コミットを、ぜひ楽しんでください!」


「はい。楽しんできますね」


 深々とお辞儀する彼女に別れを告げ、次に向かうのでした。

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