ついに、八月三日! つい早く着いてしまったので、おなじみの待合でアメリと時間を潰しています。
ちらりと愛娘の様子を見ると、やはり、恐怖を克服したとはいっても緊張はするようで、表情が固く口数も少ない。
「手、握ろ?」
彼女の手に自分お手を重ねると、握り返してきました。うん、震えてはいないね。小さな手。こんなに小さいのになあ、などと、よくわからない所感が頭を巡る。
「猫崎さん、お入りください」
そうこうしていると、ついに時間が来た!
同時に立ち上がり、手をつないだまま看護師さんについていく。
案内されたのは、あの日アメリがIQ検査をしていた部屋。
「お邪魔します」
ノックして中に入ると、臨床心理士の和刈先生、あとは、三十代と思われる女性と、四十代と思われる男性がテーブルを挟んで座っていた。
男性から着席を促されたので、二人で対面に座る。
「はじめまして。CH研究部、特別カリキュラム・プロジェクトを任されました菅里です」
男性が、一礼して自己紹介。
「お久しぶりです。臨床心理士の和刈です」
「はじめまして。押江と申します。アメリさんの教育指導を務めさせていただきます」。
三人が、それぞれ礼とともに自己紹介を終えた。
「今回、書面にてお知らせしましたように、アメリさんのIQが131あることが新たに判明し、特別カリキュラム・プロジェクトが正式に組まれました。つきましては、それについてご説明したいと思います」
「アメリさんの特性ですが、計算能力と創造性が特に高く、ほかのデータも高い数値を示しています。この数値ですが……」
菅里さんの言葉を受け、和刈先生が色々と説明してくださるけど……わかったような、わからないような。とりあえず、「アメリちゃんかしこい!」というのだけは伝わりました。
「猫崎さんがご異存なければ、平日のご都合の良い時間帯に、押江が指導に伺うことになります。また、白部には引き続きミケさんやクロさんの指導にあたってもらうことになります」
再び、菅里さんが説明。
「ええと、アメリは一人寂しく、別所で授業を受けなければならない、ということはないのですね?」
アメリたちが最も懸念していたことを、念のために問うてみる。
「ご自宅のスペースにもよりますが……一緒に授業を受けることは可能かと思われます」
「授業というのは、どのようなことを?」
「はい。アメリカで提唱されている、天才向けの教育プログラムを、受けていただこうと思っています。言葉だけで具体的に内容を説明するのは、難しいのですが」
押江さんが説明を引き受ける。
「アメリにとって、重い負担にならないでしょうか?」
「アメリさんが難しいと感じるようでしたら、都度、難易度を下げるなどさせていただきます」
ふむ。
「アメリは、何か聞きたいことある?」
「おお? よくわかんない……」
そりゃそうよね。私も、なんだか雲の上を歩いてるような気持ちだもん。
「途中で、やめることはできますか?」
「はい。アメリさんや猫崎さんの、ご意思を尊重します」
ふうむ。
「いざとなったら、途中でやめてもいいって。アメリ、決めてくれるかな?」
「おおー……。じゃあ、やってみる……」
「ありがとうございます。では、この書類にサインをお願いします」
書類を数枚、こちらにくるりと向けて差し出してきたので、詳しく目を通す。
うん、私たちに不利益になるような内容はないみたいだ。
「サインするけど、いいね?」
もう一度愛娘に意思を問うと、こくりと頷いたので、代理人として署名する。
「ありがとうございます。では、いつから始めましょう?」
「とりあえず、明日は外出の先約がありますので、それ以降でしたら。ただ、私も仕事がありますので、作業しながらになりますが、よろしいでしょうか?」
「はい。そのあたりは、白部から聞いています。ほかには、なにかありますか?」
しばし熟考……とくにないな。
「アメリは、何かある?」
とくに思いつかないようで、彼女も首を横に振る。
「では、以上となります。お疲れ様でした」
菅里さんがまとめ、三人からお辞儀されたので、こちらも返す。
とりあえず、肩の荷が一つ下りた感じかな。
◆ ◆ ◆
「アメリちゃん、もうすぐ誕生日ですね。駅前で、プレゼント買ってあげるよ」
「おお!? いいの!?」
「うん。あんまり大きいぬいぐるみは、ちょっと困っちゃうけど」
車を走らせながら、会話する。
「おお~……何買ってもらおう……」
うんうん悩む愛娘。まったく、悩みってこういう微笑ましいのだけにしたいわよね。
こうして、おなじみの駅前に向かうのでした。
◆ ◆ ◆
まずは、「トイザウるス」さんへ。アメリちゃん、ああでもない、こうでもないと悩んだ末に、アノマロカリスのぬいぐるみを買いました。
「名前とか決めたの?」
「んー……。『あのじろう』!」
やっぱり男の子か。ほえほえさん逆ハーレム、巨大化していくなあ。
「ご本もいーい?」
「いいよー。そのぬいぐるみ、あまり高くないし」
私が、大きくないのにしてって言ったからね。
「おおー! じゃあ、どっちの本屋さん行く!?」
「麗文堂さんでいいんじゃないかな? あっちのほうが広いし」
「らじゃー!」
というわけで、お会計を済ませ本屋さんへ。鳥類図鑑をおねだりされたので、それを購入。アメリ、嬉しそう。良き哉良き哉。
「もう、夕方かー。アメリの好きなもの、食べて帰ろっか」
「おお! カタツムリ!」
こうして、二人でエスカルゴなどを堪能して、帰路につくのでした。
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