神奈さんとアメリちゃん

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第百三十一話 まりあさん、できあがる

公開日時: 2021年4月24日(土) 15:01
更新日時: 2023年2月8日(水) 15:01
文字数:2,772

昼十一時、過日にネームも無事通ったので下書きをしていると、スマホから呼び出し音が不意に鳴る。はて、どちら様でしょう? と画面を見ると、まりあさん。


「こんにちはー。どうされましたー?」


「ぱんぱかぱーん! 『うどんのめがみさま』の続編を脱稿しましたー!」


 やたら大声なので、耳からスマホを離す。


「おめでとうございます」


「もー、嬉しくって、嬉しくって!!」


 うーん、私も原稿明けはこんな感じだけど、まりあさんがこのムーブはちょっと違和感を感じる。ま・さ・か……。


「あのー。ひょっとして、酔ってらっしゃいます?」


「多分そうでーす! 終盤どうしても上手く書けなくて、えいや! ってビール一杯引っ掛けちゃいましたー! うふふー」


 ああ、まりあさん。執筆に悩んで禁断のアイテムに手を……。


「あ、そうだ! クロちゃんにごはん作ってあげないとー」


 クロちゃんに料理……つまり、このハッピーモードのまりあさんが包丁を握る! それは危険がデンジャーで危ない!!


「あの! お祝いということで、私がまりあさんのぶんも作りに行きます!!」


「いえいえー。お気遣いなく~」


「いえ! ぜひに! ぜひに! なので、すぐ行きますから待ってて下さい!! では!」


 有無を言わさず電話を切り、アメリと一緒に急いで出かける支度をするのでした。



 ◆ ◆ ◆



 宇多野家の呼び鈴を押すと、出てきたのはクロちゃん。


「こんにちは。まりあさん、様子どう?」


「こんにちは。その、踊ってます……」


 踊……。頭を抱える。クロちゃんも戸惑ってる様子。


「とりあえず、上がらせてもらうね」


「はい」


 アメリもクロちゃんと挨拶を交わし、中に上がらせてもらう。


 リビングを覗くと、まりあさんが演歌をBGMにノリノリでダンスしているのが目に入る。演歌でどうしてそんなノリノリで踊れるの、まりあさん……。


「こんにちは。ええと、とりあえず、ごはん作らせていただきますね」


「あー! こんにちはー! じゃあ、お願いしちゃいますねー。ありがとうございまーす! 神奈さんとアメリちゃんも、良かったら一緒に食べましょう~」


 いつもの慎み深いまりあさんはどこへやら。土曜で夜で熱狂な「あのポーズ」をキメながら、「Foooo!!」とか言ってる。これは、クロちゃんも困惑するわ……。



 ◆ ◆ ◆



 さて、気を取り直して冷蔵庫の中身を拝見。お魚を筆頭に、根菜、ネギ、油揚げ、残り物のお米なんかが入っている。さすが、和食党。


「クロちゃーん、何かリクエストある~?」


「そうですね……。たしかお姉ちゃんがサバを買っていたので、サバが食べたいです」


「りょうかーい。あと、煮物とお味噌汁も作るね」


「ありがとうございます」


 そいじゃ、例によって三分でクッキングする例のBGMを脳内に流しますか!


「おねーちゃん、アメリもお手伝いするー」


「ありがと。じゃあ、一緒にやろう」


 マイエプロンを締めながら、アメリに微笑む。


「ボクも何かしましょうか?」


「うーん、そうだなー。じゃあ、道具類の場所を教えてもらえる? あと、食器を出してもらえると助かるかな」


 以前ここで調理させてもらったことがあるけれど、完全に調理器具や食器の配置を理解しているわけではない。


「わかりました」


 こうして、各自作業開始!


 まずは、時間のかかる煮物から。切り干し大根があったので、人参と油揚げを細く切り、お鍋で炒める。水分が飛んだら、水、だし、砂糖、みりん、醤油で煮込む。煮物の特性として、できたてよりもしばらく冷ましたほうが味が染みて美味しくなるので、これを一番最初に作りました。


 お味噌汁の具は、定番のネギと油揚げ。こちらは、煮物を煮込んでる間にアメリに切ってもらって茹でる。ただし、お味噌はまだ溶かない。


 作りかけのお味噌汁のほうも一旦火を止め、煮物に味が染み込むまでの間、どうしようか。


 そうだ、ビールを飲んでるはずなのに、空き缶が見当たらないな。仕事場で飲んだのかな?


「クロちゃん、まりあさんの仕事場はどこ?」


「寝室の隣です。案内しますね」


 リビングに近づくと、演歌は鳴り響いているけどまりあさんの声が聞こえない。様子を見ると、ソファで爆睡していた。ステレオを止め、起こさないようにそっと脇を抜ける。


「ここです」


「お邪魔しまーす……」


 扉を開けると、大きめの作業デスクに、ノートPCとスキャナ兼プリンター、そして先ほど仕上がったであろう原稿と、水彩絵の具とパレット、さらに三百五十ミリのビール缶が置いてある。あとは、本棚に本が多数。まりあさん、絵はアナログなのね。


 たしか、バーベキューのときは大きめのプラスチックカップ半分ぐらい飲んで、あのへべれけぶりになったんだっけ。そんなまりあさん基準だと、三百五十ミリは大飲だ。中も空みたいだし、とりあえず片してしまおう。


 あとは、まりあさんの体が冷えないように、寝室から毛布を取ってきて掛ける。


 再びキッチンに戻り、サバを焼く。まりあさんが私たちも食べていくようにと仰っていたので、お言葉に甘えさせていただこう。魚焼きグリルで二度に分けて半身を計四切れ焼き、途中で煮物とお味噌汁を再加熱。お味噌汁が煮立ったら火を止め、お味噌を溶く。煮物ともども味見……うん、私基準だとこれはいい塩梅。


 後続のサバも焼き上がった。先に焼いたほうのサバを、電子レンジで片方温め直す。


「できたよー」


 ごはんも温め直し、お茶と一緒に配膳する。


「ありがとうございます」


 クロちゃんが頭を下げる。


「いいのいいの。あの状態のまりあさんに、包丁握らせるほうが怖いから。じゃあ、いただきましょう」


 三人で、いただきますの合唱。


「美味しい!」


 アメリが、瞳をキラキラさせる。


「美味しいです。やはり、神奈お姉さん料理お上手ですね」


 クロちゃんも、美味しそうに食む。


「ありがとう」


 自分でも、結構上出来だと思う。


 こうして、ごちそうさま。食器を洗い、冷めた残りの一切れのサバにラップをかけて冷蔵庫にしまう。


「じゃあ、まりあさんが起きたら『ごはん作ってあります』って伝えておいてね」


「はい。ありがとうございました。門まで送りますね」


 ブーツを履いたところでふと気になって、「そういえば、松風盆栽はあれからどう?」と尋ねてみる。


「あ、良ければ最後に見ていきますか?」


「うん、せっかくだから見せてもらおうかな」


 というわけで庭に回ると、松風くん……ちゃん? の元気な姿がありました。


「素人目にだけど、相変わらずよく手入れされてるね」


「ありがとうございます。きちんと、毎日お世話してるんです」


 はにかむクロちゃん。可愛い。


「うん、この子も元気そうで良かった。じゃあ、行くね」


「はい。お姉ちゃんにも、きちんと伝えておきます」


 互いに「さようなら」と挨拶を交わし、自転車を漕いで家路をたどる。夕方、まりあさんから謝罪の電話がかかってきたのは、もはやお約束。「お気になさらなくていいですよ」と、お伝えするのでした。

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