「アメリちゃーん、見て見て~。ミケおねーちゃん!」
「おお~! 似てる!」
六月六日の日曜日のお昼前、仕事も順調に済んだので近井さんに打診したところ、快くご承諾いただき、アメリはともちゃんと砂遊び。
しかし、ミケちゃん胸像……あの子もここで歌って踊ってるから、なんだかんだで有名人になってるのね。
猫耳人間の子供たちも、アメリを筆頭にすっかり人気者のようです。
「そういえば、ほかのお子さん、あまり見かけなくなりましたね?」
近井さんが頬に手を添え、「どうしたのかしら?」といった具合に疑問を呈す。
「あー、あの子たち、土日は習い事始めちゃったもんで。ミケちゃんはダンスと歌、クロちゃんは将棋、ノーラちゃんはサッカーを」
「すごいですねえ。友美も何かやらせてあげたほうがいいのかしら?」
「ともちゃんが、自発的に『これやりたい!』って言ってからでいいと思いますよ。興味がないものを押し付けても、長続きするものでもないですし」
アメリたち越しに、ぼーっと遠景を見つめる。小学生から趣味で漫画を描き始めて、ついに連載を持ったまま八年選手にまでなった私。もう、二十年近くも漫画を描き続けてるんだなあ。思えば遠くへ来たもんだ。
「猫崎さん?」
近井さんに声をかけられ、ハッとなる。
「すみません。少しぼーっとしてしまいました」
「ああ、よかった。お声がけしても反応がないものですから、どうなさったのかと。友美の習い事、本人の希望を待つことにしますね」
「はい。ともちゃんが夢を見つけて、それを実現できるといいですね」
クロちゃんも、ミケちゃんも、ノーラちゃんも、そしてアメリも。夢を実現することは簡単な道のりではないだろう。特に、猫耳人間という未だ法的に宙ぶらりんな彼女らの運命は、未知数のままだ。
研究のことはさておき、人権法そのものが頓挫することはないと思いたいけれど、私のように小さい頃からの夢がストレートに叶うほうが、世の中ではレアな存在。誰もがみんな、自分のやりたい仕事ができる。そんな世の中になったらいいのに。
「ともちゃん、『にょこたん』できた!」
また、謎のオブジェクト作ってる……。
「なーに、それ?」
「えっとね、リスボンでお砂糖作ってる!」
「りすぼん?」
「えっとね、ぽ……ぽるとるがだっけ? そこの街!」
ともちゃんと珍問答を繰り広げる愛娘。ポルトガルですよ、アメリちゃん。
「楽しそうだね。私も混ざっていい?」
「「いいよー」」
童心に帰り、子供たちと一緒に砂いじり。ふふ、こんなの二十年ぶりぐらいかなー。
泥団子作ってみたりして。懐かしいな。よく、りんちゃんとおままごとしたものだ。
「猫崎さん、子供お好きですよねー」
近井さんも、しゃがんで話しかけてくる。
「そうですね。もともと子供は嫌いではなかったですけど、アメリが今の姿になってから、『自分はこんなに子供好きだったんだ』と、新たな発見にちょっとびっくりしました」
二人と一緒にトンネル掘り。三方向トンネルが、もうちょっとで開通しそう。
「育児って、大変なことも多いですけど、それ以上の喜びを与えてくれるものですね」
「ええ。友美は、本当に大切な宝物です」
微笑み合う、二人の母。トンネルも、無事開通!
その後、子供二人が混ざりたそうに砂場を見ていたので、場所を譲る。
アメリたちは、たちまちその子らとも打ち解けてしまいました。アメリもともちゃんも、本当に社交的だなあ。
「手、洗ってきますね」
「はい。いってらっしゃいませ」
少し離れたところにある水道で、泥砂で汚れた手をきれいに洗い流す。もうだいぶ気温も高くなっているので、流水で冷えるのが気持ち良い。
「お待たせしました」
近井さんと、おしゃべり再開。
彼女によると、Webデザイナーの仕事も大口から小口まで様々で、今までで一番大きな仕事は、映画の宣伝ページ作りだったとか。その映画の名を尋ねると、見たことはないけれど、名前は知っているという作品でした。
「私も、趣味で作ってたホームページが将来の生業になるとは、当時思ってもみませんでした」
始めた当初はまだブログすらなくて、四苦八苦しながら映画交流メインの、良く言えば手作り感あふれる、簡素なホームページを作っていたらしい。
もし、当時からブログがあったら、今の仕事はやっていなかったかもしれないとは彼女の弁。
「私のお友達にも、映画好きな方いますよ。あの、ミケちゃんの保護者の背の高い……」
「ああ、あの方ですね! 彼女、どんな映画をご覧になるんですか?」
そこで、答えに窮してしまう。まさか、グロ多めのB級映画とか言えないし……。
「ええと……個性的な映画がお好きなようですよ」
うん、嘘は言ってない。
「そうなんですかー。今度お会いしたら、映画談義してみたいですねー」
「それはいいかもしれませんねー……ははは……」
思わず、乾いた笑いが出てしまう。近井さん、心に傷を負わなければいいけど。
すると、アラームが鳴り響く。この音、たしか近井さんのスマホだ。
「あら、すみません。もうこんな時間。友美にごはん食べさせなければいけないので、お先に失礼しますね」
「はい。またお会いしましょう」
互いにお辞儀し、ともちゃんはお母さんに促され、名残り惜しそうにアメリと新しいお友達にバイバイ。
「ともちゃん、またあそぼーねー!」
アメリも、ぶんぶん手を振ってお見送り。
「アメリはどうする? お昼の時間だけど」
「んー……。たしかに、お腹減ったかも」
「じゃあ、帰ってごはん食べようか。君たちも、アメリと遊んでくれてありがとうね」
新しいお友達にお礼を述べ、アメリも「また遊ぼうね」と別れのご挨拶。
手とスコップ、バケツをきれいに洗い、自転車にまたがり二人で家に向かうのでした。
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