春うららな、二〇三十年・四月五日の朝。
「行ってきます!」
スーツ姿の一人の少女が、手を振る女性に送り出される。
年のほどは、十八ぐらい。
しかし、一番の特徴は、猫の耳としっぽが生えていて、髪がアメリカン・ショートヘアのシルバータビーのような色をしていること。
少女はバスに乗り、そして電車に乗って、ゆらり揺られる。
移動中、座席でスマホをいじる彼女。
「宇多野クロ八段、三冠に王手」
そんな記事が、新聞に書かれていた。
宇多野八段は、非女流プロとして活躍する、新進気鋭の女性棋士だ。彼女もまた、猫の耳としっぽを持ち、美しい黒髪を湛えている。
優勢だろうが劣勢だろうが、一切姿勢も表情も崩さず、常に冷静なことで、棋界で恐れられていた。
彼女の勝負アイテムは、幼い頃友人にもらった、かんざしと扇子。彼女はこれを持って、常に勝負に臨む。
また、「和」を愛し、「ボク」という一人称を使うことから、明治・大正の女学生のようだと人気である。
シルバータビーの少女は、別のサイトに飛ぶ。
芸能ニュースでは、アイドルグループ「NKM33」のセンター、角照ミケが取り上げられていた。
彼女は、とかく年下の者への面倒見がよく、後輩にとても慕われている。
そして彼女も、猫の耳と尻尾、そして三毛色の髪を持つ。
NKM33は着け猫耳と着けしっぽで有名だが、彼女の場合は本物だ。
シングルでもグループでも、常に上位を快走する人気者。
シルバータビーの少女は、さらに次のニュースに飛んだ。
「白部ノーラ選手、Uイエローズに入団!」
そんな見出しの、スポーツニュース。
彼女は、所属校のサッカーチームを優勝に導いた、立役者の一人。
パス回しが芸術的で、「三百六十度の視界を持つ」などと噂されている。
また、チームのムードメーカーでもあった。
そんな彼女も、猫の耳としっぽ、黒に茶の斑が入った髪を持つ。
いずれも、シルバータビーの少女の幼馴染で、大切な親友だ。
不意に、彼女のスマホが、ブルッと震える。
アプリ「LIZE」を立ち上げると、五人目の親友である近井友美から、高校の校門での自撮り画像が送られてきていた。校門には、「入学式」の立て札。
「ピカピカの高校生、あめでとう!」と、サムズアップ猫スタンプとともに返信。
すると、「そっちも、おめでとう!」と、同じくサムズアップ猫スタンプが返ってきた。
そんなことをしている間に、電車は目的駅へ。
下車し、大学経由のバスに乗車。
大学最寄りのバス停で降りると、「入学式」と書かれた校門を通り、体育館へと向かう。
新入生が並ぶ中、自身も着席。
しばらく待っていると、入学式が始まった。
学長のいささか冗長な祝辞の後、「新入生代表、猫崎アメリさん。壇上へ」と、アナウンスが入る。
起立し、壇上へと向かう、シルバータビーの少女。
学長たちに一礼し、生徒たちに向き直りまた一礼した後、紙を広げる。
「猫崎アメリと申します。ここ、S大学に入学できましたこと、まことに嬉しく思います。
私は見ての通り、猫耳人間ですが、様々な方々のご尽力のもと、こうして学び舎にて学ぶ機会を与えていただきました。
そのご協力の数々、まことに感謝に堪えません。
生まれ変わってからの十年間、様々なことがありました。中でも、最初の一年は、とくに充実した一年でした。
その最初の一年で、私がきっかけとなり、猫耳人間の存在が周知され、世の中が動きました。そのきっかけとなったことは、一種の事故でしたが、結果的に人間と猫耳人間との架け橋となることが出来ました。
人間と変わらず接してくださった世の皆様へ、感謝を述べさせていただきます。
そして、私をここまで育ててくれた、母であり、姉でもある最愛の人へ、最大の感謝を。
以上です」
答辞を結び、一礼する彼女。場内に、拍手が響く。学長たちにも一礼して、壇上を去り、元の席へ。
これから、彼女の新たな生活が始まる――。
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