「二〇二一年三月五日、十二時五十四分。猫耳人間の子供たちのお手玉の様子を撮影開始します」
白部さんが例の形式張った口上を述べ、カメラを構える。
「ええと、白部先生。普通にやっていいんですか?」
「はい。そのようにお願いします」
何だか調子が狂うといった感じのクロちゃんに、形式モードで返答する白部さん。
「えーと、じゃあ前回の続きね。とりあえず、目の高さまでお手玉を上げて、安定して同じ手でキャッチできるようになってみよう」
子供たちが、前回と同じくぽんぽんと同じ手でのキャッチを繰り返す。やはり、生徒組の中ではノーラちゃんが一番筋がいい。
「なー。もっと派手なのやりたいぞー」
「これ、大事な基礎だからね。ここが上手くならないと、ほかのも上手く出来ないよ」
単純作業に苦情を言うも、クロちゃんに正論で返され、「むう~」とむくれるノーラちゃん。
白部さんの肩を叩き、「仕事しています」と書いたスマホ画面を見せると、こくりと頷かれたので、デスクに着席してプロットを書く。
ルビ振り作業は昨日のうちに終わっているけれど、今持ち出す雰囲気じゃないものね。
さて、どうしたもんかな。動物病院での出会いとざっくり決めたはいいけど、そういえばまりあさんは生前のクロちゃんをどこで診てもらってたんだろう。
「コジカ」さんは割と最近できたペットショップだから、その併設病院も同様なわけで。もしかすると、私と同じ「テリュース動物病院」の常連だったのかもしれない。ちょっと、確認が取りたいな。何だか慌ただしいけど、スマホ片手にリビングへ。
「こんにちは。どうされました?」
お、幸先よくまりあさんがコールにでられましたよ。
「こんにちは。実は、まりあさんが通われていた動物病院ってテリュース動物病院かなって思いまして」
「あ、そうです~。よくわかりましたね」
「このへん、コジカさん以外だとあそこしかないですからね」
「なるほど~」と、興味深げに応じるまりあさんに、当時のクロちゃんの思い出を語っていただく。やはり、当時から注射にも動じないおとなしい子だったらしい。
「そういえば、クロちゃんはご迷惑かけていませんか?」
「いえいえ。ご迷惑どころか、今、子供たちがお手玉教わってます。それを白部さんが撮影している状態で」
「撮影ですか。そういえば、そんなことをされたいと仰ってましたね」
その後、いただいたクッキーなどの感想を述べたりもするも、私も仕事なので名残り惜しいけど話を切り上げさせていただく。
「では、また改めて積もる話でもしましょう。それでは」
通話終了。まりあさんから得られた取材内容から、頭の中でプロットを組み立てていく。デスクに戻り、それをアウトプット。
アメリときたら猫時代から注射嫌いだったから、これを出会いのきっかけにさせてもらおう。
うむうむ。きっかけさえあれば、すらすら進むものだ。ちょっとコーヒー牛乳キメたいな。淹れてこよ。
……戻り。うん、コーヒー牛乳があるとはかどるなあ。
私が人懐っこい性格だから、私から話しかけたことにして……。よしよし、いい感じ。
「ノーラは、もうだいぶできてるね。次のステップに進もううか」
クロちゃんの声に、そちらを向く。
「反対側の手でも、同じことができるようになろう」
「うえ~……」
地道な反復練習に変な声をを上げるノーラちゃん。初回の楽しげな様子はどこへやら。
「クロ、同じことばっかりやらせると、ノーラの性格だと飽きちゃうよ」
そこに、アメリが口を添える。
「そっか……。じゃあ、左手で三回キャッチしたら、今度は同じように三回、反対の手に投げてキャッチするようにしよう」
「おー! それなら飽きなそうだな!」
ノーラちゃんが、言われた通りに練習を始める。やはりアメリ、人のやる気を引き出すのが上手い。
しばらくそうして過ごしていると、アメリとミケちゃんも右手でのキャッチはクリアできたようで、ノーらちゃんと同じコースに入る。
あとは、反復練習あるのみで、静かな時間が流れていく。
ふとPCの時計を見ると、三時を回っていた。私のほうも五パターンほどプロットが出来上がり、バリエーション豊か。何しろ「あめりにっき」初の完全フィクションだから、色んなパターンを見せて真留さんの反応を伺いたい。
「休憩にしませんか?」と書いたスマホ画面を見せると、白部さんが同意し、撮影の中断を宣言しました。
「じゃあ、お茶とお菓子持って来るね。あ、白部さん。お菓子といえば、あのクッキー、可愛くて美味しかったです~」
こないだいただいたクッキーは猫さんやウサギさん、くまさん型で、顔も描いてあってとってもプリチー。食べるのがもったいないぐらいでした。あれを、クロちゃんとノーラちゃんが一所懸命作ったと思うとほほえまね!
「ありがとうございます。子供たちと頑張って作ったかいがあります」
微笑む彼女に一礼して、キッチンに向かい、飲み物とお菓子を用意して戻ってくる。
「はーい。こぼしちゃうといけないから、お手玉はお休みねー」
配膳し、六人で折りたたみ机を無理やり囲む。さすがにクッキーは、ベッドで食べるわけにいかないものね。
「白部さん、子供たちのお手玉の腕前はどうですか」
「そうですね……私はお手玉をしたことがないですけど、やはり上達が早いのではないでしょうか。後日、皆で分析してみますが」
子供たちがクッキーを食べる、さくさくという小気味よい音が響く。
「あと、クロちゃんの教え方も上手なのですけど、アメリちゃんのフォローが光ってましたね」
「と仰いますと?」
「さっき、ノーラちゃんが飽きそうになったときに出したパスが絶妙で」
あー、あれね!
「むう……お姉ちゃんとしては、メンボクないわね」
しょげるミケちゃん。
「まあまあ、ミケちゃんは体幹が本当にすごいから。みんな、それぞれ個性的に伸びてるとこがあるのよ。そうだ、ミケちゃんからお歌のCD誕生日にもらったじゃない? あれ、ラボのみんなにも聴かせてあげていいかな?」
「むむ、ミケの歌が広まるのね! もちろんオッケーよ!」
本当に、いろんなものが研究材料になるんだなあ、白部さんの職場は。
休憩後は、ダンスタイムに突入。これも、白部さんがせっかくだからと撮影されていきました。
クロちゃんは、例によって見学。私も撮影の邪魔になるので、たまに見学しつつお仕事。
こうして楽しい一日は過ぎていき、皆の帰宅タイムとなりました。
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