カップケーキと九九の勉強会から、三日経った朝。今日もまりあさんの家を訪ねると、門でお出迎えされてしまいました。
「おはようございます。もう、動いて大丈夫なんですか?」
「おはようございます。お陰様で、すっかり回復しました。朝ごはんも先ほど自分で作って、いただいたところです。随分とお世話になってしまい、なんとお礼したら良いか……」
これはおめでたい! 咳ももう、全然してないし。
「いえいえ、本当に気にしないで下さい。でも、無理はまだなさらないでくださいね。病み上がりなんですから。クロちゃんに伝えてきますね!」
というわけで、自転車を飛ばして一路かくてるハウスへ!
皆さんにこの吉報を伝えると、我がことのように喜んでくださいました。もちろん、クロちゃんの喜びようは言うまでもなし。良き哉良き哉。
クロちゃんのお見送りのため、バンの前に集合する一同。
「良かったねー、クロちゃん。まりあさんが元気になって。まあ、病み上がりだから、ぶり返しには注意しないとだけどね」
優輝さんが、キャスケット越しに頭を撫でる。
「ありがとうございます。久しぶりにお姉ちゃんに会えるの、嬉しいです」
はにかむクロちゃん。その表情から、心からの喜びが伝わってくる。
「うう……。クロ子、良かったなあ! ほんと良かったなあ! 寂しくなるけど、元気でな!」
まるで今生の別れのように、涙を袖口で拭う久美さん。やっぱりというか、子供好きなのね。
「まりあさん、元気になって良かったね。神奈さんも、今までありがとうございました。すみません、本当はわたしたちがクロちゃんの面倒を見なければいけなかったのに」
「いえいえ。ちょうどお仕事がない時期でしたし、クロちゃんやミケちゃんと長く接することができて、とても充実した日々でした」
「そう仰っていただけると、ありがたいです」
深くお辞儀する由香里さん。
「これからちょっと寂しくなるっすね。でも、クロちゃんはまりあさんと一緒にいるのが一番幸せっすもんね」
普段の感じがなく、ちょっとしんみり真面目モードのさつきさん。
「あんたと暮らした毎日、悪くなかったわよ。またいつでも、泊まりに来ていいんだからね」
わかりやすいツンデレ対応のミケちゃん。
「クロ、良かったね! アメリもまた遊びに行くからね!」
ぎゅっと抱きしめるアメリを、クロちゃんもおずおずと抱きしめ返す。もうだいぶ、スキンシップの苦手意識が克服できたんだね。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
優輝さんが場をまとめ、バンのドアを開けると、クロちゃんが一人ひとりと握手する。私も、クロちゃんと握手。小さな手。病床のまりあさんと離れて、計五日間の外泊。心細かったよね。ほんと、芯の強い子だ。
「今まで、本当にお世話になりました。ありがとうございました」
ドアの前に立ちぺこりと一礼すると、後部座席に乗り込んでドアを閉める。エンジンが掛かり、彼女と優輝さんを乗せたバンがまりあさんの家へと走って行く。私たちは、バンの後ろ姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。
「嬉しい反面、なんだか寂しくなっちゃいますね」
しんみりとつぶやく。
「まあ、これが本来の形で幸せなことっすからね。色んな意味で涙は似合わないっすよ、姉さん」
「うるせー! 寂しいもんは寂しいんだよ!」
まだ涙の収まらない久美さんの肩を、さつきさんがぽんぽんと優しく叩く。ふふ、ちょっとした逆転状態ね。
私もそろそろ、再来月号の仕事を始めなければいけない。心機一転、しゃっきりしなきゃ!
「じゃあ、私たちもお暇しますね」
互いに深々とお辞儀し、アメリと一緒に帰宅しました。
◆ ◆ ◆
白紙のプロット作成画面を前に、放心なう。
まりあさんとクロちゃん、そしてかくてるハウスの皆さんのために働いた日々は、やはり私にとって充実した時間だったようで、なんだかまだ頭の切り替えができない。
椅子をくるりと回して背後のアメリを見ると、やはり彼女も白紙のプリント用紙を前にぼーっとしていた。
うーん。やる気がでないときってのは、どうしてもあるもんだね。無為にデスクに座ってるのも何だし、気持ちを切り替えよう!
「アメリ、お昼ごはんを買いに行きましょ!」
ぽんと手を打ち、すっくと立ち上がる。
「おお? お買い物久しぶり!」
「だね。じゃあ、れっつらごー!」
拳を突き上げると、アメリも同様に突き上げ「おおー!」と気合を入れる。
実際この五日半の生活で、我が家の冷蔵庫は冷凍食品はともかく、それ以外は払底していた。もともと当日と翌朝使うぶんだけ買い物するスタイルだったし、日持ちしなさそうな物は食べ切ったり冷凍しちゃったからね。
というわけで、久々にスーパーへ!
◆ ◆ ◆
あー、この店内BGMもなんだかすでに懐かしいわー。お久しぶりの、チラシチェーック!
えーと? 今日はタコとうなぎがお安いです、と。ふむふむ。よし、今日の料理は決まった!
タコ、うなぎ、山芋、天かす、紅しょうが、青のり、卵、たこ焼き用ソースをかごにイン! 山芋も多分一度に使い切れないだろうから、麦飯のレンジ米も買っときましょ。
そして、忘れちゃいけないパンと牛乳。我が家の朝は、だいたいパンと牛乳で始まるのです。たまには、アメリにしっかりした朝食を取らせてあげたいけれど、朝の弱さだけはどうにもねー。
「おお~? 今日は何作るの、おねーちゃん?」
「ふふふ、今日はタコパとうな丼ですよ、アメリちゃん!」
人差し指をちっちっちっと振ると、初めて耳にする食べ物に不思議そうな顔をする。
さあ、アメリに新たな味覚の地平を開拓させてあげましょー!
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