今日も今日とて、しとしと雨のお昼すぎ。
そういえば。
二十日は父の日ですよ父の日!
うーん、何贈ろうかしらね。ネクタイは一昨年、タイピンは昨年贈ったし……。父の日にも、母の日のカーネーションみたいな定番アイテムがあればいいのに。
私がネクタイしたのなんて学校の制服ぐらいで、普段着ける習慣がないけれど、三つも四つもあっても持て余すよね、きっと。
でも、実施どうなんだろう? 身につけてそうな人というと……白部さんは、たしか内勤時代着けていたの、青いボウタイだったっけ。これじゃ参考にならないかな。
となると……あ、一人いた!
スマホを手に取りコール。
「こんにちは。どうされました? 何かトラブルでも?」
声の主は真留さん。
「どうもこんにちは。お仕事中にこんな電話して恐縮なんですけど、男性社員の方って、ネクタイとかタイピン、よく付け替えてたりします? 三つも四つも持ってたりしますかね?」
しばしの間。まさか仕事時間に、父の日の贈り物のアンケート取ろうとか思ってるとは思いますまい。彼女の脳内では多分、作画に関する取材かなにかだと思ってるはず。スミマセン。
「そうですねえ……改めて訊かれると、普段観察してるわけではないのでわからないですね。ちょっと、同僚に尋ねてみます」
うわあ、大ごとになってしまった。小声で色々尋ねてるのが聞こえてるな……。スミマセン、スミマセン……。
「お待たせしました。意外と付け替えるそうで、三つ四つぐらいなら、みんな持ってるようですよ」
「ありがとうございます! いやー、すみません。お忙しい中、ほんとにこんな用事でお電話差し上げて」
「いえいえ。それでは、お仕事頑張ってください」
通話終了。あはは……これ、彼女的には完全に仕事の取材ってことになってるよね……。本当に、スミマセン。今度いらしたとき、いいお菓子でも出そう。
さて、謝罪と帳尻はそれで合わせるとして、じゃあどんなのを贈ろうかな。ネクタイはシックな茶と細い白のストライプ、ピンは金メッキのちょっとおしゃれなデザインのを贈ったものだけど。
ネクタイ、前回のはちょっと地味すぎたから、今回はちょっと派手なの贈ってみる?
案その一、猫柄!
ごめん、これは笑っちゃうわ。さすがに、五十代半ばの部長さんが着けるのは、ちょっとどうかって感じよね。
案その二、魚柄!
だーかーら-、マジメに考えなさいって猫崎神奈~。
でも、ちょっと派手目で、なおかつ冗談っぽくないチョイスって難しいな。どうせ通販で送るのだし、見ながら決めたほうが早いか。
しばし、通販サイトと格闘。
「へー……和風トンボ柄かー。これなら、それほどおかしくないかな」
「おお? なんの話?」
今日もベッドに腰掛け、晴耕はともかく、雨読に励んでいたアメリちゃんが、本から顔を上げ尋ねてくる。
「んー? 父の日の贈り物ー。ほら、先月母の日ってあったでしょ? あれのお父さんバージョン」
「おお! アメリもなんか贈ったほうがいい?」
くりくりとした瞳で見つめながら、首を傾げる。
「アメリはまだ、そこまで気を使わなくていいかなー? あ、お手紙書いてあげたら? 喜ぶと思うよ」
「書く!」
折りたたみ机と座椅子を展開し、テレビ用キャビネットから筆記用具を取り出して、うんうん唸りながらお手紙を書き始めるアメリ。
お父さん、アメリのお手紙喜ぶだろうな。
話を戻して、私の贈り物はこのトンボ柄ネクタイでいいか。ぽち、ぽち。よし、注文完了!
「う~~ん……」
うにゅ。なんだかアメリちゃん、難航してるみたいですねえ?
「おねーちゃん、なんて書いたらいいと思う?」
「うーん、それはアメリの考えた言葉でなきゃ意味がないからなあ。アメリを私と出会わせてくれたのはお父さんだからね。そのことを書くといいかもしれないよ」
「そーする!」
取っ掛かりさえつかめば、すらすらいくもの。アメリはもう大丈夫かな。
あ、そうだ。うっかり、もうすぐ勉強会のメンバーが来ることを忘れてた。片付けと着替えをしないと。
◆ ◆ ◆
ほどなくして、順繰りに白部姉妹とミケちゃんがやってきました。
ノーラちゃんは薄緑、ミケちゃんは赤い傘がとても似合っていて可愛い。
中に通し、お茶菓子を用意。
「何書いてんの?」
ミケちゃんが、書き物に夢中なアメリに質問する。
「おお? おとーさんへの手紙ー」
「おとーさん?」
首を傾げるミケちゃん。
「ああ、アメリね、私のお父さんのことそう呼ぶのよ。で、お母さんはおかーさんってね」
「へー。何でまた今、それ書いてるのよ」
「あー、それがね……」
私の、父の日の贈り物に始まった、今に至るいきさつを話す。さすがに、真留さんにしょーもない電話をしたことは伏せたけど。
「父の日ですか。今年は、何贈りましょうねえ」
座布団に掛けながら、思案する白部さん。
「私は色々考えた末に、トンボ柄のネクタイにしようかと」
「あら、いいですね。うちは、福井の銘酒にでもしようかしら。良いお酒を教えていただけますか?」
「はい、お任せを! おすすめは、久美さんの誕生日にも贈った『黄龍』ですね」
福井は銘酒が多いけど、一番人気はなんといってもこれだ。
「ありがとうございます。あとで、通販で実家に送りますね」
「ぜひ、お父様に愉しんでいただきたいですね」
「白部センセー、お勉強しなくていいの?」
贈り物トークに脱線してしまった私たちを、ミケちゃんが本線に戻す。
「あら、ごめんなさい。じゃあ、始めましょうか。アメリちゃんも、それ、あとでいいかな?」
「はーい!」
キャビネットに、書きかけの手紙をしまうアメリちゃん。
「アタシは、ゲーム大会でもいいぞー?」
「だーめ。新しいエレメントレンジャーの本、ずーっと読めないままになっちゃうよ?」
「う、それはヤダ……」
渋々と、鞄から筆記用具を取り出すノーラちゃん。
「では、私は仕事を始めますね」
デスクに着席し、お仕事モードに突入。
「はい、あとはおまかせください」
こうして、いつものメンバーを一人欠いた勉強会が始まるのでした。やっぱり、クロちゃんがいないと少し寂しいね。
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