四月十日、午後二時過ぎ。ついにネーム執筆終了! 真留さんに送信~。チェックしてもらいましょ。返信はおそらく明後日の月曜になってしまうけど、それは仕方なし。彼女にだって休息は必要だ。逆に、私にもちょっとしたオフができたと考えよう。
さて、ひと仕事終えたわけだけど、肝心なことをやっていないのに思い至った。
浦野さんへのお礼だ。
アメリがこうして自由にのびのび外で猫耳モードで歩けるのも、浦野さんの言葉がきっかけ。感謝してもしきれない。
庭でお会いしたときお礼を述べようと機会を待っていたけれど、ついぞそれは訪れず。
ならば、手土産を持って直接伺ったほうが話が早いでしょう。
「アメリちゃん、浦野さんのおうちに行きましょう!」
「おお? 珍しいね?」
「うん。アメリが帽子もロングスカートもなしで、自由に動けるようになるきっかけを作ってくれたお礼をしにね。というわけで、お着替えしましょ」
かくして、外出の準備を整えるのでした。
◆ ◆ ◆
浦野家へはS街道を通ってぐるりと回っていく必要がある。途中、「カトレーヌ」があるので、そちらで何か買っていこう。
浦野さんの家に自転車を停めていいものかわからないので、二人で徒歩の旅。とりあえず、第一目標地点・カトレーヌにとうちゃーく!
さて、洋菓子と和菓子、どちらが喜ばれるかしらね。
店内をしばし物色……うん、定番のホールケーキにしましょう。ケーキはカトレーヌのメイン商品だしね!
定番中の定番ということで、ショートケーキを注文。ドライアイスを詰めてもらうほどの距離ではないかな。
というわけで、二人で再びしゅっぱーつ!
しばし歩くと、浦野という表札の家に着きました! インタホンの呼び鈴をぽちっ。
「はーい、どちら様でしょう?」
「こんにちは、猫崎です。お礼がしたくて伺いました。今、お忙しいでしょうか?」
「こんにちは。お礼ですか? 特に忙しいことはないですね。今、そちらに伺います」
やや待つと、浦野さんが門を開けて出てくださいました。
「お待たせしました……あら! アメリちゃん、その状態でいいの?」
「浦野さん、こんにちはー!」
元気にご挨拶する、猫耳&しっぽフルオープンなアメリに驚く浦野さん。
「はい。完全にカミングアウトしました。それもこれも、浦野さんがあのときかけてくださったお言葉がきっかけなんです。今日は、そのお礼に」
深々とお辞儀する。
「あら、なんだか恐縮してしまうわね。とりあえず、中にどうぞ」
「お邪魔します」
屋内に上がり、ケーキを手渡す。
「こちら、お礼の品です。ご家族でどうぞ」
「あらあら、なんだか至り尽くせりですみません。お二人のぶんも、お茶と一緒にご用意しますね」
「いえ、浦野さんのために買ったものですから、お構いなく」
慌てて手を振る。
「まあまあ、そう言わずに。この量だと、うちにはちょっと多いし」
「恐縮です。では、ご相伴に預からせていただきます」
というわけで、リビングにお通しされる。浦野さんのお宅にお邪魔するのは初めてだけど、なかなかいい調度だ。
「お待たせしました」
ケーキと紅茶が配膳される。
「ありがとうございます。良い調度ですね」
「ふふ、ありがとうございます。夫の趣味なんですよ。北欧の木製家具が好きで」
へー。
浦野さんも着席されたので、いただきますを言う。
ケーキも美味しいけど、紅茶も美味しい。いい茶葉なんだろうなー。
「あの日……アメリの猫耳がテレビで取り上げられた翌日、浦野さんにお声がけいただいて、あのお言葉で、アメリのことを隠すのではなく、もっと積極的に理解してもらおうと思い至ったんです」
深く頭を下げる。
「アメリが悪い子なわけがない。人類と敵対などするはずがないというお言葉、とても心に染み入りました。私のテレビ出演はご覧になっていただけたでしょうか? 四月三日の特番です」
「まあ、やっぱりあれ、猫崎さんだったんですね。拝見しました。とても素晴らしい演説でした。私、感動しちゃって」
「ありがとうございます。あの演説に至るまでいろんな方にご尽力いただいて、本当に感謝の念に堪えません。あの日、浦野さんに励まされなかったら、あの演説はありませんでした。こうして、今この子を自由な姿で歩かせる勇気も出なかったと思います」
アメリの頭を撫でる。
「そうだったんですか……。私は素直な気持ちを述べただけですけど、そんなに大きな影響を与えたんですね」
感慨深げな浦野さん。
しばし、温かい沈黙が流れる。
「そういえば、今日は旦那さんと息子さんはお留守ですか?」
ふと、疑問を口にする。浦野家は三人家族だが、旦那さんと息子さんの気配がしない。
「ああ、二人ならT川に釣りに行ってます」
「釣りですか。いいご趣味ですね」
「本当に二人とも、暇さえあれば釣りに行ってしまうんです」
ふふと笑う彼女。
「改めて、あのおときお声がけいただき、本当にありがとうございました。あのお言葉がなかったら、今頃どうしていたか……」
視線をカップに落とす。文字通り茶色の液体が、静かに湯気を立てている。
「いえいえ。あのときは、本当にアメリちゃんが不当な言われようをしていて、私もあのコメンテーターに怒っていて。こんなにいい子なのにね」
浦野さんが、アメリに優しい微笑みを向ける。
「ありがとうございます。アメリもお礼言おう?」
「浦野さん、ありがとう!」
元気な声。
「ほんとにいい子ね。猫崎さんがとても良い育て方をされてきたのがわかるわ。褒めて伸ばし、ダメなときはきちんとダメと言う。とてもいい教育方針だと思います」
「ありがとうございます。そう仰っていただけると、母親冥利に尽きます」
再び流れる、温かな沈黙。
「少し長居してしまいましたね。大変美味しいお茶でした」
「いえいえ、どういたしまして。ケーキ、大変美味しかったです。夫たちも喜ぶと思います。では、門までお送りしますね」
「ありがとうございます」
お見送りを受け、二人で深々と頭を下げ、家路を辿る。
きちんとお礼を述べたことで、また一つ肩の荷が下りた気がする。
二人で、前を向いて歩いて行こう。いつまでも、どこまでも。
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