「まずは、こちらをどうぞ。つまらないものですが」
リビングで、うやうやしく鮎最中を箱ごと進呈する。
「ありがとうございます。でも、なんだか唐突ですね」
「いえ、真留さんに、日頃の感謝の意を示したくて……」
「そういうことでしたら、ありがたく」
内心冷や汗モノ。なんとか方便はついたかな。
顔を上げると、彼女、目をまんまるにして私の背後を見ている。
振り返ると、そこには縦に鈴なりになって、ドアの隙間から様子を窺う四人娘と、それを引っ込めさせようとあたふたする白部さんが。
「あ、はじめまして。白部と申します。アメリちゃんたちの研究をさせていただいている、医者です」
目が合ってしまったので、とりあえずご挨拶する彼女。
「ご丁寧にありがとうございます。真留と申します。猫崎先生の担当をさせていただいています」
アメリは「こんにちは」、ほかの子は「はじめまして」とご挨拶。
「すみません、お仕事の邪魔をしないように説得してたんですけど、どうしても抑えきれないようで……」
白部さんが後頭部を撫でて、困り果てたご様子。
「アメリちゃんも、それ以外の子も、静かにしてくれるなら、私は見物してもらっても構いませんが……先生はいかがでしょう?」
「私も、真留さんがよろしければ、それで」
かくして、白部さんとクロちゃんは座布団、ほかの三人は寝室側のソファにぎゅうぎゅう状態で掛け、私と真留さんは反対のソファに並んで座り、打ち合わせすることに。
「で、ここで由加がですね……真留さん、聞いてらっしゃいます?」
「すみません、ついその……猫耳に見とれてしまって……」
愛猫家だらけの「ねこきっく」編集部。四人の猫耳娘は、さぞ眼福なことでしょう。
「あの、せっかくですから、いただいたばかりですけど、こちらのお菓子皆さんで食べませんか? 私一人では、持て余す量ですし」
先ほど渡した鮎最中を、取り出す彼女。
「真留さんが、そう仰るなら……。お茶と一緒に用意してきますね。失礼します」
お茶を淹れて戻ると、ミケちゃんたちが自己紹介していたようです。邪魔しないように、静かに配膳。
「白部さんとクロちゃんは、床の上で申し訳ないですけど」
「いえいえ。ありがとうございます」
白部さんに続き、クロちゃんたちもお礼を述べる。
「それにしても、神奈おねーさん、これ真留おねーさんだけに食べさせようとしてたのね」
ミケちゃん、ちょっと不機嫌。
「ごめんね。これ、お詫びの品だから」
あ。
「お詫び? 私、何か詫びられるようなこと、先生にされたんでしょうか?」
面食らう真留さん。
あちゃー、こうなったら正直に言ったほうがいいわね。
「実は、父の日にですね……」
かくかくしかじか。
「なるほど。仕事中に私用電話はたしかに困りますけど、こんないいお菓子をいただくほどのことでも」
最中を食み、そう仰る彼女。
「恐縮です」
私は後頭部に手を添え、縮こまるのみ。
「そういえば、ミキだの由加だの、どこかで聞いた名前が出てくるけど、ひょっとして?」
「うん。前も言ったけど、ミケちゃんたちを猫として出してるんだよ」
「見たい、見たい! ちゃんとおねーさんしてる?」
こちらに回り込んでくる彼女。フリーダムだなあ。
「へー、まあまあお姉さんしてるじゃない」
腕組みしてドヤ顔。
「別の号だけど、クロちゃんとまりあさんがモデルのキャラも出したよ」
「ほんとですか! あとでお姉ちゃんに見せてもらおう」
さすがクロちゃん、グイグイこちらに来るようなムーブはしない。
「アタシはー?」
「あー、ごめんねー。ノーラちゃんと白部さんの出番は、まだなのー」
「えー、ミケとクロ、ずりぃー」
仏頂面の彼女。
「ごめんね。なんとか出せないか、考えておくから」
いやはや、グダグダだな。打ち合わせができない。
「それにしても、ミキちゃんやククちゃんのモデルを目の当たりにすると、なんかほんと、まんまだなあって感じますね」
お茶を一服し、感心する真留さん。
「ありがとうございます。きちんと再現できているということですものね」
「あ、話を脱線させてすみません。打ち合わせをしましょう」
ノートPCでプロットを見ながら、打ち合わせてるんだけど……なんか狭苦しいなと思って顔を上げたら、白部さんとクロちゃん以外がたかってました。
「すみません。止めたんですけど……」
恐縮する白部さん。
「だって、おもしろそーなんだもん」
ノーラちゃんが画面を覗き込む。
「アメリは、真留おねーさんとごろにゃんしたいー」
うう、グダグダの極みだあ~。
「みんな、ダメだよ。お仕事の邪魔しちゃ」
ぴしゃりと釘を刺すクロちゃん。しっかりしてなさる。
「ごめんね。ちょっとお仕事に集中したいの」
そう言うと、仕方なさそうに向かいのソファに戻って、お茶菓子をいただく三人組。
ともかくも、やっと仕事できる状態になったので、さくさく打ち合わせをしていく。改善案をすり合わせながら、連載のほうはなんとか終了。続いて、読み切りの進捗をお見せする。
「順調ですね」
画面をスクロールしながら、うんうんと頷く真留さん。
「はい。今月も無事、間に合いそうです」
こうして、打ち合わせも無事終了。
「漫画家さんと担当さんって、こんな感じで打ち合わせするんですね」
「私と猫崎先生の場合は、ね。先生ごとに、スタイルを変えるの」
帰り支度をしながら、クロちゃんの言葉に応える真留さん。
「まりあさんは違うの?」
「ボク、つい最近まで打ち合わせ中は、寝室でじっとしてましたから……。猫耳人間の情報解禁から、正式に紹介してもらいましたけど、似たような感じですね」
「へー」と感心。絵本作家さんも、やることあまり変わらないのね。
「最中とお茶、ごちそうさまでした。ではまた来月」
立ち上がり、互いに深々とお辞儀。
「みんなも見送る?」
子供たち、「うん!」と同意し、カルガモの親子のようにぞろぞろと行進。
「では、失礼します」
「はい。次のお仕事、頑張ってください」
再度互いにお辞儀し、子供たちが「バイバイ」とか「さようなら」と手を振って見送る。
真留さん一度振り返り、「バイバイ、またね」と手を振り、ちょこんと頭を下げて、そのままバス停に向かわれました。
ふう、一時はどうなるかと思ったけど、あまり時間をオーバーせずに済んで、良かった良かった。
「じゃ、戻りましょうか」
「はーい」と返事する子供たちを連れ、屋内に戻るのでした。
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