お寿司作りの翌朝、もっそもっそと朝食のパンを食んでると、なにやら家の外が騒がしい。道路側だけど、人だかりができてる感じ。
なんだろう、この辺がこんなに騒がしいのは珍しい。嫌な胸騒ぎがする。
「アメリ、ちょっと外の様子見てくるね」
「おおー、アメリも一緒に行くー」
二人で表に出ると、やはり人だかりができていた。嫌な予感が、さらに強くなる。そして、聞き覚えのある声。それも、嗚咽。
「すみません、ちょっと通して下さい」
様子が気になり、通してもらう。
そこには、泣きじゃくる白部さん。自動車、ひたすら謝罪をする男性。そして――。
「おお~? 何があったのー?」
アメリが、様子を見ようと前に進み出る。
「ダメ!」
思わず大きな声を出してしまうと、彼女がびくっと震える。
「あ……大きな声出してごめんね。アメリ、いい子だからちょっとおうちで待っててくれるかな?」
アメリに現場を見せないように屈んで視界を塞ぎ、キャスケット越しに頭を撫でて優しく声をかける。
「お、おお~。わかった……」
なにか良くないことだと察してくれたのだろう、おずおずとこちらを何度か振り返り、家へと戻る彼女。
「白部さん……」
白部さんに近寄り、肩に手を置く。
「あの、よければノーラちゃんと一緒に、うちにいらしませんか? 往来ですし、ご自宅だと色々思い出してお辛いでしょうし……。タオル、取ってきますね」
一度家に戻り、タオルでノーラちゃんの亡骸をくるみ、白部さんを自宅にお招きしました。
◆ ◆ ◆
「おねーちゃん、おか……えり?」
アメリが明るく出迎えようとするが、私たち、特に白部さんの様子が尋常ではないことに気づき、声を飲む。
「ごめんね。ちょっと、寝室で遊んでいてくれるかな?」
頭を撫でると、「わかった……」と、寝室に入って行くアメリ。
リビングのソファで、ノーラちゃんが中で眠るタオルを膝に抱えた白部さんと、隣り合って座る。彼女の涙は、まだ収まらない。
私には、ただ背中をさすってあげるぐらいしかできなかった。
「私が、全部悪いんです……」
訥々と、彼女が事情を話し始めた。朝、新聞を取ろうと玄関のドアを開けたとき、うっかり引き戸を開けたままだったらしい。それでノーラちゃんがするりと足元を抜けて車道に飛び出してしまい――。
事情を話し終えると、彼女はまたわんわんと泣き出してしまった。
アメリのときは、きっと寿命だった。でも、ノーラちゃんは過失による事故死。
彼女の背中に、このあまりにも重い十字架が一生のしかかる。それはなんと辛いことだろうか。
虹の橋にいるという女神様。もし本当にいるなら、白部さんをこの苦しみから救ってあげて下さい。この十字架を背負い続けるのは、あまりにも残酷なことです……。
「……埋葬、どうしましょう」
泣きはらして少し落ち着きを取り戻した白部さんが、埋葬について思いを巡らせる。
「アパートのところには埋められないんですか?」
「共用区画ですから……。T霊園の犬猫墓地に弔うしかないんですかね……」
タオル越しに、ノーラちゃんの遺体を優しく撫でる彼女。
「あの、でしたらうちの庭に埋められてはいかがでしょう? そうしたら、いつでも会いにこれますし」
撫でながら、無言の白部さん。しばしして口を開き、「そうですね。よろしくお願いします」と、頭を下げてきた。
スコップで、穴を掘っていく。かつて、アメリを埋葬した場所の真横。
十分な深さになると、白部さんがタオルごとノーラちゃんを安置したので、土をかけていく。
「ごめんね」
ひたすら、その言葉を繰り返す白部さん。再度泣き出してしまったので、肩を抱いて再びリビングにお連れする。
「紅茶、淹れますね。お飲みになれば、少しは落ち着かれるかと思いますので」
リビングに白部さんを残し、お茶を淹れに行く。
私のときでさえ、あれだけ辛かったのだ。今白部さんを襲っている苦しみと悲しみは、その何十倍。いや、何百倍だろうか――。
リビングに戻ると、アメリが泣きじゃくる白部さんの頭を撫でていた。
「アメリ、ダメでしょ。寝室にいないと」
「だって、白部せんせーすごく泣いてるんだもん。よしよししてあげないとダメなの」
そう言って、白部さんの頭を撫で続けるアメリ。
「優しいね、アメリは」
そんな彼女の頭を、ぽんぽんと優しく叩く。
紅茶のカップを置くが、白部さんは手を付けてくださらない。私のときも、無理やり牛乳飲むのが精一杯だったものね。無理もない。
アメリも撫で疲れたのか、白部さんに寄り添うという方向で「支える」ことにした。
そうやって、どのぐらいのときを過ごしただろうか。不意に、玄関のドアが激しくノックされる。
何か、デジャヴュのようなものが脳裏を駆け巡る。門は閉じているはず。まさか、まさか!?
急いでドアを開けると、そこにはア○プスの少女ハ○ジが身につけているようなシミーズを着た、猫耳幼女が立っていた! そして、ノーラちゃんの毛並みを彷彿とさせる、黒と茶の混じったショートヘアの髪!
「あなた、ひょっとしてノーラちゃん……?」
ごくりとつばを飲み、問いかけてみる。
「そーだぞー!」
満面の笑顔で答える彼女。
「来て!」
つい引っ張るように、彼女をリビングに連れて行く。
「白部さん! 奇跡です! また奇跡が起きたんです!!」
私の弾む声に、こちらを振り返る白部さん。そんな白部さんに、がばっと抱きつくノーラちゃん。
「ルリ姉! 帰ってきたぞー!!」
すりすりと頬ずりする。
「もしかして……ノーラちゃん……?」
恐る恐る、確認する白部さん。
「そーだぞー!」
満面の笑顔で答える彼女をがばっと抱きしめ返し、白部さんが再び泣きじゃくる。
でも、この涙はさっきまでのものとは違う。嬉し涙。思わず、私ももらい泣き。アメリは事態が飲み込めず、ぽかーんとしている。
「良かったですね、白部さん」
「はい……! はい……っ!」
女神様、ありがとうございます! あなたは間違いなく、本当にいらっしゃるのですね。
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