昔話をした翌お昼すぎ。うちのお姫様は、ずいぶん元気を取り戻したけれどまだ本調子ではない、そういう状態。現在背後で、文字学習タブレットと格闘中。なんとなく遊ぶ気分でもないし、無気力でいたくもない。そんな今のアメリにとって、ちょうどいい落としどころなのでしょう。
一方私はというと、プロットが完成して真留さんに送信したところ。ほどなくして「明日二時に伺って打ち合わせしたいのですが」と返信が来たので、了承する。
さて。一日暇ができてしまったけど、どうしたもんかな。この時間を、何かアメリのために使ってあげたいところだけれど。
ぽく、ぽく、ちーんと頭を巡らせると、ぽんとアイデアが閃きました。早速スマホを手に取る。
「こんにちは。差し支えなければ、アメリを連れてそちらに伺おうかと思うのですけど、いかがでしょうか? ……はい、はい。では三時半に」
通話終了!
「アーメリ。まりあさんちに行こう! クロちゃんも、アメリのことすごく気にして会いたがってるって!」
「おおー!? 行く、行く!」
がばっとタブレットから顔を上げて、キラキラした瞳を向けてくる。うん、お友だちは元気が出る薬だね!
「駅前でお土産買って行くから、ちょっと急いで準備しよう」
◆ ◆ ◆
例の亀池堂さんで、鮎最中、お団子、おせんべいの三点セットを買って一度家に戻り、自転車に乗り換えて宇多野家前に到着~。スマホを見ると五分ほど早いけど、まあ誤差の範囲でしょう。
呼び鈴を押すと、まりあさんが応対に出る。
「こんにちは、神奈です。ちょっと早いですけど、大丈夫ですか?」
「こんにちは、大丈夫ですよ。今、出ますね」
少し待つと、まりあさんが門を開けて出てくる。アメリも、「こんにちはー!」とご挨拶。
「お待たせしました。アメリちゃんも、こんにちは」
「いえいえ。クロちゃんはおうちの中ですか?」
「今、趣味の植物のお世話してるところなんです」
へー、植物かあ。クロちゃんらしい静かな趣味だなー。
「どうでしょう。クロちゃんに先に会われますか?」
「そうですね。アメリも楽しみにしてましたし。あ、これお土産です」
「ありがとうございます。では、こちらご用意させていただきますね。庭は、右手のほうです」
というわけで、一足先にお庭を拝見。おお、色んなお花が目に入ってくる。
お、あの後ろ姿はクロちゃん! どれどれ、何を世話してるのかしらと手元を見てみると……。
盆・栽。
ぼ、盆栽……。いや、たしかに植物だけど! 言葉に偽りなしだけれど! 想像の斜め上すぎる!
渋い。渋すぎるよ、クロちゃん……! 盆栽いじってる幼女とか、初めて見たよ……。
私たちに気付いていないのか、ちょきんちょきんとハサミで無心に剪定をしている。
「クロちゃん、こんにちはー」
声をかけるとびくっと背すじを伸ばし、私たちであることがわかると、ほっとひと安心した模様。
「こんにちは。神奈お姉さん、アメリ」
ぺこりとお辞儀してくる。
「クロー!」
アメリが駆け寄り、がばっと抱きつく。
「ちょ、危ないから! ボク、今ハサミ持ってるから! 一回離れて!」
アメリがホールドを解くと、棚の上にハサミを置く。
「クロー!」
テイクツーとばかりに、再度抱きつくアメリ。
「あー! ボクも会えて嬉しいけど、そういうのちょっと苦手なんだってば~! あと、棚倒しちゃうから!」
困り果てて、私に視線を送ってくるクロちゃん。
「ほらほら。アメリ、前も言ったでしょ。相手の嫌がることやらないの。距離感、距離感」
二人の間に手を挟んで、すーっと距離を広げさせる。
「ごめんね、クロ。またやっちゃった……」
「ボクも、そういうの得意じゃなくてごめん……」
あらあら、落ち込ませるために連れてきたわけじゃないのに。ちょっと風向きを変えましょ。
「クロちゃん。私は盆栽のことはよくわからないけれど、なんていうのかな、手塩にかけて育ててるなーってのは伝わってくるよ」
実際、素人目にもなかなかいい枝ぶりなんじゃないかなーと思う。
「ありがとうございます。その子、『松風』って名前つけてるんです」
し、渋い……。ネーミングセンスも、すこぶる渋い! アメリやミケちゃんとは別方向で、独特なネーミングセンスをしていらっしゃる……!
あまりにも渋すぎる幼女センスに脱帽していると、まりあさんが「お茶の用意ができましたので、中へどうぞー」と、ガラス戸を開けて声をかけてくる。
それじゃあ、お邪魔しましょうか。
そんなわけで、三人で玄関に向かいました。
◆ ◆ ◆
「クロちゃん。神奈さんが、亀池堂さんのおせんべい買ってきてくれたのよ」
「亀池堂さんのおせんべい……!」
リビングでお菓子とお茶を囲む私たち。そして、瞳をキラキラと輝かせるクロちゃん。ほんと好きなのねえ。良き哉良き哉。
「遠慮なく食べてね。クロちゃんはいつから盆栽始めたの?」
「えっと、アメリたちが歌の練習を始めて遊べなくなっちゃったので。なんか、寂しさを紛らわせられないかなって始めてみました」
「クロ、あの頃は一緒に遊べなくてごめんね……」
しゅんとしてしまうアメリ。うーむ、どうにも地雷が多くて困るな。
「これから、穴埋めするぐらい遊びましょう? ねっ?」
まりあさんがフォローに入ってくれる。
「うん……! でもね。ボク、松風と出会えてよかった。植物ってね、きちんとお世話したぶん、ちゃんとそれに応えてくれるんだよ……!」
はにかむクロちゃん。やはり、誰が見ても可愛い。「おお~!」と感心するアメリ。
「植物育てるのって、楽しそうだね!」
興味津々に、アメリが身を乗り出す。
「うん。大変だけど、すごくやりがいがあるよ……!」
クロちゃんが、おせんべいを手に取りひと口かじると、ぽりっという小気味よい音が響く。
せっかくまりあさんが用意してくれたんだから、私もいただきましょうか。鮎最中をぱくっ。うんうん、本当に亀池堂さんのお菓子美味しいね。
アメリも私に続いて、鮎最中をもぐもぐと食む。まりあさんも、お団子を美味しそうに食べている。
「そういえば、まりあさん。『うどんのめがみさま』のご執筆のほう、ご調子いかがですか?」
「おかげさまで順調です。このペースなら、来月半ばあたりには出せるんじゃないかと」
「おお~! 女神様、またうどん作るの?」
「うん。楽しみにしててね、アメリちゃん」
にこやかにアメリに微笑みかけるまりあさん。
「絵本、フルカラーですもんねー。塗るの大変でしょう?」
「そうですね。でも、子供たちが楽しみにしてると思うと、それで頑張れますから」
「作家にとって、読者さんの『楽しみにしてます』とか『面白かったです』という声ほど励みになるものってないですよね」
二人で、うんうんと頷き合う。
そんな私たちを、意味深な視線でじーっと見つめるアメリ。
「ねーねー、クロ。隣、座っていい?」
「え、うん。あまりくっつかれると困るけど、いいよ……」
許可をもらい、とてとてちょこんと隣に腰掛け、笑顔を浮かべるアメリ。そして、照れくさそうに俯くクロちゃん。と、尊い……! なんて尊い絵なの!
「ごめん、一枚撮らせて!」
「あ、はい」
クロちゃんが承諾してくれたので、スマホを取り出してパシャリ。撮影ボタンをタップするとき、若干肩を寄せたアメリがまたエモい。
やっぱり、二人は仲良しさんだね! ほほえま!
こんな感じで、夕方までおしゃべりとお茶菓子を楽しみました。
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