神奈さんとアメリちゃん

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第六十九話 激渋幼女、クロ

公開日時: 2021年4月18日(日) 20:31
文字数:2,958

昔話をした翌お昼すぎ。うちのお姫様は、ずいぶん元気を取り戻したけれどまだ本調子ではない、そういう状態。現在背後で、文字学習タブレットと格闘中。なんとなく遊ぶ気分でもないし、無気力でいたくもない。そんな今のアメリにとって、ちょうどいい落としどころなのでしょう。


 一方私はというと、プロットが完成して真留さんに送信したところ。ほどなくして「明日二時に伺って打ち合わせしたいのですが」と返信が来たので、了承する。


 さて。一日暇ができてしまったけど、どうしたもんかな。この時間を、何かアメリのために使ってあげたいところだけれど。


 ぽく、ぽく、ちーんと頭を巡らせると、ぽんとアイデアが閃きました。早速スマホを手に取る。


「こんにちは。差し支えなければ、アメリを連れてそちらに伺おうかと思うのですけど、いかがでしょうか? ……はい、はい。では三時半に」


 通話終了!


「アーメリ。まりあさんちに行こう! クロちゃんも、アメリのことすごく気にして会いたがってるって!」


「おおー!? 行く、行く!」


 がばっとタブレットから顔を上げて、キラキラした瞳を向けてくる。うん、お友だちは元気が出る薬だね!


「駅前でお土産買って行くから、ちょっと急いで準備しよう」



 ◆ ◆ ◆



 例の亀池堂さんで、鮎最中、お団子、おせんべいの三点セットを買って一度家に戻り、自転車に乗り換えて宇多野家前に到着~。スマホを見ると五分ほど早いけど、まあ誤差の範囲でしょう。


 呼び鈴を押すと、まりあさんが応対に出る。


「こんにちは、神奈です。ちょっと早いですけど、大丈夫ですか?」


「こんにちは、大丈夫ですよ。今、出ますね」


 少し待つと、まりあさんが門を開けて出てくる。アメリも、「こんにちはー!」とご挨拶。


「お待たせしました。アメリちゃんも、こんにちは」


「いえいえ。クロちゃんはおうちの中ですか?」


「今、趣味の植物のお世話してるところなんです」


 へー、植物かあ。クロちゃんらしい静かな趣味だなー。


「どうでしょう。クロちゃんに先に会われますか?」


「そうですね。アメリも楽しみにしてましたし。あ、これお土産です」


「ありがとうございます。では、こちらご用意させていただきますね。庭は、右手のほうです」


 というわけで、一足先にお庭を拝見。おお、色んなお花が目に入ってくる。


 お、あの後ろ姿はクロちゃん! どれどれ、何を世話してるのかしらと手元を見てみると……。


 盆・栽。


 ぼ、盆栽……。いや、たしかに植物だけど! 言葉に偽りなしだけれど! 想像の斜め上すぎる!


 渋い。渋すぎるよ、クロちゃん……! 盆栽いじってる幼女とか、初めて見たよ……。


 私たちに気付いていないのか、ちょきんちょきんとハサミで無心に剪定せんていをしている。


「クロちゃん、こんにちはー」


 声をかけるとびくっと背すじを伸ばし、私たちであることがわかると、ほっとひと安心した模様。


「こんにちは。神奈お姉さん、アメリ」


 ぺこりとお辞儀してくる。


「クロー!」


 アメリが駆け寄り、がばっと抱きつく。


「ちょ、危ないから! ボク、今ハサミ持ってるから! 一回離れて!」


 アメリがホールドを解くと、棚の上にハサミを置く。


「クロー!」


 テイクツーとばかりに、再度抱きつくアメリ。


「あー! ボクも会えて嬉しいけど、そういうのちょっと苦手なんだってば~! あと、棚倒しちゃうから!」


 困り果てて、私に視線を送ってくるクロちゃん。


「ほらほら。アメリ、前も言ったでしょ。相手の嫌がることやらないの。距離感、距離感」


 二人の間に手を挟んで、すーっと距離を広げさせる。


「ごめんね、クロ。またやっちゃった……」


「ボクも、そういうの得意じゃなくてごめん……」


 あらあら、落ち込ませるために連れてきたわけじゃないのに。ちょっと風向きを変えましょ。


「クロちゃん。私は盆栽のことはよくわからないけれど、なんていうのかな、手塩にかけて育ててるなーってのは伝わってくるよ」


 実際、素人目にもなかなかいい枝ぶりなんじゃないかなーと思う。


「ありがとうございます。その子、『松風』って名前つけてるんです」


 し、渋い……。ネーミングセンスも、すこぶる渋い! アメリやミケちゃんとは別方向で、独特なネーミングセンスをしていらっしゃる……!


 あまりにも渋すぎる幼女センスに脱帽していると、まりあさんが「お茶の用意ができましたので、中へどうぞー」と、ガラス戸を開けて声をかけてくる。


 それじゃあ、お邪魔しましょうか。


 そんなわけで、三人で玄関に向かいました。



 ◆ ◆ ◆



「クロちゃん。神奈さんが、亀池堂さんのおせんべい買ってきてくれたのよ」


「亀池堂さんのおせんべい……!」


 リビングでお菓子とお茶を囲む私たち。そして、瞳をキラキラと輝かせるクロちゃん。ほんと好きなのねえ。良きかな良きかな


「遠慮なく食べてね。クロちゃんはいつから盆栽始めたの?」


「えっと、アメリたちが歌の練習を始めて遊べなくなっちゃったので。なんか、寂しさを紛らわせられないかなって始めてみました」


「クロ、あの頃は一緒に遊べなくてごめんね……」


 しゅんとしてしまうアメリ。うーむ、どうにも地雷が多くて困るな。


「これから、穴埋めするぐらい遊びましょう? ねっ?」


 まりあさんがフォローに入ってくれる。


「うん……! でもね。ボク、松風と出会えてよかった。植物ってね、きちんとお世話したぶん、ちゃんとそれに応えてくれるんだよ……!」


 はにかむクロちゃん。やはり、誰が見ても可愛い。「おお~!」と感心するアメリ。


「植物育てるのって、楽しそうだね!」


 興味津々に、アメリが身を乗り出す。


「うん。大変だけど、すごくやりがいがあるよ……!」


 クロちゃんが、おせんべいを手に取りひと口かじると、ぽりっという小気味よい音が響く。


 せっかくまりあさんが用意してくれたんだから、私もいただきましょうか。鮎最中をぱくっ。うんうん、本当に亀池堂さんのお菓子美味しいね。


 アメリも私に続いて、鮎最中をもぐもぐと食む。まりあさんも、お団子を美味しそうに食べている。


「そういえば、まりあさん。『うどんのめがみさま』のご執筆のほう、ご調子いかがですか?」


「おかげさまで順調です。このペースなら、来月半ばあたりには出せるんじゃないかと」


「おお~! 女神様、またうどん作るの?」


「うん。楽しみにしててね、アメリちゃん」


 にこやかにアメリに微笑みかけるまりあさん。


「絵本、フルカラーですもんねー。塗るの大変でしょう?」


「そうですね。でも、子供たちが楽しみにしてると思うと、それで頑張れますから」


「作家にとって、読者さんの『楽しみにしてます』とか『面白かったです』という声ほど励みになるものってないですよね」


 二人で、うんうんとうなずき合う。


 そんな私たちを、意味深な視線でじーっと見つめるアメリ。


「ねーねー、クロ。隣、座っていい?」


「え、うん。あまりくっつかれると困るけど、いいよ……」


 許可をもらい、とてとてちょこんと隣に腰掛け、笑顔を浮かべるアメリ。そして、照れくさそうにうつむくクロちゃん。と、尊い……! なんて尊い絵なの!


「ごめん、一枚撮らせて!」


「あ、はい」


 クロちゃんが承諾してくれたので、スマホを取り出してパシャリ。撮影ボタンをタップするとき、若干肩を寄せたアメリがまたエモい。


 やっぱり、二人は仲良しさんだね! ほほえま!


 こんな感じで、夕方までおしゃべりとお茶菓子を楽しみました。

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