屋内に戻り、靴を脱いで玄関から上がると、再び背後からぎゅっと抱きしめられてしまいました。
でも今度は、昼のときのような責める感じはなく、とても優しさにあふれた圧力。
これはクエスチョンではなく、普通に理由を尋ねていい。直感的にそう思った。
「どうしたの?」
「……甘えたいの……」
恥ずかしそうなボソボソ小声。あらあら。お友達の目がなくなったら、今度は我慢してたぶん、いっぱい甘えたくなっちゃったのね。
「そっか。とりあえずここじゃなんだから、一度寝室に戻ろう。向こうでいっぱい甘えさせてあげるね」
そう言って、後ろ手にアメリの体をぽんぽん優しく叩くと、ホールドを解いてくれました。
では、寝室に戻りましょうか。
◆ ◆ ◆
とんとん、なでなで。とんとん、なでなで。
ベッドに腰掛け、愛娘を膝枕。左手で頭を撫で、同時に右手で二の腕をとんとん叩く。
彼女は猫のように丸まり、気持ち良さそうに目をつぶっている。しっぽの先と耳が、ときどきピクピク動くのが可愛い。
自立心旺盛なアメリ。お友達の前では、スキンシップを恥ずかしがるアメリ。そして、二人きりになって落ち着くと、こうやって存分に甘えてくるアメリ。
こうして、身も心も委ねて甘えてくれることにほっとしてしまうあたり、自分の子煩悩を改めて痛感する。
お仕事もごはんの支度もやらなきゃだけど、今はもうしばらくこうしていたい。
日頃頑張ってるアメリと私それぞれへの、ご褒美の時間だと思おう。
どのぐらいそうしていただろう。
不意に、アメリのお腹がぐうと鳴った。
「さすがに、そろそろごはんにしないとだね」
「うん。お腹減った……」
ゆっくり身を起こす我が娘。起き上がると、私も立ち上がる。
「じゃ、行きましょうか」
こくりと頷くので、連れ立って台所へ向かうのでした。
◆ ◆ ◆
「れっつ・くっきーん!」
台所に着くと、一転して元気に拳を突き上げる。
「ほら、アメリちゃんも」
「おお? れっつ・くっきーん!」
同じように拳を突き上げる。
「では、始めていきましょ~」
おなじみの脳内BGMを鳴らし、まずは放置していたごはんを切る。
続いて、冷蔵庫から豚バラ、キャベツ、ピーマン、おネギ、卵を取り出しまして。
「アメリちゃん。甘えついでに、今日はお姉ちゃんが全部作ってもいいかな?」
口を開きかけたけど、少し悩んだ末に、「わかった。今日は応援する!」とのお言葉。
「ありがとう。あのね、アメリが甘えてくれるとすっごく嬉しいのよ。なんか、最近のアメリ無理してないかなって不安になっちゃって」
キャベツの芯をくり抜きながら話しかける。ふと彼女を見ると、ちょっと困ったような顔をしていた。
「あ、私にずっと甘えてなきゃいけないとか、そういうんじゃないからね。ただね、肩の力を抜いて欲しいのよ、少しだけ」
濡らしたキッチンペーパーを穴に詰めながらウィンク。
小さなアメリ。人の姿になってまだ一年も経たないこんな小さな子が、お料理したり、お勉強を頑張ったり。もうちょっと、寄りかかってほしいのが親心ってものなのです。
「なんか疲れたなあとか、甘えたいなあって思ったら、遠慮なくそうしていいんだからね」
キャベツを四枚剥がし、ざく切りに。卵を割り、溶き卵も作る。
「わかった。おねーちゃんに、少し心配かけてたんだね」
しゅんとしてしまう我が娘。あらら、落ち込ませたかったわけじゃないのに。
「うーん。ほんとに、色んな意味で無理しないでねってだけの話なんだ。アメリの自立を邪魔しようって話じゃないからね。それだけわかって欲しいかな」
ズボッと法でピーマンの種を抜き、縦切りにする。
「うーん、うん? あまり頑張りすぎないでってこと?」
「そう、それが言いたかったのです!」
パチンと指を鳴らす。
「人間ね、ずっと頑張り続けると、本当にどうしようもなく疲れちゃうからね。ほどほどに休むぐらいがいいのよ」
ネギ半分を斜め切りにし、残りは縦の薄切りに。豚肉も食べやすい大きさに切っておく。
「わかった! あまり頑張らないのを頑張る!」
ちょっと意味不明な宣言に、ほほえまな苦笑。言わんとすることはわかるけど。
鍋にお湯を沸かし、沸騰したら火を弱めて、顆粒鶏がらスープと塩胡椒で味付け。そこにネギと溶き卵投入~。
続いて、甜麺醤、豆板醤、料理酒、お砂糖、片栗粉、醤油、お味噌、チューブ生姜、チューブにんにくを調合しておき、一旦置いておく。
「うん、休むのも大事。これ、人生が少し楽になる秘訣!」
豚肉を強火で炒め、色が変わったらそこにネギ、キャベツ、ピーマンの順にイン!
少ししたら火勢を落とし、調味料をかき混ぜて投入~。これで、二、三分炒めたら完成です!
ヨシ!
「はーい、回鍋肉と中華スープの完成でーす。ごはんと麦茶も用意するね」
ささっと配膳し、着席。
「それじゃ、いただきます!」
「いただきます!」
二人でもぐもぐ。うん、回鍋肉美味しー! 中華スープもグーですね! なんて、自画自賛。
「おねーちゃん、やっぱりお料理上手だね!」
お陽様笑顔のアメリ。
「ふふ、ありがと。アメリちゃんにそう言ってもらえるの、すごく嬉しいよ」
こちらも、お陽様笑顔を返す。
こうして、回鍋肉定食をごちそうさま。
「今日は二人とももうダンスしたから、あとはお風呂入って、お仕事して……。アメリちゃん、今日もお疲れ様だったね」
「おお~。おねーちゃんもお疲れ様ー!」
互いに再度ふふと微笑み合い、後片付けするのでした。
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