お月見会の翌昼三時。美味しいケーキが手に入ったのでご一緒にいかがですか? と角照さんからお誘いいただいたので、かくてるハウスにアメリともどもお邪魔しています。
まりあさんも誘ったものの、「うどんのめがみさま」新作の打ち合わせと執筆佳境につき手が離せないとのことで、クロちゃん一人で自転車で遊びに来ている次第。
「美味しいですねえ。これ、なんていうお店のですか?」
今いただいているのは、モンブラン。私の好きなケーキの一つ。
「S街道に『カトレーヌ』っていうお店があって、そこで買いました。意外と近くにあんないいお店があったんですね」
かくてるのみなさんと和やかにケーキと紅茶をいただいているのだけど……。一つ、困ったことが。
「ねーねー、クロー! あんたがいればユニット完成なのよ! やりましょうよ!」
「ごめん。ボク、そういうの本当にダメだから……」
例の子供歌謡コンテストの件で、ミケちゃんの勧誘がかなりヒートアップしている。直に見ると想像以上だね、こりゃ。
アメリは間に挟まれて、どうしようという感じ。
これは、他人様の子だけどさすがに一言言ったほうがいいな。
「ミケ。ちょっといいかな」
たまらず口を挟もうとしたところ、角照さんがミケちゃんに真剣な表情で話しかける。
「何?」
「無理強いはいけないよ。ミケはピーマン嫌いだよね?」
「え、うん……。ピーマンはたしかに苦手だけど」
「クロちゃんからしつこくピーマン食べるように言われたら、どんな気分かな」
そう言われると、自分が何をしていたか気付いたようで、しゅんとしてしまう。
「クロちゃんにとって人前で目立つことは、ミケがピーマンを食べるのと同じぐらい苦手なことなんだよ。いや、それ以上かもしれないね」
ますます、しゅんとしてしまう。
「ミケは二人のお姉ちゃんだよね。お姉ちゃんなら、妹たちの気持ちを思いやらないと」
うつむいてしまうミケちゃん。その表情からは、反省や恥ずかしさなど、複雑で様々な感情が伺える。
「ミケ、お姉ちゃんできるね?」
「……うん。ごめん、クロ。もう無理に誘わないから」
「ボクも、もっとそういうの得意だったら良かったんだけど……」
お互いにしゅんとして凹み合う。
「おお~! ミケ、アメリが一緒にアイドルやるから大丈夫だよ!」
「ありがとう、アメリ。じゃあ、一緒に練習しましょ」
アメリの励ましに少し元気が出たようで、ミケちゃんの表情がちょっと明るくなる。とてとてとリビングの外れに向かう二人。
「宇多野さんにも、あとで謝っておかないと」
紅茶をひと口飲み、角照さんが軽くため息を吐く。二人は電話でも、二人は電話でも、あんな調子だったろうものね。
「ミケ子も、ちょっと勢いで突っ走るとこあるからなー。子育ても大変だな」
斎藤さんがブランデー入り紅茶を手に苦笑する。
「慣れましたよ。あれがあの子の個性ですからね」
肩をすくめる角照さん。
「あ、そうだ。宇多野さんといえば」
思い出したように、というか思い出したのだろうけど、角照さんが声を上げる。
「猫崎さん、宇多野さんのこと、まりあさんって下の名前で呼ぶじゃないですか」
「ええ」
「あたしのことも、優輝って呼んでもらえたら、その、嬉しいんですけど……いかがでしょう?」
角照さんが、照れくさそうに申し出る。
「私は一向に構いませんよ。じゃあ、私も神奈でお願いします」
「やった! よろしくお願いします、神奈さん」
「こちらこそよろしくお願いします。優輝さん」
互いに握手を交わす。
「あ、優輝ちゃんばっかりずるいっす。自分もさつきでお願いするっす」
「じゃあ、わたしも由香里でお願いします」
「わかりました。よろしくお願いします、さつきさん、由香里さん」
二人とも握手を交わす。
ただ意外なのは、斎藤さんが同様の申し出をしてこないこと。
「斎藤さんは、こういうの苦手ですか?」
「あ、いやそういうわけじゃ……」
口ごもる様子を見て、ピンときた。彼女、いわゆる体育会系だから、目上である私を下の名前で呼びたいって言い出しにくいんだ。
「私のこと、神奈って呼んでくださいよ。久美さん」
「猫ざ……じゃなかった、神奈サンがそういうなら」
照れくさそうにする久美さんとも、笑顔で握手を交わす。彼女もこれで、結構難儀な性格してるのね。
すっかり話題の焦点が私たち大人組に移ったけれど、肝心のミケちゃんはアメリと一緒に歌と踊りのタイミングを合わせる練習をしている。
なんだか申し訳無さそうに、その光景を見守るクロちゃん。
「クロちゃん、気にしなくてだいじょーぶ。誰にだって苦手はあるからさ」
そんなクロちゃんの頭をぽんぽんと優しく叩く優輝さん。
「そうそう。クロちゃん、お注射全然平気なんでしょう。逆にアメリはお注射苦手なの、こないだクロちゃんも見た通りで。クロちゃんは、ちゃんと立派な子だよ。誰が言ったんだったかな。『みんな違って、みんないい』ってね」
「そう、かな……?」
私にも元気づけられると、少しはにかんで恥ずかしそうにする。
「繰り返しになるけど、誰にでも苦手はあるからね。実はあたし、おまんじゅうが怖くてさ」
優輝さんの言葉に、「えっ」と驚くクロちゃん。
「ああ、今のは有名な落語のネタだから真面目に受け取らなくていーよ」
久美さんがフォローを入れると、「何だびっくりした」とばかりにクロちゃんが胸を撫で下ろす。
「まー、こいつの本当の苦手は『高いとこ』なんだけどね」
「ちょっ、久美さん!?」
優輝さんの慌てよう。どうもこちらは、本当に苦手らしい。
「あー……まあ、いいか。いや、あたしほんとに高いとこダメでねえ。二階ぐらいの高さならギリギリ平気なんだけど、三階以上は足がすくんじゃって。マンションの高層階に住みたいって人の気持ちが理解できないレベルなんだ」
彼女の独白に、意外そうな顔で驚くクロちゃん。元猫としては、高所恐怖症なんて想像もつかない世界なのだろう。
「ほら、たとえば『るるる』って中心が吹き抜けになってるじゃない? あれとかもうダメ。下見れないの」
クロちゃんは次々に語られる優輝さんの「苦手」に目をぱちくり。
「だからさ、クロちゃんも苦手なことあるの気にしないでいいよ。あたしも、こんなだもん」
最後に笑顔を見せてウィンクする優輝さんに、彼女が何を伝えたかったか理解するクロちゃん。こく、こく、と力強く頷く。
「優輝お姉さん、ありがとうございます。できないこと、あっていいんですね」
「何でもできて得意な人なんて、この世にいないからね。さ、紅茶が冷めないうちに飲んじゃおう」
優輝さんが、頷きつつ結ぶ。
こうして、今日もつつがなく平和に一日が過ぎるのでした。
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