神奈さんとアメリちゃん

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第三百八十七話 研究医・白部瑠璃

公開日時: 2021年10月20日(水) 21:01
文字数:2,328

 うーん、今日はいいペースで仕事が進んだー!


 このぶんなら、明日アメリをともちゃんと遊ばせてあげられるかな。まあ、近井さんのご予定次第だけど。


 もう夕方に差し掛かる。時間もちょうどいいし、いつものスーパー行ってきーましょ!


 ……戻り! 今日は目玉焼きハンバーグですよ~! 楽しみですねえ。


 ごはんが炊けるまで、皆さんのご様子でも伺おうかな。


 うん、皆さんもうご帰宅されてるね。ご挨拶をし、今日の習い事の塩梅を尋ねてみる。


 どの子も順調なようで、クロちゃん、ミケちゃんあたりはそろそろ一人で通わせたほうがいいかもしれないなんて、まりあさんと優輝さんおっしゃってます。


 由香里さんと白部さんが不安視するけれど、人間の子供なら、一人で通っているほうが普通の年齢だ。遅くならない時間に、人通りの多いところを歩けば大丈夫ではないかというのがまりあさん・優輝さんのお考えのようです。


 由香里さんはかくてるの一員ではあるけど、ミケちゃんの育児に責任と権限を持つのは優輝さんだ。白部さんともども、これ以上は自分の口出しする問題ではないと考えたようで、それ以上は何も言いませんでした。


 ただ、防犯ブザーだけは持たせたほうがいいとはアドバイスして、まりあさんも優輝さんも、それに同意しました。


「スマホも持たせて、GPSで位置も把握できるようにしたほうがいいでしょうか。いざというとき、直接話せますし、警察や救急にも連絡できますから」


 とは、優輝さん。


 「安いものではないですれど、一人で街を出歩かせるなら買い与えたほうがいいのではないでしょうか」と、私からも意見を出す。転ばぬ先の杖というしね。


 まりあさんと優輝さん、私の一言で、スマホの購入を本格的に検討することにしたようです。


 ノーラちゃん、そしてアメリは人化してまだ日も浅いこともあり、必ず私たちが付き添っているけれど、他人事ではないよね。アメリも、いつまでも私がいないと外出できないようではいけない。


「そういえば、白部さん」


「はい?」


「研究反対派の議員について、どう思われます?」


 猫耳人間の今後という話で、ふと頭をよぎったことを問うてみる。


「複雑な心境ですが、やはり研究を足止めされると困るな、というのが第一でしょうか」


 愚問だったな。彼女の立場上、研究をセーブしてくる存在は困るとしか言いようがないのだから。


「ただ私も、猫耳人間の親になってみて、どれだけ猫耳人間や保護者の方々に負担を強いていたかというのを、我が身の問題として実感しました。たとえば、近々ノーラちゃんやアメリちゃんたちに、治験してもらおうという話がCH研究部で上がっています」


「治験?」


 言葉には、なんか聞いたことがあるけれど。


「健康体の人に薬を飲んでもらって、データを取ることですね。ただ……ちょっとショッキングな言い方をすると、毒を飲んでもらうというのに等しいんです。薬は毒と、表裏一体ですから」


 毒! 実際ショッキングな響きに、背筋がブルッと震える。


「薬を使うというのは、毒をもって毒を制す、ということなんです。ただ、治験となると、健康体に毒を入れるわけですから、本人と保護者のご同意が必要になります。私は立場上覚悟ができてますが、ノーラちゃんの説得をしなければいけません」


 毒、毒かあ……。薬を毒だなんて考えたことなかったな。でも、たとえば平熱の人に解熱剤を飲ませたら、おかしいことになるというのは、言われてみればたしかにそうだ。


「ほかにも……イギリスで、幼くして亡くなった猫耳人間の子がいまして」


 ああ、白部さんがノーラちゃんの注射説得のときに例に出していた、あの子かな?


「その、おぞましいことを書くようですけど、あちらの研究者の方々が必死の説得をした末に、保護者さんから解剖のご許可をいただいたんです」


 か、解剖!? 毒以上にショッキングな言葉に、目玉が飛び出そうになる。


「当たり前の話ですけど、ずいぶん説得が難航したそうで。それでやっと許可をいただいたわけですけど、おかげで猫耳人間の体について、多くのことがわかったんです。そのときのデータは、今、猫耳人間たちの治療に役立っています」


 LIZE越しだからなんともいえないけれど、皆さん空気が重そうだ。私も、重圧を感じながら読んでいる。


「もし、ノーラちゃんが同じようなことになったら、研究医としての使命感が勝つのか、親としての心情が勝つのか、自分でもわからないです」


 研究者であり、同時に猫耳人間の親でもある彼女だけが、おそらく地上でただ一人抱える苦悩。これほど重い天秤もない。


「その、変なこと言うようですけど、転属したいなあとかって思うことありません?」


「いえ。一度この道に入門し関わった以上、今さら逃げるのは無意味ですから。どうしたって、もう部外者の感覚には戻れないんです。それに、もともとの志望だった小児科に戻っても、対象が違うだけで、やはり生と死に深く関わることには代わりありませんし」


 重い。言葉があまりに重い。


 彼女の肩には、とても重いものが乗っかってるんだなあ。ただひたすらに、読者を楽しませることだけを考えていればいい自分とは、あまりに次元が違う。


 猫耳人間を抱きしめ、匂いを吸引するという奇行も、そんな彼女にとって、ノーラちゃんの存在に次ぐオアシスなのかもしれない。


 なんだか、何気なくぶつけた疑問が、随分と重苦しい話に発展してしまった。


「そういえば、ノーラちゃんは試合とか出れそうなんですか?」


 空気を変えようと、優輝さんが全く違う話題を振る。さすがにまだ基礎練がメインで、試合までは遠いらしい。


 なんとか軌道修正に成功し、話題が徐々に明るくなっていく。


 人権法案、思ってた以上に重い議題なんだな。ため息を吐き、コーヒー牛乳を飲むのでした。

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