白部先生による授業の下、三人娘の勉強が進んでいく。
BGMは、四人の抑え気味な喋りと、雨音のみ。なんだか、心が落ち着くなあ。
「なー、カン姉ー。おやつもうないのかー?」
唐突に、ノーラちゃんから尋ねられる。折りたたみ机の上を見てみれば、用意したクッキーのお皿がすっかり空に。
「こら、厚かましいこと言わないの」
たしなめる白部さん。
「いえいえ。子供なんて、無遠慮なぐらいがちょうどいいってもんですから。私もちょっと気分転換したいですし、カップケーキで良ければ作ってきますよ」
「やったー!」
バンザイノーラちゃん。
「もう、この子はほんとに……めっ。すみません、それではご厚意に甘えさせていただきます」
「はい。では、少しお待ち下さいね。紅茶のおかわりも淹れてきます」
ティーセットとお皿をトレイに載せ、キッチンへ向かうのでした。
◆ ◆ ◆
「お待たせしましたー」
キング・オブ・お手軽おやつ、カップケーキとティーセットを手に、帰還~!
「ありがとうございます。ノーラちゃん、きちんとお礼言いましょう」
「ありがとー、カン姉ー!」
アメリとノーラちゃんからも、お礼の言葉をもらう。
「せっかくですから、息抜きということで私も少しご同席しますね。勉強の進み具合は、どんな感じでしょう?」
押し入れから座布団を引っ張り出し、角っこに掛ける。
「極めて順調ですね。ノーラちゃんがちょっと集中力に欠けるところがありますけど、エレメントレンジャーの本を読むためというと、やる気を出してくれるので」
「そうなんですね。みんな頑張ってますねー。あ、ということは、算数では気を向けさせるのに苦労してる感じですか?」
カップケーキをひとすくいして、口に運ぶ。
「そこなんですよね。実は、それが密かな課題で」
ノーラちゃんの頭を撫でながら、答える彼女。
「だって、運動のほうが楽しーんだもん。この雨、やんなるぜー」
ふーむ、スポーツ少女の悩みだねー。
「あの、近くに生涯学習センターあるじゃないですか。あそこで、運動させてあげるのはいかがです?」
「ああ、それはいいかもしれませんね! 明日にでも行く?」
愛娘に尋ねる白部さん。 彼女もここに移ってからまだ一年も経ってないので、ひらめかなくても仕方がない。
「おー? なんだそれー?」
「図書館とか宿泊施設があるんだけど、体育館とかトレーニングルーム……雨でも運動できるスペースもあるのよ。プールもあるんだけど、ノーラちゃんだと利用はちょっと難しいかなー?」
「あー、水泳帽必須ですもんね。あと、猫耳人間が利用していいのかもわかりませんし」
猫耳人間が水泳帽なんて着けたら、耳が大変不自由なことになる。
「おー! 運動できるのか! なー、二人ともー、スポーツしようぜー!」
キラキラと瞳を輝かせるノーラちゃん。
「おおー、面白そう!」
「そうねー。たまにはいいかも」
アメリとミケちゃんもノリ気。
「クロちゃんは、一緒にやるかしら?」
市バスが通っているので、この雨でも行けないことはない。
「性格的に乗ってこなさそうな気もしますけど、誘うだけ誘ってみたいですね。後で、電話してみます」
ノーラちゃんに大好きな運動をさせてあげられるということで、ちょっと上機嫌な白部さん。
「あ、そうだ」
クロちゃんの話題で思い出した。
「ミケちゃん、ブザーとスマホはどうなったの?」
「ふふーん。じゃーん!」
おお! スカートのポッケから、赤い防犯ブザーとスマホが!
「赤は、千多ちゃんのカラーなのよ」
「へー! すごいすごい! クロちゃんも買ってもらったのかしら?」
「ええ。さっそく、LIZEで友達登録したわ」
おお~!
「アプリ、使わせてもらえてるんだ」
「連絡用のLIZEと、検索サイトと動画サイトだけね。色々制限付きだけど。あ、それとツイスターとかいうの、だめって言われちゃった。千多ちゃん、フォローしたいのになあ」
制限付きでも嬉しさ爆発という感じで、マイスマホを抱きしめる彼女。ほほえま可愛い~!
ツイスターはあれよね。悪い人がアカウント乗っ取り用とかの悪質DM送る事件あるからね……。妥当な判断。
「あれ? でもなんで、クロちゃんも買ったってわかったの?」
「一昨日、優輝がまりあおねーさんと話したとき、確認したんだって」
へー。
「あ、素朴な疑問といえばもうひとつ。ミケちゃん、その……本人確認書類とかないのに、よく買えたね?」
「あー、それ? そういうイミじゃこれ、ゲンミツにはミケのじゃないのよね。優輝の二台目ってことになってるの」
なるほどね! クロちゃんのも、そうなんだろうな。
「ありがとう。私、素朴な疑問はどうにも尋ねないといられない性格で。白部さんは、ノーラちゃんのを導入ご検討されてないんです?」
「うちですか? 考えなくもないですけど、基本離れて行動することがないので、当面いいかなと。買うとしても、もっとノーラちゃんが世間慣れしてからですね。転生してから、まだ半年しか経ってませんし」
そういえば、あれは昨年十二月の出来事だったっけね。あのときは、白部さん本当に落ち込んでしまって。それが一転、奇跡が起きて。もし、白部さんたちに女神様が微笑んでくれなかったらと思うと……身震いしてしまうな。
ちょっと寒気がしちゃった。紅茶飲も。
「……ふう。たしかに、まだまだ目が離せないですよね。私もアメリに初めてお使いさせたの、ついこないだですし」
「育児的な意味で、目が離せないというのもたしかにあるんですけど、ノーラちゃんの観察と、研究をする名目で在宅ワークを許されてるので、それをサボるわけにいかないというのもありまして」
「ああ~、そうですね! なるほど。ずっと一緒にいることが、お仕事ですもんね!」
うんうんと頷く。こうして勉強会を開いていただいておきながら、彼女本来の使命を一瞬失念してしまった。
アメリはどうしたものかなあ。この先一人で色々と自由行動させてあげたいけれど、やっぱりちょっと心配だ。過干渉かなあ?
「私がアメリを基本的に一人で行動させないのは、やっぱり過干渉ですかねえ?」
ついカップの縁をなぞる悪癖が出てしまったので、慌てて指を引っ込める。
「そうですねえ……。人間でいえばそろそろ九つですけど、そこは猫崎さんのご判断かなと。親離れしたくなったら、自然に距離をとってくると思いますよ」
お母さんと同じことを仰るなあ。さすが、元・小児科志望。
「ありがとうございます。アメリがそうしたいって言い出したら、改めて考えますね」
当のアメリの頭を撫でると、「うにゅう」と気抜け声を上げる。
「アメリ、一人でお出かけしたくなったら、私に相談してね」
「うん!」
良き哉良き哉。
「あっ! ちょっと、くつろぎすぎてしまいましたね。仕事に戻ります」
「はい、では、私たちも勉強再開しますね」
互いに頭を下げ、カップケーキと紅茶の残りを手に、デスクに戻るのでした。
親離れに子離れか~。親離れの兆候は最近少しだけ見え隠れするけれど、正式に……っていい方は変だけど、そういう日はいつ訪れるのかな。私、寂しくて泣いちゃったりするのかなあ?
まあ、なるようにしかならないものだし、気をもんでも仕方ないよね。
お仕事に集中しーましょ!
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