雑談を楽しんでいると、インタホンの呼び鈴が。由香里さんが応対に出ると、果たしてまりあさんとクロちゃんのようだ。
「こんにちは。白部さんがいらっしゃっていると伺いまして」
ややあって入室してきたので、一同ご挨拶。
「お久しぶりです。こちらの斜向いのアパートに越してきました。これから、よろしくお願いします」
深々とお辞儀する白部さん。彼女の本性を知る私たちは、猫被りに苦笑をこらえるのでした。
「お久しぶりです。昨日もお仕事されていたのに、お引っ越し大変だったでしょう」
「いえ! 猫耳人間のあるところ、白部瑠璃ありです! もう、近所に猫耳人間が三人とか楽園ですよ! 楽園!!」
またまた、たっぱーんと波しぶきを背負ってそうな勢いで熱弁する彼女。それを見たまりあさんとクロちゃんは、やや引き気味。たまらず由香里さんがぷっと吹いてしまい、「失礼しました」と謝罪する。
「はあ……。ともかく、よろしくお願いしますね。クロちゃんもご挨拶」
「こんにちは、白部先生」
ぺこりとお辞儀するクロちゃんに、白部さんが「はぁ~ん!」という嬌声を上げる。まりあさんたちは、やや引きからドン引きモードに移行。
「はあああ……クロちゃん可愛いなあ……。ね、ね、ぎゅーって抱きしめていいかな?」
白部さんがいささか変質者チックに前のめりでお願いすると、身の危険を感じたのか、クロちゃんがささっとまりあさんの背後に隠れてしまう。
「すみません。クロちゃん、わたし以外とのスキンシップはあまり好まないので……」
さあ、どう食い下がるのかと様子を見守っていると、「わかりました」とあっさり引き下がる。
「私、猫耳人間の嫌がることは絶対しませんので。YES猫耳、NOタッチというやつです」
急に理知的モードに立ち戻り、きりりと言い放つ。いや、ミケちゃんとアメリにめっちゃ抱きついてたような……。まあ、いいか。しかし、姿はビシッとしてるのに言ってることはなんだかおかしい、このギャップ……。
「やあやあ、そちらなんとも楽しそうですねえ。まりあさん、クロちゃんこんにちは。ピザが焼き上がりましたので、皆さんどーぞ」
キッチンからひょっこり顔を出してくる優輝さん。
「すみません、わたしたちまでご相伴に預かって」
「いえいえ。あたし大人数で食べるの好きですからね。遠慮はナシナシです!」
恐縮するまりあさんに気さくに応える優輝さん。うんうん、まりあさん。優輝さんこういうキャラの方ですから。
では、ピッツァターイム! と洒落込みましょうか。
◆ ◆ ◆
いやー、大きい。こないだの十四ピースバージョンより二回りぐらいピザが大きい! 十人用、二十ピースだもんねえ。ピザのお化けですよこれは。
優輝さんがピザをカットし、テリヤキチキンとエビマヨを一ピースずつセットで配っていく。気の利くことこの上ない由香里さんは、皆に飲み物を注いでいる。久美さんは白ワイン、私はマスペなど、ちゃんと各人の好みに合わせた飲み物なのが心憎い。しかし、久美さん真っ昼間からお酒か……。
「白部さんは何かお好みの飲み物はありますか?」
「アップルサイダーはありますか?」
「あー、ちょっとうちには今ないですね」
意外なリクエストに、少々戸惑う由香里さん。
「では、アップルティーはどうでしょう?」
「それならありますよ。アイスとホットどちらがいいですか?
「では、アイスでお願いします。お砂糖入りで」
由香里さんが了承し、アップルティーを淹れる準備をする。
「由香里ー、冷めちゃうから始めちゃっていいかな?」
「いいよー」
優輝さんの催促に、OKを出す。
「では、新たな隣人・白部さんのご入居を記念して、ピザ・パーティーと行きましょう!」
一同、ぱちぱちと拍手。そして、いただきますの合唱。
この食卓は八人がけだけど、無理やり椅子を増設して、詰めて十人がけ状態にしている。
アメリとミケちゃんに密着状態で挟まれて、ヘブン状態の白部さん。何というか、すごく締まりのない顔で幸せそうね。
ミケちゃんは、大好物だけあって一心不乱に、テリヤキチキンとエビマヨのピザを食んでいる。
一方、久美さんも文句を言っていた割には、それなりにピザを堪能している模様。
「そう言えば、白部さん」
「はい、何でしょう?」
私の呼びかけに、ヘブンモードから戻ってきて応答する。
「いえ、何ていうか素朴な感想なんですけど。私をT総にご紹介してくださった松戸博子先生に、どことなく似てるなあと思いまして……」
初対面のときから妙に気になっていたことをぶつけてみる。
「ああ。彼女、私の従姉妹なんです。ひろ姉って呼んで、子供の頃よく遊んでもらってました」
「へー! ご親戚だったんですか!」
これはまた、意外な縁。
「あ、ひろ姉は私がいるからT総勧めたってわけではなくて、このあたりの猫耳人間の研究最大手がT総なだけですから、誤解なさらないでいただければと。彼女、公私混同はしないタイプなんで」
ほほー。松戸先生、つくづく常識人ね。どうして血を分けた従姉妹が、こんなエキセントリックな人に……。
そんな雑感はともかく、会食は和やかに進み、お開きとなりました。
◆ ◆ ◆
「ごちそうさまでした。皆さん、これからもよろしくお願いします」
門前で、互いに頭を下げ、別れを告げる。猫耳人間が絡むとアレだけど、なんだかんだで常識人よね、白部さん。
「はい。近くにミケたちの話が通じる人が増えるのは、あたしとしても嬉しいことです。何かあったら、いつでもいらしてください」
優輝さんがにこやかに、白部さんと握手を交わす。
「ごちそうさまでした。では、わたしたちも失礼しますね。今日はありがとうございました」
まりあさんはこの中では家が一番遠いので、一足先にお暇してしまう。
「では、私たちも行きましょうか白部さん。今日は、突然の訪問にも関わらず、お昼までありがとうございました」
ぺこりと頭を下げ、白部さんとともにそれぞれの家のある方角を向く。すると、私たちの前を一匹の猫が走り抜けて行った。
「おお~! 猫だ!」
ガッツリ反応するアメリ。
「首輪してなかったね。野良だね、あれは」
毛色も雑種特有の、茶と黒基調の混ざり気の多い柄だ。
「猫か~。猫、いいですよねえ……」
白部さんがうっとりした声を出す。やっぱりというかなんというか、猫も好きなのね。
あの猫とは、この先深い関わりができそうな気がする。理由はわからないけれど、何となくそんな気がしました。
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