「おねーちゃん、おねーちゃん」
今日も今日とてネーム作成に勤しんでいると、ちょんちょんと肩を突かれた。
「んー? 何かなー?」
くるりと椅子を回し、アメリと相対する。
「新しい本なーい?」
「え、もしかして『くろねこクロのたび』と『うどんのめがみさま』、全部読んじゃったの?」
驚いて問うと、「うん」と、頷く。
いやー、すごいな。一度読み聞かせた本とはいえ、あれから一日しか経ってないのに全部読み終えちゃったんだ。
どうしたものかな。まりあさんの著作もまだ色々あるから、新しい本を買いに行ってもいいのだけど、これだけのために駅前に行くのもなあ……。
F市のこのあたりって、びっくりするぐらい本屋さんがないのよね。まあ、本屋さんってネット通販や電子書籍に追いやられてるから、仕方ないはないんだけど。
などと悩んでいると、ぽんとアイデアがひらめきました。
「ねえ、新しいお勉強って興味ある?」
「おお? どんなの?」
「ずばり! 文字を書いてみようっていうお話」
「おお~!」
くりくりと目を見開いて、新たな挑戦に心躍らせるアメリ。
「ちょっと待ってね」
新規画面を作成し、ささっと罫線を引き、即席の原稿用紙をプリントアウトする。
「これに、色々書いてみよう!」
「おお~! やってみる」
「で、ですねぇ~……」
引き出しから、最近すっかり使う機会のなくなった鉛筆と消しゴムを取り出す。
「文字は、これを使って書きます。まず、鉛筆ね。こんな風に持ってみて」
鉛筆を一本手渡し、自分もお手本としてもう一本を持つ。
「お、おお~? こう、かな?」
お、初めてにしては持つの上手! 何かで、箸の持ち方が上手い人はペンの持ち方も上手いと聞いたことがあるけど、お箸訓練の賜物かな?
「よーし、じゃあ『アメリ』ってカタカナで四角の中に書いてみよう! 書き方は、絵本と同じで縦に書くんだよ」
横書きを教えるのは、今度でいいでしょう。うん。
アー、メー、リーと言いながら、うんしょうんしょと書くアメリ。
「できた!」
「おー、上手上手!」
ぱちぱちと拍手する。
「じゃあ、次は『ねこざき』ってひらがなで書いてみよう!」
再度、ねー、こー、ざー、きーと言いながら書く。
「どう!?」
うん、さすがにカタカナに比べると線に苦戦の跡が見られる。でも、これが初チャレンジだもんね!
「おっけー、おっけーよ! これで、アメリは自分の名前を書けるようになったね!」
「やったー! アメリ、自分の名前書けるんだ!」
お陽様のような、満面の笑顔。
「じゃあね。次は『かんな』ってひらがなで行ってみよう!」
「おお~!」というおなじみの掛け声とともに、かー、んー、なーと書き上げる。
「うん、うん。これが私の名前。じゃあ、もっと色々書いていこうか」
こうして、「うたのクロ」「すみてるミケ」などお友だちや、まりあさん、かくてるハウスの皆さん、そしてぬいぐるみたちの名前を書いていく。
「すごい! お見事です、アメリちゃん! ちょっと待っててね」
二枚目の原稿用紙をプリントアウトする。
「これに、好きなことを書いてみよう。もし、書き間違ったら、この消しゴムでこすると……ほら、こうやって消せるからね」
「おお~! やってみる!」
しかし、いざ何か書こうとするとうんうんと悩みだしてしまう。
私の仕事机に立ちんぼで書くのも辛かろうと思うので、スケブを下敷き代わりにして、ベッドで書いてもらうことにした。
さて、アメリが作文している間、お仕事進めておきますか。
◆ ◆ ◆
「できた!」
すいすいと筆のノリも良く描いていると、背後から元気な声が。
「どれどれー? 見せてごらんー?」
アメリの隣に腰掛け、作文を見せてもらう。
そこには、こう書いてあった。
おねーちゃん、いつもおいしいごはんをつくってくれたり、だきしめてくれたり、なでてくれたり、あそんでくれてありがとう。
びょうきしたとき、すごくつらかったけど、おねーちゃんのおかげでげんきになれたよ。
おちゅうしゃも、おねーちゃんがないちゃったから、がんばったよ。
うたのコンテストのとき、すごくしんぱいさせちゃってごめんなさい。
おねーちゃんといると、いつもしあわせ。
おねーちゃん、だいすき。ずっといっしょにいようね。
こんどは、にじのはしにいかないからね。
アメリにはまだ句読点は教えていないから、句読点は私が脳内で付けたもの。
そして、一文字一文字読むたびに、心の底から熱いものがこみ上げてくる。
「おねーちゃん。アメリ、なんかいけないこと書いた……?」
「え?」
「だって、泣いてる……」
指摘されて目元を触ると、指先が濡れていた。
「あれ、ごめんね。違うの。嬉しいんだよ。あれ? ごめん、ちょっと、ほんとにごめん!」
心の中の何かが決壊し、涙が次から次へと溢れてくる。
「おねーちゃん大丈夫!?」
アメリがおろおろしてしまう。
「ごめんね。嬉しすぎるとね、こんな風に涙が出ちゃうことがあるんだ。ありがとう。ありがとうね、アメリ……」
口元を抑え、もう片方の手で止まらぬ涙を一所懸命拭う。
ついに感極まって、嗚咽を上げてしまった。
アメリが心配して、私の頭を撫でてくれる。
そんな彼女を、泣きながらぎゅーっと抱きしめた。ここに、確実に存在してくれている彼女を。
「ありがとう、アメリ。ずっと、ずーっと一緒だよ……!」
愛しいアメリ。私の、この世で一番大切な宝物。
その後、私の涙が収まるまでずっと彼女を抱きしめていました。
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