「えー! アメリちゃん、天才なんですか! たしかに、利発な子だなあとは思ってましたけど」
驚く近井さんの声が聞こえる。
今日も、近井さん親子が遊びにいらしてます。
でも、彼女が話してるのは私ではなく……白部さん。
今日は土曜だけど、ノーラちゃんが久しぶりにアメリと、ゴッドレンジャーごっこに興じたいというのでお招きしたら、間もなく近井さんからもご連絡が来て、このように珍しい組み合わせとなったわけです。
もちろん、私はお仕事なう。とほほ。まあ、おしゃべりは口を動かすだけで参加できるからいいけどね。
いつもの座椅子は、アメリちゃんが子供たちの中では最年長だからと、ともちゃんとノーラちゃんに譲りました。我が子ながら、ほんとできた子だなー。偉い! 後で褒めてあげよう。
座椅子もっと増やしたいけど、使わないとき、さすがに四台も置くスペースないしなあ。
ちなみに今日のお茶請けは、棒付きチョコアイスとゆべしもち。変な組み合わせだけど、それぞれ白部さんと近井さんが持ってきてくださったものです。現在、私もアイスを左手に持ってかじりながら、器用に右手でペンを動かしてます。
「あ、いえ。正確には『かもしれない』です。改めて、IQテストをしてみたいと考えています」
そう応える白部さん。ふえー、IQテストかー。前にT総で一回だけやったことあるけど、そのときも高めだと言われてたっけ。もう一回やるんだ。
「天才だったらすごいですねー、猫崎さん」
「あ、はい! そうですねー。私もそう聞いたとき、びっくりしましたよ」
私みたいな一般人ではなく、白部さんみたいな研究職の方が、天才かもと仰るのだから、ほんとにかなりのものなのだろう。
「アタシも天才ストライカーになるぜー!」
ノーラちゃんの、自信に満ちた大きな声。うんうん、ノーラちゃんならきっとなれるよ!
「すとらいかーってなーに?」
「シュートをバンバン決める、サッカー選手のことだぜ! すっげーかっこいいんだ!」
「へー! すごいねー!」
ともちゃんの疑問に、すでに自分がそうなったかのように、得意げに答えるノーラ選手。
「おおー、ノーラならきっとなれるよ!」
アメリちゃん、私とおんなじこと考えて言ってる。親子の絆を感じるなあ。
「おー! 頑張るぜー! ともは、何かなりたいものってないのかー?」
「んー……よくわかんない!」
「ふふ。ともちゃん、まだちっちゃいものね。これから考えればいいのよ」
そう仰る白部さん。
「猫崎さんは、いつ頃から漫画家を志していたんですか?」
うひょ!? そのまま唐突に話を振られた!
「えー……? そうですねえ。明確に志したのは、中学に上がってからですね。もっと、もやっとした憧れでいいなら、小学校三、四年ぐらいのときでしょうか」
「なるほど。私は医者一族ですから、なんとなく自然に……って感じだったので、明確に『夢!』って感じで突き進んできた方に憧れてしまいます」
そう仰る声が、ちょっと優しさと切なさを帯びていた。でも、憧れなんて言われると照れちゃうな。
「近井さんは、たしかWebデザイナーはもともと志していたわけではなかったんですよね? どういった夢を持ってらしたんですか?」
話題を彼女にパスしてみる。
「私、これといって夢とかなかったんですよね。大学出たら、とりあえず手あたり次第に色んなとこ受けて、ありがたいことに、そこそこいいところに入れまして」
ふーむ。私みたいに、夢に向かってひたすら突き進んできた人間にはわからないけど、夢がなかった人ってほんとにいるんだなあ。
「ただ、夢といっていいかわからないんですけど、結婚して子供は欲しいなあというのは、ぼんやりとありました」
ほほー。
「旦那さんとは、どういったご縁で知り合ったんですか?」
そちらに興味が向いたので、振ってみる。
「ベタベタですけど、職場恋愛ですね。部署が同じで、食事に誘われたりしてるうちに、気づけばゴールインしてました」
私と白部さんで、「あら~っ」なんて声を出す。
「友美を授かったのは嬉しいのですけど、仕事と育児の両立が難しくて退職しまして。で、今のWebデザイナーに至る……って感じです」
結婚かあ。興味がないでもないけど、どうなんだろう。
実は私、恋愛……あれを恋愛といっていいかわからないけど、そういう感情を抱いたのは高校の一度きりだ。
お相手は、二年上の先輩。……ただし、女性。そしてあの感情は、やはり恋愛ではなく「慕情」と呼ぶのがふさわしいと思う。
当時、私は俗にいう漫研に入っていた。何ぶんアナログ環境だったから、私はそこではネーム切りやデッサンぐらいしかしてなかったんだけど、意見交換の場としては貴重だった。
そこで色々親切にしてくれたのが、思い出の先輩。きれいな人で、アドバイスは的確だったし、何より人柄が穏やかで優しかった。彼女と接していると、「なんか、いいなあ」という感情に包まれたもので。
デートといっていいものか、個人的に遊びに誘ったり誘われたりしたことも何度かある。
ただ、私たちの関係は、それ以上には発展しなかった。だから、きっとあくまでも「慕情」。
その先輩とは一年でお別れとなってしまい、しばらく連絡も取り合っていたけれど、次第に疎遠になってしまった。進学のために東京に移ったそうだけど、その後の話は知らない。
今も、この東京の空の下、どこかで達者に暮らしているのだろうか。それとも、福井に帰郷されているのだろうか。
もう、当時の電話番号にはつながらない。
あれ以来、私には男女にかかわらず、「いいなあ」と思う人は現れなかった。だから、あれが思春期特有の同性への憧れなのか、私が本当に同性愛者なのかは謎のままだ。
少なくとも、優輝さんやまりあさんたちには、友情以上の感情は抱いてないと思う。
回想にふける私を置いて、折りたたみ机のほうでは、相変わらず近井さんと白部さん、子供たちが楽しそうにおしゃべりをしている。
静かにペンを走らせながら、アイスの最後の部分をかじり取り、味わうのでした。
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