「姉さん、由香里ちゃん」
一度キッチンに消えたさつきさんが、またひょっこり顔を出す。
「冷蔵庫の鶏もも肉、使っちゃっていいっすか? 優輝ちゃんは構わないって言ってるっすけど」
「ウチも構わん。由香里は?」
「わたしが今夜使おうと思ってたけど、さっちゃんが使うなら別の材料にするから、構わないよー」
「じゃあ、チキンライス作らせてもらうっすね~」
明るい口調でまた引っ込むさつきさん。
はて、チキンライスとはまたフツーな。まあ、急な話だったしねー。
やることもないので、美術館の感想を語り合う私と由香里さん。花系の絵は互いに好みとして共有できたので、主にそのへんについて語る。彼女的には、色々感性を磨く機会になったようだ。
久美さんは一度マスペを取りに行き、ボトル片手にアメリたちのダンスを観戦中。
「やっぱ、ミケ子に一日の長があるなー」とは彼女の弁。実際、多少ルールがわかった上で二人の対戦を見てみると、ミケちゃんが始終優勢だ。
「アメリー、頑張ってー!」と声援を送ると、「おおー!」と気合の入った声とともにステップを加速させる。しかし、元気だこと。わたしゃもう歳ですかねえ。
その後、久美さんや由香里さんに選手交代しながら、ダンス勝負は続いていく。美術館巡りで体力が尽きてしまった私は、ひたすら応援モード。
そんな感じで過ごしていると、「お待たせっすー。どうぞっすー」と、さつきさんがダイニングから顔を出し呼びかけてくる。
皆でぞろぞろ移動すると、テーブルにはケチャップライスではなく、味がついてそうな白いごはんとスライスチキン、トマトときゅうりのこれまたスライスとパクチー、たれ入れに入ったたれが待ち受けていました。飲み物には、ホット烏龍茶。
!? いや、たしかにチキンとライスだけど! 私の知ってるチキンライスと違う!
「お? 神奈さん鳩が豆鉄砲食らったような表情っすね。……ははーん、さてはケチャップライスのアレだと思ったっすね?」
「……ご明察です」
「これ、シンガポールのチキンライスっす。美味しいっすよ」
シンガポールかー……。さすが、マスターアジア。こんな料理があるんだー。
「どもー、遅くなりましたー。あ、神奈さん、アメリちゃん、こんにちはー。うちにいらしてたんですね」
優輝さんも入室してきて、着席する。私とアメリも、ご挨拶を返す。
「じゃ、さっそくいただくっすか。いただきますっす!」
というわけで、皆でいただきますの合唱。
たれを、チキンにかければいいのかな? ……ぱくっ! む、これは生姜の風味が効いていて美味しい!
ごはんは……これまた美味しい! チキンの旨味が染み込んでいて、刻み玉ねぎの甘みとさっきのチキンがよく調和する。
続いて、ここで野菜たちを口に運ぶ。う~ん、みずみずしくて爽やか。パクチーの風味がまた良し。
「美味しいですね、さつきさん!」
「お褒めに預かり光栄っす!」
素直な賞賛を述べると、笑顔が返ってくる。
「アメリちゃんは、お口に合うっすか?」
「おおー! 美味しい!! さつきおねーちゃん、お料理上手だね!」
「ありがとうっす! 照れるっすねー」
そう言って、面映そうに自分の後頭部を撫でる彼女。
「あ、そうだ優輝ちゃん。進捗どう?」
「あと一息で、マスターにできる」
「動画ももう、上げちゃっていいってことだな?」
由香里さん、優輝さん、久美さんがまた打ち合わせに突入する。
「ジュンチョーみたいっすね。やっと、軽いお財布が潤いそうっす……」
心底ほっとしたように、息を吐くさつきさん。
「さっちゃんは、フィギュア見境なく買い過ぎなのよ」
「いやいや、由香里ちゃん。フィギュアとの出会いは一期一会なんすよ。欲しいときが買うべきときなんす」
ちっちっちっと指を振り、ドヤ顔で説く。自慢げな所恐縮だけど、ドヤ顔で語るような話ではないと思います……。
「まー、借金作るようなことはするなよ? 仲間内でも関係おかしくなるからな?」
「肝に銘じておくっす」
敬愛する姉貴分の忠告に、素直に耳を傾ける彼女。相手が久美さんだからってだけじゃなく、いい加減そうに見えて、そういうところの線引きはきちんとできる人なんだろうな。
かくてるの皆さんが、互いの絆をとても大切にしてるんだというのが伝わってくる。
「そういえば、ミケは分数って覚えた?」
「えっ! ナニソレ!?」
「えっとねー……」
アメリの問いに驚愕するミケちゃん。そんな彼女に、私から教わった内容を説明するアメリ。
「むう!? アメリ、もうそんなとこまでやってるの!? 妹には負けられないわ! 優輝、後で教えてよ!」
「あー、ごめん。あたし仕事が……」
「自分で良かったら、教えるっすよ?」
「ほんと!? じゃあ、食べ終わったらソッコー教えてよね!」
姉としてのプライドが高いミケちゃんのこと、俄然対抗心が芽生えてしまったらしい。
しかし、優輝さんのおおらかな性格から来る教育方針もあるんだろうけど、一年以上先輩のミケちゃんを追い越しつつあるのか。アメリ、ちょっとすごいなあ。才能もあるだろうけど、向学心が非常に強いのが大きいのだと思う。
そんなこんなで、急遽路線変更から始まった楽しい昼食会も終了。皆さんにお礼とお別れを告げ、帰宅するのでした。
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