やー。これで書き落としないかしら?
昨日、あのまま朝までグッスリ寝てしまったので、今日二時に来る予定の真留さんに見せるプロットのラストスパートなう。
タイムリミットまで三十分。もう一度頭から最後までプロットを読み直す。……うん、これでいいと思う!
候補が三種類といつもより少なめだけど、三十日から向こう忙しかったので許してください、真留さん。……酔っ払ってぐーすかぴーしてた人間のセリフじゃないわね。
さあ、大急ぎで着替え&メイク! 女の支度は大変なのです!
◆ ◆ ◆
身支度を済ませリビングを整えると、インタホンが鳴りました! ギリギリセーフ!
「こんにちは。真留です」
「はーい! 今お迎えに行きますね!」
少々息切れしながら応対。
「アメリ、真留さんが来たよ。一緒に迎えに行く?」
「行くー!」
猫耳と尻尾丸出しの部屋着でしゅびっと挙手。ふふふ、真留さん驚くだろうなあ。
◆ ◆ ◆
「こんにちは、アメリちゃん……」
アメリの姿を見、目をまん丸にしてあっけにとられる我が担当さん。
「あの、先生。この姿で外に出して大丈夫なんですか?」
心配そうにひそひそ声で尋ねられる。
「ええ。まあ、そのあたりの話はおいおいしましょう。立ち話もなんですから、中へどうぞ~」
というわけで、中にお招き。紅茶を用意してリビングに行くと、例によってアメリにごろにゃんとまとわりつかれてました。
「ありがとうございます。まずは、仕事の話を先に済ませてしまいましょう。こちら、今月のファンレターです」
「ありがとうございます。この重み、漫画家冥利に尽きますよねー」
というわけで、打ち合わせ開始。三案の中から、やはり史実に近いまりあさんの代理「ありあ」が黒猫の「クク」ちゃんを連れて遊びに来るという筋書きになりました。ただ、徒歩十五分は大変なので、ここは現実と違ってかなりご近所さんに変更しています。
「あと、お話いただいた今後の漫画内のアメリちゃんの処遇ですが、ひと月考える猶予を与えていただけませんか? 班長に打ち明けるべきか、悩んでるんです」
慎重派の真留さんらしい提案だ。実際、「ねこきっく」の読者は猫が見たくて本を買っている。そこに、猫耳人間をいきなり投入するのはどうだろうという話なわけで。
「わかりました。では、アメリについてはとりあえず現状維持で」
さて、お仕事の話はこれで片付いたけれど……。
「それで先生。私、正体バレとテレビ出演まではお話を伺っていますけれど、先ほどのは……?」
「あー、はい。実は……」
児童公園や買い物に連れて行って、カミングアウトしたことを話す。
「はあ~……。ずいぶん思い切ったことをされましたねえ」
紅茶を一口飲み、なんともいえない表情をする彼女。
「アメリが長いこと蟄居状態でしたからね。さすがに可哀想で」
「今のところトラブルはないんですね?」
「はい、ありがたいことに。いい人が多いですね、この街は」
私も紅茶を飲む。東京は怖いところだなんて言われるけど、こうして住んでみると場所によりけりだと思う。
真留さん、ふむと考え込んで、「まあ、何かトラブルがあればこちらに回してください」と改めて守護を誓ってくださる。
「はい。ご心配をおかけします」
「あのね、真留おねーさん! お外っていろんな音がするの! びっくりしちゃった!」
当のアメリはのんきなもの。真留さんに頭を撫でられ、「うにゅう~」と気抜けボイスを出す。
「さて、アメリちゃんとのお別れは名残り惜しいですが、事情も把握できましたし、次の先生のところに伺わないと。失礼します」
ティーカップの口紅を拭い、立ち上がる彼女。
「アメリと門までお送りしますね」
「ありがとうございます」
というわけで、お見送り。真留さんの姿が見えなくなるまで、手を振り続けるアメリちゃんでした。
お昼は雑にトーストで済ませたし、夜は一昨日買ったまま使わなかった食材があるしで、今日の買い物はいいかな。さっそく、ネーム切りましょ。
こつこつ。すらすら。
アメリちゃんは静かに読書中。途中、スマホが「お米を炊いてくださいな」とばかりに五時を知らせる。おっと、かなり打ち込んでいたらしい。炊飯準備をして、お仕事再開。
さらに一時間経ち、スマホが「お米炊けたで~」という感じに再度鳴る。では、キッチンに行きまっしょい!
◆ ◆ ◆
「さて、アメリちゃん。今日は昨日食べそこなった棒々鶏という料理を作りますよ。アメリシェフには、きゅうりの千切りと、トマトを五ミリ幅に縦斬りするのをお願いします。ヘタは取ってね」
「はーい!」
しゅびっと挙手。では、いつもの脳内BGMをかけて、鶏肉と調味料に取り掛かりますか。
まず、ポットのお湯で鍋にお湯を沸かして時短。手早く、鶏むねを均一の厚さに開く。
お鍋に料理酒大さじ二杯を加え、沸騰したお湯で鶏肉を加熱。茹で上がったらザルに揚げて水を切り、冷ます。
今のうちに、たれを調合。味噌とすりごま大さじ二杯ずつ、みりんとお砂糖大さじ一杯ずつ、おしょうゆ大さじ半、ごま油小さじ一杯入れ、よく混ぜ合わせる。ごはんも切っておこう。
さて、鶏さんは……まだちょっと熱いけど、まあ焼き茄子の皮剥くのに比べたら。
あちちと言いながら、筋繊維に沿ってほぐしていく。
「できたー!」
お、ナイスタイミングです。アメリシェフ。
「はーい、ありがとー。置いといてねー」
あとは、トマト、きゅうり、鶏、たれの順に盛り付ける。
「出っ来上がりでーす」
買いだめ期間に購入済みの烏龍茶を注ぎ、棒々鶏とごはんを配膳する。
「では、いただきましょう。いただきます!」
「いただきます!」
きゅうりは旬の走り。みずみずしくて、コリコリしてて美味しいね。トマトも鮮度が落ちてないか心配だったけど、大丈夫みたい。美味しい美味しい。
そして、鶏肉。棒々鶏のソースと実に合う。これを烏龍茶で流すと、気分は実に中華!
「美味しいね!」
「ねー!」
ご満悦のアメリちゃんに、笑顔で返す。
とりあえずリアルの難所が、仕事が本格化する前に片付いてよかったなあ。これが繁忙期だったらパンクしていたかもしれない。
今日の平和に、ほっと胸をなでおろすのでした。
◆ ◆ ◆
「皆さん。あてんしょーん!」
寝室に戻り、LIZEのグループチャットに呼びかける。
「福井旅行ですが、今のうちに予約取らないと新幹線の座席なくなりますよー。気を付けてくださーい」
「あー、そういえば福井にお誘いされてましたね。これから予約入れます」
と、まりあさん。
由香里さんはそつなく、メンバー全員分の座席をすでに取ってらっしゃるとのこと。さすが。
白部さんも、「予約取りますね!」と、購入操作を始めた模様。
「宿も抑えておいてくださいね。客間を使えば二人ぐらいお泊めできるかもですけど、それ以上はさすがに」
皆さんからおすすめの宿を訊かれるけど、何ぶん地元民だからホテルだの旅館だの使ったことないのよね。なので、申し訳ないけど見繕いは皆さんにお任せしました。
大型連休前から特別進行が始まる。連休前には真留さんから次々号と増刊号のネームにOKをもらわなければいけない。また年末のような繁忙期が訪れるけど、これも親に顔を見せるため、皆さんに福井を楽しんでもらうため。
頑張りまっしょーい!
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