翌昼十二時。晴天の中、消防署裏手の催事用スペースでは数十人の家族連れが、並べられたパイプ椅子に腰掛けていた。私たち九人も、その一員。
町内会長さんの妙に長いご挨拶も終わり、ここに町内子供歌謡コンテストの開幕となりました!
優勝賞品は、市内全域で使える商品券二千円分なり。参加資格は小学生以下の子供なので、子供のお小遣いとしては破格よね。アメリたちを小学生以下と証明する術はないけれど、どう見ても中学生以上には見えないので、無事エントリー終了済み。
全七組がエントリーしており、アメリたちの出番は最後から二番目。次々にプログラムが進んでいき、微笑ましい歌謡ショーに惜しみない拍手が送られる。そんな光景を、私たちも和やかに鑑賞。
ちなみに、今日のお弁当はたまごサンドとツナマヨオニオンサンド。朝の弱い私でも、昨日あれだけ準備しておけば作れるってもんです。
隣のアメリを見ると、さすがにちょっと緊張してるな。背中を優しくさすって安心させると、「ありがとう」とちょっとぎこちない笑顔を向けてくる。優輝さんも、似たような感じでミケちゃんの緊張をほぐしているようだ。
「では、次のお友だちは、角照ミケちゃんと猫崎アメリちゃんです! 皆さん、拍手でお迎えください!」
ついに出番! 「二人ともがんばってー!」と声援を飛ばす。かくてるの皆さんやまりあさんも、口々に声援を送る。
「……がんばってー!」
振り絞るようなかすれ声の声援。クロちゃんの声だ。あの内気なクロちゃんが、自分の出せる精一杯の声量で応援してくれている! ありがとう!
ご町内の皆さんからも、声援が送られる。
そして、会長さんの合図とともに音楽スタート!
うん、順調! すごくいい!
ほかの子たちは、ここまでダンサブルなパフォーマンスをしていない。これが加点要素になるかわからないけれど、頑張りは伝わるはず!
「あっ!」
私を含め、方々から声が上がる。かくてるの皆さんに取材を申し込んだあの日、アメリがしくじって転倒しそうになったあのターンで、アメリがまたバランスを崩し倒れそうになったのだ!
しかし、それをとっさにミケちゃんが受け止めてくれた。体勢を立て直すと、今進行している部分から再度歌い始めるミケちゃん。アメリも一拍遅れて、ミケちゃんに続く。
歌が終了した。皆から拍手が送られるが、肝心の二人の表情は暗い。
「角照ミケちゃんと、猫崎アメリちゃんお疲れ様でした!」
会長さんの声に合わせ、二人がぺこりとお礼をして戻ってくる。
暗い表情のまま、無言で私の隣に着席するアメリ。その肩を、そっと抱き寄せた。
◆ ◆ ◆
結果発表。二人は残念ながら優勝できなかった。ただ、ダンスパフォーマンスが評価され、急ごしらえの「がんばったで賞」が贈られる。もっとも、商品も賞状もポンと魔法のように出せないので、会長さんからのお褒めの言葉という簡素なもの。だけど、ほかの子も頑張っていたのだから、それ以上は求めても与えてもいけないよね。
会長さんの閉会の挨拶とともに、今年の歌謡コンテストは終りを迎えた。
皆がぞろぞろと退出していく中、ミケちゃんとアメリの足取りは重かった。
「この辺ならいいかな」
優輝さんが、あまり邪魔にならないような場所にミケちゃんを連れて行く。私たちもその意図を察し、そちらへ向かう。
「ミケ、泣きたいときは泣いていいんだよ。思いっきり」
優輝さんの言葉に促され、ミケちゃんの顔が歪んでいき……ついに涙腺が決壊し、大泣きを始めてしまった。
あの気丈なミケちゃんが、それはもうわんわんと泣いている。日頃お姉さんぶっていても、やっぱりまだ小さな子供なのだ。あれだけ猛特訓したのに、優勝できなかった。どれだけ悔しくて悲しいことだろう。
そんなミケちゃんを、優輝さんがそっと抱きしめキャスケット越しに頭を撫でる。
「あのっターンを! けず、削ればよかった! アメリには、難しいって、わかってたはずなのに!!」
「違うの! ミケは悪くないの! アメリがちゃんとくるってできてれ……ばっ……うわあああああん!!」
アメリも泣き出してしまった。彼女をそっと抱きしめ、私もまた、キャスケット越しに頭を撫で、背中をとんとんと優しく叩く。
思えば、何でも器用にこなしてきたアメリにとって、初めての挫折だ。そのショックは、計り知れない。
「ごめんね……。ボクがもっとしっかりしてれば、力になってあげられたかもしれないのに……!」
クロちゃんまで罪悪感で泣き出しそうになってしまうが、ミケちゃんとアメリが泣きながら必死に「クロは悪くない!」とそれを止めようとする。まりあさんも、そっとクロちゃんを抱きしめた。
どのぐらいそうしていただろう。二人とも、感情の爆発と涙が収まってきた。
「歩ける?」
優輝さんがハンカチで涙の跡を拭いながらミケちゃんに問うと、こくこくと頷く。
「アメリはどう?」
「大丈夫……」
私も、アメリの涙を拭い尋ねる。なんとか大丈夫そうだ。
「ミケちゃん」
彼女の目の前で、背筋を伸ばす。
「ミケちゃんが支えてくれなかったら、アメリは大怪我していたかもしれない。助けてくれてありがとう」
深々とお辞儀する。顔を上げ彼女を見つめると、やはり表情は暗い。でも、誠意を込めたお礼をきちんと伝えたかった。優輝さんが、そんなミケちゃんの頭を優しく撫でる。
「このあとですけど、うちでお疲れ様会しましょうか。とりあえず、ゆっくりしましょう」
優輝さんの提案に私とまりあさんが同意し、今日はお昼と打って変わって、しんみりとした一日となりました。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!