お菓子も食べ終わったので、いただいたマスぺとコーヒー牛乳傍らにお仕事なう。どの作業も神経使うけど、芦田さんへの影響があるから下書きは特に気を使うねえ。
「アメリちゃんは将来なりたいものとかある?」
むむむ!? 白部さんボイスで気になるワードが。それよ、それ。気になるけど、なんだか逆に気になりすぎて訊けないのよね。そこに踏み込むとは、さすが研究者!
「おお~? いろんなお仕事があるんだよね? ミケはアイドルになりたいって言ってたし。おねーちゃーん、漫画家って楽しい?」
えあ!? そこで私に話を振りますか。
「えー、そうだなー。楽しいよ。やりがいもあるし、充実してる。ただ、私はこれでも売れてる側なのよね。だから、アメリが私と同じ道を目指そうというなら、嬉しい反面、ちょっと悩んじゃうかな」
子供に対して夢のない言いようだけど、当事者となるとねえ。大成どころかプロになれず筆を折っていった人を、両手の指で足りないほど知っているので……。
「逆に、お医者様とかどうなんでしょう、白部さん?」
困ったときは話題のパス!
「医者ですか? そうですねえ……今は割と自由にやらせていただいてますけど、基本めちゃくちゃ忙しいですよ。命を預かるという仕事柄、責任も重大ですし」
うーん、どうも当事者トークは夢がなくていけないな。
「アメリって、ひょっとしなくても生き物好きよね?」
「うん! 大好き!」
「あと、もの教えるのも上手いんですよね、白部さん?」
首だけの状態から椅子ごと向き直り、本格的にトークに加わる。
「ええ、とても才能があると思います」
あらあら、直球でお褒めの言葉を頂いてしまったわ。我がことのようにうきうきしてしまう。
「もしかするとアメリは、学問の道が向いてるかもね。アメリみたいに楽しそうに勉強できるのって、すごく水が合ってると思うの」
「おお~! アメリ、もっと賢くなりたい!」
ナイス向上心です、お嬢様。良き哉良き哉。
「ノーラちゃんは、なりたいものとかある?」
「ヒーロー!」
ざっくりとしつつ、ノーラちゃんらしい回答いただきました。
「現実のヒーローっていうと……なんだろ?」
タブ用のペンで頬をぺちぺち叩きながら、天井を眺めて思案する。
「ノーラちゃんには、スポーツ選手を勧めてるんですよ」
白部さんが微笑む。猫耳人間と人との関わり合いに頭を悩ませる彼女だけど、夢はいくらでも見ていいものね。
「いかにも! って感じでノーラちゃん向きですね」
「最近、この子サッカーの中継を熱心に見てまして。興味津々のようです」
へー。たしかにこのまま成長したら、サッカーユニフォームがとてもお似合う女の子に育ちそうだ。
「ルールとかまだよくわかんねーけど、ルリ姉やクミ姉に教わって覚えてる!」
「私も詳しいわけではないんですけど、把握してる限りで教えてあげてます」
嬉しそうに、リンゴジュースを口にする白部さん。夢広がりますよねえ、育児。この子たちが大きくなる頃には、猫耳人間が受け入れられる土壌を整えてあげたい。
「そういえば、素朴な疑問なのですけど。白部さんってリンゴがとてもお好きですよね? 何か、リンゴにハマるきっかけとかあったんですか?」
「そうですね……。何ていうんでしょう。私にとってリンゴって、命の味なんです」
命の味! いきなり、ものすごいパワーワードが来てしまった。
「小学生……三年でしたっけ。そのときインフルエンザにかかりましてね。一週間以上何も食べられない状態が続いたんです。そのとき、母がリンゴジュースを飲ませてくれまして。それだけは、何とか口にできたんです」
ほえ~。白部さん、そんな大病をなさった経験が……。
「そして、食欲が何とか戻ると、ウサギさんリンゴを剥いてくれたんです。それが、可愛くて、美味しくて……。弱った心と体に、とても優しかった。それからですね、私が無類のリンゴ好きになったのは」
なんとまあ、もっと気軽な理由と思いきや、ずいぶんとヘビーな話が飛び出してしまった。
「なんというか……すごくドラマティックですね。こういう言い方していいのかわかりませんけど」
「いえ、我ながら実際ドラマティックだと思います。猫崎さんは、そういうのあったりします?」
「私は、なんといってもマスペですね。とはいうものの、白部さんほど感動的なエピソードがあるわけでもないんですが」
なんだか恐縮してしまい、後頭部をペンで掻く。
「ええー、気になるじゃないですか。聞かせてくださいよ」
「そうですか? あれは私も小学生の頃だったかなー。友達の間で『フローラルすずやか』の中に一本マスペ混ぜて、じゃんけんで負けたら罰ゲームで飲むっていう遊びしたんですよ」
「その、フローラルすずやかというのは何ですか?」
「福井っ子のソウルドリンクですね。ざっくりメロンソーダだと思っていただければ。で、友達の一人がじゃんけんで負けて、マスペを飲む羽目になったんですけど、どうしても無理ってひと口つけただけで地面に流し捨てようとしたんですよ。あ、ちょっと失礼します」
喉が渇いたので、今話題に出ているマスペをごくりと飲み下す。ああ、この風味、シュワッとした炭酸、ほんとサイコー!
「失礼しました。で、もったいないと思った私は、とっさに私のすずやかとのトレードを申し出たんです。物好きだなあなんて言われながら、トレード自体はむしろ感謝されつつ行われたんですけど、ひと口飲んだら、美味しいのなんの! 私の味覚にジャストフィットしまして。すっかり虜になってしまったんです」
「はー……そんなことが」
白部さんも、さらにリンゴジュースをひと口含む。
「すみませんね、白部さんに比べたらしょうもない話で」
「いえいえ! 偶然からの運命の出会い、素敵じゃないですか! 捨てられそうになったマスペを救った猫崎さんに、愛と優しさを感じます!」
「え、ええ~……大げさですよ~」
照れくさくて、後頭部を掻くペンの速度が上がる。
「……って、あっ!」
当のペンで、急に思い出す。
「どうされました?」
「すみません、すっかり仕事をサボってることに気付きました。執筆に戻らせていただきますね」
「はい、では私は引き続きアメリちゃんたちと遊ばせていただきます」
「よろしくお願いします~」
アメリたちは白部さんにお任せして、急ピッチで描き進める。やれやれだね。
◆ ◆ ◆
「今日は、大変お世話になりました」
帰宅時間になり、門で深々と白部さんがお辞儀する。
「いえいえ。アメリの面倒を見ていただき、こちらこそありがとうございます」
私も、お辞儀で返す。
「あ、そうだ! このお話しておかないと。ご提案なのですけど、今度アメリちゃんが遊んだり勉強しているところ、ビデオカメラで撮影しても構いませんか?」
「どういったご用途に使われるのでしょう?」
「研究ですね。できれば、アメリちゃんの先生としての姿を撮影してほしいと上司に言われていまして。もちろん、お嫌でしたら拒否権はありますので」
あー、お仕事ですね。
「うーん……。嫌というほどでもないですが、少し考えさせていただけますか?」
「わかりました。気が向かれましたら、いつでもご連絡ください」
再度深くお辞儀し、ぶんぶん手を振るノーラちゃんとお向かいに帰っていく彼女でした。
さーて、これから晩ごはんの準備だー!
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