アイス緑茶の載ったトレイを手に寝室に戻ると、なにやらまりあさんが白部さんに、沈痛な面持ちで「やっぱり無理なんですか……」と、落ち込みつつ話していました。
「お茶をどうぞ。ええと、私が立ち入らないほうが、いいお話でしょうか?」
「あ、いえ。アルコールに強くなる方法がないか、お尋ねしてみたんですけど、やっぱり無理だそうで……」
「はい、そんなご相談を受けていました。飲み慣れると、わずかに耐性が上がるという報告もありますけど、基本的には。残念ですが」
「せめて、ノンアルぐらいは、耐えられるようになりたかったんですけど」と、ため息を吐くまりあさん。
「私、子供の頃から、両親から奈良漬け食べるのを、必死に止められてたんですよね。こういう理由だったんですね」
二度目のため息。奈良漬けも食べられないとは、難儀ですね……。
「きっと、子供の頃奈良漬け食べて、とんでもないことしでかしたんですよー!」
顔を覆ってしまう彼女。なんだか、今日の我が家はネガティブ告白会場ですね。
「一度、精検したほうがいいかもしれませんねえ……」
思案顔で精密検査を切り出す白部さんに、まりあさんが「ひえっ」という感じの表情になってしまう。
「そこまで危険な状態ですか?」
彼女同様、私も不安になってしまったので、尋ねてみる。
「あ、いえ。あまり深刻に受け止めないでください。医者としては、小さなことでも気になってしまいまして。その感じですと、注射などのときもアルコールではなく、ソインジあたりを?」
あー、喉に塗るので有名な消毒薬か。
「はい、物心ついたときから、そうしなさいと親から」
ふむふむと頷く、白部さん。
「まあ、医者の立場としては、一度精検を勧めるしかないですねえ」
「そうですか……」
しょんぼりしてしまう、まりあさん。まあ、私もこの一年で、四回かな? すごい状態見てるからねえ……。さもありなん。
「逆に、飲み会で記憶失うぐらい飲んでて、今まで無事だったのがすごいなって思います」
これには、まりあさん真っ青。
「白部さん、あまり脅さないであげないでくださいよ~」
「あ、すみません。でも、正直危なかったなと思いまして」
「わたし、精検受けます……」
真っ青なまま、つぶやくまりあさん。なんだか、お散歩から大事になってしまった。
「とりあえず、気を取り直してお茶を飲みませんか?」
「そうですね。せっかく作ってくださったことですし。いただきます……」
ちびちび飲み始める彼女。元気がないからだろうけど、結果的に、白部さんおすすめの水分摂取法になってます。
まりあさんはまりあさんで、お酒で失敗すると、その後すごくネガティブになっちゃうのよね。
「おお~。お勉強無理そう?」
アメリが、二人を交互に見ながら不安そうな顔をする。
「あ、ごめんね。つい話し込んじゃって。すみません、宇多野さん。この子たちの勉強に、戻ってもよろしいですか?」
「はい……」
「あの、まりあさん! よければアメリの勉強、みてあげてくれませんか!?」
今です! と、グッとプッシュ!
「わたしは、構わないですけど……」
今度は、まりあさんが白部さんを見る。ここで、密かに白部さんに目配せ。察してくださったようで、頷かれる。
「そうですね。そのほうが効率がいいですし、お願いできますか? アメリちゃん向けの教材は、こちらです」
数枚の紙束を手渡す白部さん。
「……ええ! 随分、難しいことやってるんですねえ! クロちゃんから、話には聞いてましたけど……」
内容を見たまりあさん、びっくり。
「難しい?」
不安そうになる愛娘。
「ううん。教えるのは大丈夫。ただ、すごいなあって思って」
そう言って、アメリの頭を撫でるまりあさん。表情が優しい。
「じゃあ、やっていこうか。ここはね……」
「……おお~! わかりやすい!」
アメリちゃん、にっこにこ。まりあさんにも笑顔が戻ってきた。やはり、彼女は誰かのために何かしている時が、一番心が落ち着くようだ。
ノーラちゃんも、授業に集中している。おなじみ、「頭がフットーしそーだぞー!」が飛び出さないあたり、ブンレッツ……というか、エレメントレンジャーの力は偉大ね!
もう、色んな意味で任せておいて大丈夫かな。「お茶のおかわり必要でしたら、遠慮なく言ってくださいね」と言い添え、仕事に戻る。
さーて、作業も大詰め! 連載、読み切りともに、残り工程あと少し! ここが気合の入れどころですよ!!
◆ ◆ ◆
「あ、もうこんな時間。すみません。そろそろクロちゃんが帰ってきてしまうので、お先に上がらせていただきますね」
まりあさんが、いそいそと帰り支度する。
「お疲れ様でした。門までお送りしますね」
「アメリちゃん、ノーラちゃん、またね。白部さんも、ご相談に乗っていただき、ありがとうございました」
一同に、ぺこりとお辞儀する彼女。
というわけで、門まで送っていきます。
「神奈さんも、唐突にお邪魔した上に変な空気にしてしまって、すみませんでした」
再び日傘を差し、頭を下げる彼女。
「いえいえ。それでは、帰りお気をつけて」
こちらも頭を下げ返す。そして彼女は、自宅の方向へと歩いて行きました。
さて、私も子供たちも、あとひと頑張り! 白部さんに感謝しつつ、ガッツリやっていきましょー!!
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