台所で、ふう、と一息つく。賑やかなのもいいけれど、アメリと二人きりが落ち着くは落ち着く。
炊飯の用意を整え、寝室へ戻る。
「アーメーリーちゃーん」
そして、戻るなりハグからの頬ずり。
「おお? おねーちゃん、困ってる?」
頭を撫でられ、よしよしされてしまう。
うう、いけないなあ……。スキンシップのつもりだったのに、内心を見抜かれてる。賢い子だ。
決意をしたのはいいけれど、白部さんの会議が不調に終わったらどうしようとか、いざ意見発表の場を得たとして、世間様に受け入れられるのだろうかなどと、後ろ向きな考えがどうしても頭から抜けてくれない。
これじゃダメよね。愛する我が子を心配させてどうする、猫崎神奈!
「ぬん!」
両手で自分の頬を、ぴしゃりと叩く。
「ごめん。お姉ちゃん弱気になってました。というわけで、ごはんが炊けるまで、アメリちゃんのやりたいことになんでも付き合っちゃうよ!」
「お外行きたい!」
「あー、ごめん。それ以外で!」
合掌して頭を下げる。謝ってばっかりだね、私。
「んー……じゃあ、漢字読み書きできるようになったか見てー」
「はーい。それならお安いご用ですよー。じゃあ、テスト用紙作るね」
PCとプリンターで、ささっと作成!
「ほいほい、お待たせさん~。じゃあ、いくよ~……開始!」
こつこつ、すらすら。鉛筆が机を打ち、紙の上を滑る音だけが響く。
うん、うん。すごい! 今のところ全問正解!
「はい、そこまでー」
「おお~! 頑張った!」
さて、採点ですが……横でずっと見てたからね。あとは書くだけ。くるっ、くるっとマルを描いていく。
「はーい、結果発表! 文句なし、花マル百点満点でーす!」
「やったー!」
バンザイするアメリちゃん。可愛い。今度は、下心なくハグ&頬ずりでスキンシップ。
「すごいねー、アメリちゃん」
頭を撫でると、「えへへ~」と照れるお嬢様。ほんと可愛いなあ。
せっかくなので、今度は小四向け漢字の一覧をプリントアウトしていると、スマホのアラームがごはんの炊きあがりを知らせてくれる。
「ん。ごはんが炊けましたよ。行きましょーか」
「はーい」
二人仲良く、キッチンへ向かうのでした。
◆ ◆ ◆
「さて、アメリシェフ。今日はサバの味噌煮とネギのいかだ、わかめのお味噌汁を作りますよ」
「おお? いかだ? そめごろう?」
「イカもそめごろうも関係ないのよね、これが。まあ、作ってみればわかるよ」
アメリちゃん、いかだを知らなんだか。後で動画で見せてあげよう。
では、明るくいつもの脳内BGMを流しましょう! こういうときこそ楽しげに!
「アメリシェフ。このおネギをいつもの斜め切りじゃなく、五センチ幅に垂直に切ってくれるかな? で、出来上がったら、この竹串にこう、お腹の部分を貫くように重ねて通してほしいんだ」
横向きに揃えた指を、反対の人差し指で貫くような仕草を見せる。
「わかった!」
「じゃあ、私はサバさんを調理するね」
サバ二切れの皮にバッテンの切れ目を軽く入れ、サバのフライパンに水二百ミリリットルにチューブ生姜、料理酒大さじ三杯、みりん大さじ二杯、お砂糖大さじ一杯、お醤油大匙半分を入れ、煮立たせる。煮立ったら、中火にに切り替えてサバを身を下にして投入!
煮汁をかけながら、サバの色合いを見ていく。ん、色が変わりましたね。今です! 落し蓋をして、弱火で五分。タイマーをセット!
「アメリシェフ。そちらはいかがですか?」
「もうちょっとー」
うい。じゃあ、ごはんでも切ってましょうかね。
「できた!」
「はーい、お疲れ様ー。ちょっと貸してねー」
ネギ串、通称いかだが計四本できたので、塩を振る。あとは、サバ&お味噌汁とタイミングを合わせるべく放置。
「おねーちゃん、もっとやれることない?」
「じゃあ、お味噌汁をお願いしようかな。作り方わかる?」
「大体!」
「おっけーです。じゃあ、わかめは乾燥わかめ使ってね」
おっと、タイマーが鳴りました。
サバの落し蓋を取り、お味噌を大さじ二杯を溶く。再び落し蓋をして、弱火で十分。
アメリのほうを見ると、煮立ったお鍋に乾燥わかめを入れている。
「あー、そこでストップ。結構増えるからね、それ」
「おお~。わかめすごい!」
続いて、いかだを焼きましょうか。オーブントースターに入れ、タイマーをセット。焼き加減を見ながら微調整するため、やや短めに。
アメリのほうを見ると、火を点けたままお味噌を溶こうとしてました。
「はい、ストーップ。お味噌入れるときはね、火を止めるの。グツグツ煮ちゃうと、お味噌の菌が死んじゃうのよ」
「おお? どゆこと」
「まあ、平たく言うと美味しくなくなっちゃうのね」
「おお~……気をつける……!」
火を止めてお味噌を溶くアメリシェフ。ふう。まあ、これから慣れていけばいいからね。
トースターがチン! と鳴ったので、様子を見る。ふむ、ひっくり返してもう一分ぐらいかな?
「おねーちゃん、味見してー」
「ほいほい。ん、もう少し濃いほうがいいかな? アメリはどう?」
「んー……たしかにそうかも」
お味噌をちょい足しするお嬢様。
さて、そろそろ全体的にフィニッシュですね。サバももうすぐ出来上がり。
お茶の用意しとこうかな。
急須にお湯を注いでいると、トースターがまたチン! と鳴りました。よーし、この焼き色は完成ですね。
続いて、キッチンタイマーのほうも鳴ったので、落し蓋を取り、煮汁をサバにかける。
「おねーちゃん、もう一回味見してー」
「はいはーい」
忙しいにゃあ。ん、いいお味です。
「バッチリです、アメリシェフ!」
「やったー!」
「じゃあ、お椀によそってもらえる?」
「はーい」
私もサバを盛り付け、いかだを別のお皿に載せる。ごはんをよそい、お茶も淹れたら配膳~。
「よし、いつものいこう!」
ハイタッチの構え。
「「いえーい!」」
パチン! では、実食といきましょう。エプロンを外し、アメリの対面に座る。
「「いただきます!」」
まずは、メインのサバ味噌。うーん、美味しい! 塩焼きもいいけど、やっぱりサバ味噌よねえ。サバの油っこさが、味噌と生姜の風味とよく合っている。
続いて、いかだ。シンプルにして美味。たまには、こうやって素材の味を楽しむのもいいよね! ……なんて、通ぶってみたり。
そして、お味噌汁。アメリシェフ謹製の品は、実にいいお味です。良き哉良き哉。
アメリも、美味しい美味しいと食べている。ほほえま。
「「ごちそうさまでした!」」
仲良くフィニッシュ! お茶でさっぱりした後は、アメリに食洗機の使い方をレクチャーする。
後片付けも終わり、歯を磨いて寝室へ。
LIZEの様子を確認すると、真留さんから返信が来てました。
「騒ぎについては、私も把握しています。ただ、アメリちゃんのことはほかの編集部員にも内緒にしていますので、猫崎先生の話だとは思われていないようです。もし、マスコミが嗅ぎつけて強引に取材になど来たら、こちらに遠慮なく振ってください。迅速に対処しますので」
おお、力強いお言葉!
「ありがとうございます。この先どうなるかわかりませんが、仕事に穴は開けないつもりです」
と返信する。
ふう。明日はどうなるのかな。私にできるのは、祈ることぐらいだ。自分ではどうにもできないことって、もどかしいね。
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