「ごはん、できたわよー」
アメリにお父さんと一緒になってしりとりを教え遊んでいると、お母さんがダイニングから顔を出して声をかけてきた。
「はーい。アメリ、また後で続きしよう」
「うん!」
三人でテーブルにつくと、お母さんがごはんを配膳してくれる。
今日の夕飯は、お麩と三つ葉のお吸い物、キャベツのおひたし、私たちがさきほど作ったゆで卵、そして、福井名物・サバのへしこを焼いたもの。
「おお~? これ何?」
へしこをまじまじと興味深げに見つめるアメリ。
「それ、へしこっていってね。福井の郷土料理。サバをぬか漬けにしたものだよー」
ちなみに、へしこはぬか漬け魚の総称。
「おおー。ちょびっとしかないね?」
私たちの目の前には、四切れ程度の細く切ったへしこがお皿に並べられている。
「ふっふっふっ。そう思うでしょー? まあ、食べてみたら何でそんな少ないかわかるよー」
「お母さん。僕はお茶漬けにしたいんで、刻み海苔とお茶用意してくれるかな?」
「あ、私もー」
お父さんがお茶漬けをリクエストするので、私も便乗。
「おお? お茶漬け? 何それ?」
「そういえば、アメリは食べたことなかったね、お茶漬け。食べてみる?」
「うん!」と返事するので、三人ぶんのお茶漬けを頼む。
お母さんも用意が整うと着席し、四人でいただきますを言う。
「しょっぱい!」
へしこをひとくち食べたアメリが、そう言ってお茶漬けをすする。
「でしょー? すごくしょっぱいのよ、へしこって。だから、それだけの量でも十分おかずになるんだ」
私も、お茶漬けをいただく。うーん、このぬか独特の癖。好きな人は好き、嫌いな人は嫌いっていう味よね。
「アメリはへしこ気に入った?」
「うん!」
ほうほう。こういう癖があるの、けっこうイケる口なのね。
続いて、私たちの愛の共同作業の産物であるゆで卵をぱくっ。うん、いい感じに黄身が半熟で美味しい。
アメリも、自分が茹でた卵を食べて、「美味しい!」と瞳を輝かせている。
「これ、アメリちゃんが作ったのよね。よくできてるわ」
お母さんも感心。
「ふっふっふっ。私の自慢の妹兼、娘だからね!」
ミケちゃんよろしく胸を反らしドヤ顔。
「ほんとに物覚えがいいよね、アメリは。さっきしりとりしてたんだけどね、僕たちの使った言葉を結構すぐ覚えちゃうんだよ」
お父さんも、お母さんにそんな話をする。「へえ」と感心するお母さん。
雑談を交えながら、キャベツのおひたしをいただく。うーん、美味しい。お吸い物も、へしことの兼ね合いがあって薄味だけれど、これまたうまし。
こうして、一同ごちそうさま。
歯磨き後、一家揃ってのストレッチと入浴を済ませ、テレビを見ながら談笑。
アメリが眠気を催したので客間に連れて行き、横にならせる。
その後は親子の会話に花を咲かせ、私も床につきました。
◆ ◆ ◆
「ぅおはよぅございますぅ~……」
今日もだらしない朝を迎え、一人で朝食。歯を磨いて戻ると、お父さんたちが今日の予定を話している。
「今日は何するのー?」
「ご近所回りだね。あとは、『笏谷庵』で、年越し蕎麦を食べようかなって」
「へー、いいね!」
笏谷庵はこのあたりではかなりの名店。大晦日ということもあり結構待つだろうけれど、それだけの価値がある。
「というわけで、神奈もいつまでもパジャマ着てないで、着替えてらっしゃい。着替え終わったら、皆さんのところ行くから」
「はーい」
お母さんに促され、こたつに入ったばかりだけれどアメリと一緒に自室へ上がって、お着替えとメイク。
「じゃあ、行こうか」
お父さんたちは、朝挨拶したときにはすでに着替え終わっており、さすが現役会社員&元会社員。不肖の娘と違って、ビシッとしてますなあ。
では、参りましょうか。お父様、お母様。
◆ ◆ ◆
というわけで、まずはお向かいである向井さんのお宅を訪問。
「はーい。あら、こんにちは~」
出てきた五十代半ばぐらいの女性、幼馴染のお母さんなので「おばさま」と私が呼んでる方に、「こんにちは」と一同でご挨拶。
「あら、そちらのお子さんは?」
「あー、姪をちょっと預かってまして。まあ、色々と」
便利ワード、姪。
「そうなのー。あ、そうだ! 隣子、今ちょうど帰ってきてるわよ」
「え! りんちゃんいるんですか!」
「ええ。今呼んでくるわね」
そう言って、奥に引っ込むおばさま。ややあって、りんちゃんやほかのご家族を連れて戻ってくる。
「かんちゃーん! おひさー!」
「わー! ほんと久しぶりだねー! 旦那さんと供子ちゃん元気ー?」
「元気、元気! 供子、会わせてあげたいけど今寝てるのー」
片手で拝み、恐縮するりんちゃん。彼女は私の幼馴染。熊本に嫁いでいて、一児の母。育児に追われていたとのことで、ここ二、三年ほど会えなかったけど、今年はこうして帰郷しているようだ。
「あれ、かんちゃんって子供いたっけ?」
アメリを見て、首を傾げる彼女。
「あー、姪をちょっと預かっててねー」
「そうなんだー」
ああ、神様。私は今日、あと何度嘘をつかなければいけないのでしょう。
「はじめ兄ちゃんも、お盆以来ぶりー」
「久しぶり。うちの子も、ほらこの通り元気で」
「継男くん、久しぶりー。私のこと、覚えてるー?」
りんちゃんの兄である、はじめ兄ちゃんと手を繋いでいる小さな男の子にご挨拶。
「神奈おねーちゃんでしょ! 覚えてるよ!」
「そっかー。記憶力いいねー」
よしよしと頭を撫で撫で。
お父さんたちも、向井一家と会話を弾ませる。
「良いお年をー。じゃあ、行こうか雨子ちゃん」
四人で打ち合わせして、アメリはとりあえず雨子という名前で通すことに決めていた。
私がアメリという猫を飼っていたのはご近所さん皆の知るところで、姪までそんな名前だったら、いくらなんでも奇妙すぎる。
ちなみに、雨子にしたのは、久美さんが付けた愛称「アメ子」から。ほかに、適当な偽名思いつかなかったのよ。
こんな感じで、ご近所回り。もうすぐ夕方という頃に自宅へ戻り、笏谷庵に行く用意! 楽しみ~。
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