朝はおなじみトースト、お昼は昨日の残り物で済ませ、お仕事しながら白部さんをお待ち状態。
すると、呼び鈴が鳴りました! 時刻は二時ジャスト。さっすが白部さん。まあ、超絶ご近所だけどね。
応対するとやはり彼女だったので、ノーラちゃんともどもご挨拶した後、お通しする。
「では、お茶菓子をご用意しますね。今回はリビングを使っていただけますと」
「わかりました。ありがとうございます」
一礼して、リビングに向かう二人。「こんにちはー!」というアメリの元気な声が聞こえてきた。
「やはり私は、仕事場に引っ込んでいたほうがいいですよね?」
飲み物とお菓子をお出しし、確認を取る。
「どちらでも構いませんが、猫崎さんは見てるだけになってしまいますし、お仕事がありますでしょうから。そのほうがいいかもしれません」
まあ、たしかに、お仕事放棄してずーっと見守る会ってのもあれよね。
「では、ドアを少し開けておきますので、何かあれば呼んでください」
「はい」
というわけで、私は私で飲み物を用意して仕事場ごもり。
ドアを閉め切らなかった理由は、呼ばれたときに気付きやすいからだけではなく、アメリたちのお話が聞こえるから。アメリがそばにいないって思うと寂しいんだもん。
猫だった頃は、寝室だけでなくリビングで適当に寝てるだけでも安心感が得られたのに、随分とゼータクになったもんですなあ。
「それでは、二〇二一年、二月十三日、十四時十二分。猫崎アメリさんの学習指導光景の撮影を始めます」
やけに形式張った白部さんの口上が聞こえてくる。上にお出しする資料だもんね。ともかくも、いよいよ始まりましたか。なんか、こっちまでキンチョーするぅ~。
「ではアメリさん、今回は小学二年生相当の算数、掛け算の指導をお願いします」
「おお? 白部せんせー、いつもと感じ違うね?」
戸惑いの声を上げるアメリ。
「これは、私の上司や同僚に見せるのものですから。今回は、この感じでいかせていただきますね」
「おお~……わかった」
「ノーラさんも、そのようにお願いします」
「んー…チョーシ狂うけどわかった!」
二人とも、まだこういうかしこまった感覚に慣れていないようだけど、了解してくれました。
「で、今回はどーやって恐竜で教えてくれんだ?」
「えっとねー……ティラノサウルスの卵が二つずつあったとするでしょー? で、そういう巣が八個あったとするよね? 全部の巣に合計何個卵あると思う?」
「ええ? 難しいぞー? 二足す、二足す……」
「めんどーだよね? そういうとき、九九っていうのを覚えておくとすごく簡単なんだよ! ちょっと待っててね」
すると、アメリがとてとてと寝室に入ってきました。
「おねーちゃん、九九の早見表、取ってある?」
「あるよー。なるほど、それ使うのね。えっと……あったあった。はい、どーぞ」
「ありがとー」
また、とてとてと向こうへ行くアメリ。
「九九の早見表持ってきた! これを使うと、九九が覚えやすいんだよ!」
「アメリさん、これはアメリさんご自身が学習に使われたものですか?」
「そーだよー。おねーちゃんが作ってくれたの! ノーラも、これですぐ覚えられると思う!」
ニニンガシから、順番にノーラちゃんと二人で読み上げていく。途中、ノーラちゃんが飽きそうになると、恐竜を絡めた問題を出題して興味を引き戻すという、子供離れしたテクニックも披露する。
特に秀逸なのが、ストーリー仕立てで教えるところ。多分、例によって絵も交えて説明しているんだと思う。
親の贔屓目抜きでも、やっぱりこの子教えるのが上手いわ。
「ではアメリさん、そろそろノーラさんに出題して、実力を見ていただけますか?」
「わかった!」
九九問題を出題していくアメリ。……雑なカウントだけど正答率二割ってとこかな? 初めてにしてはすごいけど、やはりアメリたちには一歩及ばない感じ。
「う~……体動かすのなら得意なんだけどなー」
ぼやくノーラちゃん。実際、そうみたいだものね。
「おお~。ノーラのそういうとこすごいと思う!」
「そうか? ふへへ~」
テンション下げないための小粋かつ自然なテク。やるわね!
「でも、これ覚えたら、ほんと便利だよ! スポーツにも役立つと思う!」
実際、どうなのかしら? まあ、やる気を促すために色々試すのはいいことよね。
「ほんとかー? まあ、アメリがそう言うなら真剣に覚えるぞー」
というわけで、間違えた部分を重点的に復習。
そして再度出題すると、正答率が二割半まで上がりました! お見事! 一人寝室で、ぱちぱちと小さく拍手する。
「おおー、飲み物もうないね。入れてくる!」
とてとてと足音。おかわり入れに行ったのね。
「ノーラさん、アメリさんの授業、わかりやすいですか?」
なんか、白部さんのインタビューが始まった。
「うん! すっげーわかりやすい!」
「どういうところがわかりやすいですか?」
「んー……。絵で見せてくれるところ! あと、たとえ話もわかりやすい!」
そんな感じで、聞き取りを進めていく。白部さんも大変ねえ。
「ただいまー」
アメリが戻ってきた。
「ありがとうございます。アメリさんから見て、ノーラさんは教えがいといいますか、飲み込みの良さはどうですか?」
「おお? いいと思うよ! アメリ、きちんと教えられてるか不安だったけど、覚えるの早いと思う!」
「ほんとか? ふへへー、アメリに褒められちまった」
照れくさそうなノーラちゃん。ほんとアメリが好きなのね。
そんな感じで勉強を再開したけれど、ややあって白部さんからストップがかかった。
「二時間近く経過していますね。これ以上は効率が落ちると思いますので、ここまでにしましょう。二〇二一年、二月十三日、十六時七分。撮影を終了します。……ふー、疲れたあ。アメリちゃん、ノーラちゃんお疲れ様~」
ノーマルモードに戻る白部さん。
扉の隙間から覗くと、ハンディカメラを置いてりんごジュースを飲んでいる。
「えーと、出ていっていい感じですか?」
「あ、はい。無事撮影終了です」
「白部さんもお疲れ様です。二時間カメラ持ちっぱなし、大変でしたよね」
「ええ、腕が上がらないです」
アメリの隣に腰掛け、みんなの輪に交じる。
「次回は、ミケちゃんの体幹能力を撮影させてもらおうと思いまして。この後、角照さんに打診してみるつもりです」
まだミッションが続くのか。大変だなあ。
「あ、そういえば。買わせていただきましたよー」
スマホの画面を見せてくる白部さん。そこには「あめりにっき」の表紙が。
「私も、電子書籍で読み始めてみました。面白い子ですね、猫時代のアメリちゃん」
「ありがとうございます。ほんとに、面白ムーブをする子でした」
猫アメリのユーモラスなところは、なんだかんだで今もネーミングセンスとか造形センスに引き継がれている気がする。
「猫崎さんも、リアルがそのまま漫画化されてる印象です」
「あはは。読者さんから、『猫崎先生って、本当にリアルでもこんな感じなんですか?』ってよく言われます」
照れくさくて、後頭部を撫でる。お恥ずかしい。
「本当に魅力的な方ですよね、猫崎さん。あめりにっきの面白さは、アメリちゃんもですけど、猫崎さんの魅力も大きいと思います」
あらもう、やだもう、照れくさいにゃあ……。
そんな感じでしばし雑談した後、お二人は帰って行かれました。
時間も時間だね。そろそろ買い物行こうか。この時刻だと、車かな。
うーんと伸びをして、頑張ったアメリの頭をよしよしと撫でるのでした。
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