木曜、十九日。押江先生の授業、再開です。ミケちゃん、クロちゃんも、うちで自習中。
「素朴な疑問なんだけど……お隣のミケちゃんはともかく、クロちゃん、自習のためにこっち来るの大変じゃない? アメリに会いに来てくれて、私も嬉しいけれど」
お茶菓子を配膳しながら、彼女に問いかける。ちなみに、お茶請けは一昨日いただいたどら焼きです。
「ボクも、アメリと一緒だと嬉しいので……」
俯いて、照れるクロちゃん。あらあら。
「私が、アメリ離れできればねえ……」
頬に人差し指を当て、考え込む。この子たちに、来てもらってばかりというのも、やっぱり良くないよね。
よし、決めた!
「ミケちゃん、クロちゃん。明日は、アメリをお隣に行かせようと思うんだけど」
「え、いいの!?」
「いいんですか!?」
むしろこの提案には、二人がびっくり! 二人とも、私の溺愛ぶりと、アメリロスの不調は知ってるからね。
「アメリはどうかな?」
肝心の本人にも、問うてみる。
「おお? おねーちゃんは?」
「家でお仕事」
「おお~……」
考え込んでしまうアメリちゃん。
「私は大丈夫だから、ね?」
「うん、わかった。そうする……」
ううん、元気ないなあ。私は大丈夫よ。きっと、多分、おそらく。
「ええと、猫崎さん。そろそろ、授業を再開してもよろしいでしょうか?」
「ああ、すみません。それじゃ、私はお仕事に戻るからね」
愛する娘にそう言い、デスクで筆を執る。私も、お仕事ガンバロー!
◆ ◆ ◆
「アメリさん? 聞いていますか?」
「おお!? ごめんなさい! ええと、何の話だっけ……」
むむ? なんだろう?
「あの、先生。アメリがなにか、粗相でもしましたか?」
心配になって、尋ねてみる。
「いえ、そういった類の話では。ただ、さっきの休憩以来、まったく集中力を欠いてしまいまして」
ええ~? あのアメリが!?
「アメリ、大丈夫?」
折りたたみ机に、私もつく。
「おお……。えっとね……う~ん……」
むーん? どうしちゃったのかしら。こんなに歯切れが悪いのも、珍しい。
しばし考えこむ、私と先生。ミケちゃん、クロちゃんも、心配そうに見ています。
「アメリさん。もしかして、猫崎さんと離れるのが不安ですか?」
先生が問うと、娘がびくっと体を震わせる。
「ビンゴですね。菅里先生から、事情は伺っていましたが」
「と、仰いますと?」
私も不安になって、尋ねる。
「私は、猫耳人間については詳しくないのですが、アメリさんは、生まれ変わって一年も経ってないのですよね?」
「はい。そうです」
「アメリさん、利発ですから失念しがちですけど、一歳にも満たない子が親元を離れるというのは、不安なものではないでしょうか?」
! 背中を雷で撃たれる思い!
「そうなの、アメリ?」
おずおずと、頷く我が子。
「おねーちゃんが心配すると思って、言えなかった……」
ばつが悪そうに、俯いて、人差し指を突き合わせている。
「ごめんね。お姉ちゃん、自分の焦りを押し付けちゃった」
私も、しゅんとなって俯く。
「あの、神奈お姉さん。ボクはこっちに通うの平気ですから、アメリを安心させてあげてくれませんか?」
「うん、ミケもこっち来るの別に大変じゃないし」
「ありがとう、二人とも」
こんな小さい子たちに、気を使わせてしまった。いけないなあ。
「猫崎さん。子供の成長ペースはそれぞれです。互いに、無理をしなくてもよいのではないでしょうか」
まいったな。白部さんやお母さんに言われたのと、同じことを言われてしまった。私、まるで成長していない……。
「すみません。私、本当に未熟ですね」
「いえいえ。子供と一緒に成長すればいいんです。私も授業を通して、子供たちから、いろんなことを学んでいますから」
微笑む先生。なんだか、救われたような気持ちになる。
「アメリ、ごめんね。私、ちゃんとそばにいるからね。先生も、お手数かけてすみませんでした。ミケちゃんとクロちゃんも、ありがとう」
四人に対して、頭を下げる。
「おお~……。アメリこそごめんね。もっとちゃんとしないと……」
「はいはい。アメリさんもそこまで。猫崎さんも、そう、かしこまらないでください」
「すみませ……あ」
また謝りそうになって、はっと口をふさぐ。
「互いに愛し合っているのは良いことです。では、話もまとまったところで、続きをしましょうか」
「うん!」
良かった。アメリが元気を取り戻した。
愛娘に微笑むと、彼女も微笑みを返してくる。良き哉良き哉。
「じゃあ、私は仕事に戻るね」
お仕事再開。私も、日々これ勉強だなあ。
◆ ◆ ◆
「それでは、また来週」
「またねー!」
「はい。また来週もお願いします。ミケちゃんも、またね」
「ばいばーい!」
先に帰宅したクロちゃんに続き、ミケちゃん、先生もお帰りの時間。二人と、別れのご挨拶をします。
そして、寝室に戻り!
「アメリちゃん、スキンシップしようか」
「うん!」
ぎゅーっとハグ。そして、ベッドで膝枕。愛娘の髪を、優しく撫でる。ほんとに、すべすべでいい触り心地。
「えへへ……。おねーちゃん、だーい好き!」
「私もだよ」
互いに微笑む。
今の私たちの距離感は、これでいい。改めて、そう実感するのでした。
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