神奈さんとアメリちゃん

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第四百十四話 ウェルカム、クロちゃん!

公開日時: 2021年11月22日(月) 21:01
文字数:2,528

 昨日、私は仕事の関係で結果を聞かずに帰ることになってしまったけれど、まりあさん、勉強会の送迎を受けることにしてくださりました。良きかな良きかな


 というわけで、雨天の中、勉強道具一式を持ったクロちゃんを車から下ろします。


「ありがとうございます、神奈お姉さん」


 深々とお辞儀するクロちゃん。


「いいのいいの。私もアメリもクロちゃん大好きだし、アメリが嬉しいと、私も嬉しいもの。そして、子供たちが幸せだと私も幸せ。だから、かしこまらなくていいよ」


 ぽんぽん肩を叩き、傘を広げる。


「じゃ、中に入りましょう。みんな待ってるから」



 ◆ ◆ ◆



「お邪魔します。本当に、手ぶらで良かったんでしょうか」


 手ぶらというのは、お菓子や飲み物の話。


「もーう、遠慮しないの」


 頭を、久美さん風にうりうり撫でる。お菓子なんていちいち持ってきてたら、バス代よりお金かかっちゃうよ?


 どうもこの子はまりあさんに似て慎み深いというか、遠慮がちだ。もっと、甘えてくれてもいいのに。優輝さんの、グイグイくるご厚意に尻込みしていた、当時の自分を思い出す。


 彼女も、こんな気持ちだったんだな。


 厚意は固辞するより、受け取ってお返ししたほうが、自分も相手も嬉しい。この歳になってやっと、このことが心の底から理解できるとは。人間、一生これ勉強だなあ。


「とりあえず、うんと濃いお茶れるね。お菓子は向こう寝室にあるから、適当につまんでてちょうだい」


 彼女の渋い味覚に合わせ、濃いめを宣言。


「ありがとうございます」


 深くお辞儀し、寝室に向かうクロちゃんでした。


 みんなのぶんの新しいお茶も手に寝室に向かうと、さっそく白部さんと子供たちから、歓待を受けているクロちゃんが目に入りました。


「おねーちゃん、お茶ありがとー! ほんっとーに、クロいなくて寂しかったよ! ね?」


 アメリがミケちゃんとノーラちゃんに問うと、二人とも大きくうなずく。友情って素晴らしいな。


 ほかの全員からもお礼を受け、配膳し終わるとデスクにつく。


「じゃ、久しぶりに全員揃ったところでアンケート。みんなそれぞれ、漢字と算数どっちがやりたいかな?」


 アンケートを取る白部先生。みんな口々に、やりたいほうの授業を提案する。


 良きかな良きかな。私は授業をBGMに、仕事に打ち込むとしましょう。



 ◆ ◆ ◆



 ああ、筆が捗る。私直々にアメリに勉強を教えられないのは寂しいけれど、白部先生にタッチしてから、楽は楽。


 でも、漢字や算数だけが「勉強」じゃない。アメリには教えなければいけないことが、この先たくさん出てくる。


 例えば学校。私にとっては、テスト以外はいい思い出の残る場所だけど、きっとそうじゃない子も多かったはずで。


 アメリはとても社交家だし、なにより勉強熱心だから、私よりさらにスクールライフをエンジョイできるかもしれない。


 でも、そんな我が娘でも、挫折や失意を覚えることがあるだろう。そんなとき、支えてあげるのが私の務めだ。


 まりあさんも、優輝さんも、白部さんも。みんな、「娘」を幸せにするために頑張っている。


 女神様のはからいで、「飼い主」から「親」にレベルアップした私たち。


 猫時代とは別種の悩みや問題が、色々降り掛かったっけな。


 お風呂嫌いを克服させて、食事道具の使い方を教え、人間としての新たな振る舞い方を、色々教えてきた。風邪でパニックになったこともあったっけ。


 まりあさんたち先輩も、同じ道を歩んできてて、白部さんは私たちの通った道を、研究者との二足わらじで追っている。


 アメリはとてもいい子で、わがままもたまに出すぐらい。逆に、いい子すぎて心配になるレベル。


 アメリ。辛いときは辛い、苦しいときは苦しい、悲しいときは悲しいって言っていいんだからね。私にできることなら、何でも力になってあげるから。



 ◆ ◆ ◆



「よし! じゃあ、十分じゅっぷんぐらい休憩しようか!」


 白部さんのポン! という手打ちと声に、ハッとなる。気づけば、クロちゃんの到着から、時計が一時間ほど進んでいる。仕事と考え事に没入していたようだ。さすが、道路工事の真っ最中でも仕事ができる女。とか、自画自賛してみたり。


「新しいお茶、れてきますね」


 空になった湯呑やマグカップをトレイに乗せる。お礼を述べられ、台所に向かう私。今、こんなことぐらいしか、みんなにしてあげられないからね。繁忙期よ、早く去れー!


 ……戻り!


「え、風邪ってクシャミそのもので感染るんじゃないんですか!?」


 クロちゃんが、白部さんと何やら話しているようだ。


「うん。風邪のウィルス、壁とかにくっつくのね。それを触った手で鼻とか口、あとは目の周りなんかを触ると、感染っちゃうの」


「風邪のお話ですか?」


 配膳しながら尋ねる。


「ありがとうございます。はい、風邪ってどうしてクシャミで感染るの? と質問されまして」


「へー。私も恥ずかしながら、クシャミで直接感染るんだと思ってました」


 大人になっても、知らないことって知らないもんだなー。


「だから、手洗いが大事なんですよ」


「なるほど、腑に落ちました。私も休憩ということで、少し会話に混ざりますね」


「はい、ぜひ」


 その後、本職のお医者様による風邪豆知識を、子供に混じって教わりました。


 たとえば、抗生物質は細菌にしか効かないので、ウィルスが起こす風邪には処方されないことなど。抗生物質は、細菌性の肺炎のときに出すそうで。


 ためになるなあ。


「白部さん、逆になんで、抗生物質は細菌に効くんでしょう?」


 素朴な疑問が湧くと、尋ねずにいられないのがワタクシ。


「ええと……子供にも教えたいですから、猫崎さんはご存じでしょうけど、細胞壁についてから話しますね」


 細菌は、細胞壁という丈夫な物で体を覆っている。抗生物質は、この細胞壁を作れなくして弱体化させるのだそうで。へえ~!


 逆にウィルスはもともと細胞壁がないから、抗生物質は一切効き目がないのだとか。なるほどねー。


 子供と一緒に、聞き入ってしまう。


「あ、もうすぐ十分じゅっぷん経ちますね。すみませんが、勉強を再開させていただきます」


「はい、よろしくお願いします。興味深いお話、ありがとうございました」


 一礼して、コーヒー牛乳を手にデスクに戻る。


 色んな意味で、いい先生だな。


「ところでアメリちゃん。ちょーっとだけ、匂い嗅いでいいかな?」


 これだけは……ちょっとあれだけど。

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