「ねーねー! クロはグラタン食べたことある?」
私とまりあさんがおしゃべりに興じる中、ソファでクロちゃんの隣に腰掛け、人懐っこさ全開で語りかけるアメリ。でも、クロちゃんは更にまりあさんに密着し、距離を何とか空けようとする。
「オムライスは? スパゲッティーーは?」
更にグイグイ来るアメリに対し、必死で距離を空けようとするクロちゃん。
「ごめんなさいね。この子、ほんとに人見知りなの。気長に接してあげてね」
そう言い、まりあさんがクロちゃんの頭を撫でる。
「アメリー。『押してダメなら引いてみろ』って言葉があってね。逆に引いたほうがいいこともあるよ」
私のアドバイスに、彼女は「むー」と少し考え込んでから距離を空け、「クロは好きなものってないの?」と、足をぶらぶらさせながら問う。
「クロちゃん。お話苦手かもしれないけど、アメリちゃんお友だちになろうとしてくれてるのよ」
微笑むまりあさんをじっと見つめた後、「お姉ちゃん……。あと、お魚」とボソリと答えるクロちゃん。
「おお~! アメリもお魚好きー!」
興奮して再度クロちゃんに詰め寄ろうとするが、はっとして距離を空ける。その様子がなんだか微笑ましくて、ついクスリとしてしまう。
「アメリはね! サメさんでしょー、イカさんでしょー、チンアナゴさんでしょー……えっと、全部好き!」
「ボクは……アジとかシャケとかサンマが好き……」
内気ながらも勇気を振り絞って、会話に乗るクロちゃん。健気だなあ……ってあれ?
「クロちゃんって女の子ですよね?」
「ええ。でも、なんだか自分のことボクっていうんです。これはこれで可愛いなあって」
一瞬性別に疑問が湧いたけど、まりあさんの説明で得心が行き、「そうなんですねー」と謎の感心をしてしまった。
しかし、それとは別にクロちゃんが挙げた魚のリストで、もしかしなくても両者の好きは違う好きなのではなかろうか、とも考える。
「アメリもご主人様大好き! あとねあとね……」
またグイグイ距離を縮めそうになるのを、慌てて距離を取り直す。なんでこう、いちいちムーブが可愛いのか。
「あとね、とにかくもう全部好き! 楽しいことだらけ! クロも好き!」
唐突な告白に、クロちゃんがもじもじする。あら~。いや、子供同士の微笑ましい感情だろうけど、尊い……。
「だから、アメリとお友だちになってよ!」
キラキラした期待の眼差しを向ける。クロちゃんが、アメリと微笑みを浮かべるマリアさんを交互に何度か見たあとに、「うん……」とぼそり呟き、頷いた。
「やったー! 初めてのお友だちだああ!!」
感極まって抱きつくアメリを「や~め~て~!」と言いながら引き剥がそうとするクロちゃん。
「こらこら、クロちゃん嫌がってるでしょ。アメリはもうちょっと、落ち着きを身に着けようか」
さすがに可哀想なので、アメリを引き剥がす。
「ごめんね、クロちゃん。アメリー。そういうね、距離感近すぎるのが苦手な子っているんだよ。せっかくお友だちになれたのに、嫌われちゃうよ?」
この一言はてきめんに効いたようで、びくりと震えた後「やだ……クロに嫌われたくない……」と、涙目になる。ちょっと脅しすぎたか。
「じゃあ、クロちゃんにごめんなさいしよう」
「ごめんなさい……」
しゅんと頭を下げるアメリ。
「まりあさんも、すみません」
「いえいえ、うちの子が人見知りすぎるだけですから……」
クロちゃん、あまりにもしょぼくれているアメリを気に病んだようで、「あの、ボクも少し嫌がりすぎたかも……」と恐縮する。
「まあ、あれだ。アメリ、今度からやっても大丈夫なことをちゃんと相手に訊こうね」
「はい……」
「ほーらー、そんないつまでも落ち込まないのー。クロちゃんがアメリのこと嫌いだったら、今みたいなこと言ってくれないからね?」
大凹みモードのアメリの頭を、わしゃわしゃと撫でる。
「クロちゃん。アメリちゃんと握手してあげましょう」
「……うん。ボク、怖がりだから。その、ごめんね」
まりあさんに促され、おずおずと手を伸ばすクロちゃん。
「ほら、アメリも握り返してあげて」
「うん。クロ、怖がらせてごめん」
両者が握手を交わす。うむ! 場もまとまったようで、良き哉、良き哉。
「あら、もうこんな時間。すみません、長居してしまって」
まりあさんの声で時計を見てみれば、もうすぐ五時。いやはや、時が経つのは早いなあ。
「表までお見送りしますね。ケーキごちそうさまでした」
「いえいえ、どういたしまして。お見送り、ありがとうございます。今度は、うちにもいらしてください」
かくして、二人を送り出す。
「それでは、失礼します。今日はありがとうございました」
「こちらこそ、楽しいお話をさせていただいてありがとうございました」
互いに頭を下げ合う。
「ばいばーい! 今度遊ぼーねー!」
大きく手を振るアメリ。まりあさんが「またね、アメリちゃん」と手を振り、クロちゃんも、「……またね」と、ちょこんと頭を下げて小さく手を振る。
手を繋いだ二人の姿が小さくなっていく。
「アメリ、お友だちが出来てよかったね」
「うん!」
彼女の頭をキャスケット越しに優しくぽんぽんと叩く。
「じゃあ、晩ごはんのお買い物行こうか」
「はーい!」
そのようなわけで、一度戻って財布と買い物バッグを手に、二人で買い出しに出かけたのでした。
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