「こんにちは」
ベンチでくつろいでいると、黒髪長髪の温和そうな女性……三十歳ぐらいかな? に挨拶をされる。彼女に手を引かれている、茶色いキャスケットを被った、同じく黒髪長髪のアメリぐらいの歳の女の子が、お姉さんの背後にささっと隠れる。
「こんにちは。アメリもご挨拶」
「こんにちわー!」
会釈して挨拶を返すと、アメリもそれに倣う。
「娘さん、アメリちゃんていうんですね」
はっ! そういえばアメリなんて名前、日本人のそれじゃないじゃなーい! まあ、今どきならキラキラネームで通じるでしょう、うん。いけるいける! そう信じよう。
しかし、「娘さん」か……。いやまあ、私ももう二十七だし? これで姉妹だったら、お父さんとお母さん、いい歳して頑張りすぎでしょって感じだけど。それでもやはり、なんというかまあ、ショックじゃないといえば嘘になるなあ。
「クロちゃんも、ちゃんとご挨拶しましょう?」
お姉さんに促されると、片目だけちょっと出して「こんにちは……」とぼそりと呟く。
「すみませんね、ほんとに人見知りで」
「いえいえ。可愛いですね」
などとほのぼのトークを繰り広げていると、びゅうと強い風が吹き、白いキャスケットが眼前を横切っていく。
って、え? キャスケット?
アメリのほうを見ると、猫耳がご開帳! お姉さんを見ると、口に手を当てて驚愕の表情! 魂が口から抜けそうになるとはこのような感覚か。一瞬頭が真っ白になるが、とりあえず買いたてホヤホヤのキャスケットを回収! 幸いすぐそばの低木に引っかかっていて、すぐに回収成功! 急いでアメリに再装着!
「えー、えーっとですね! 最近の付け耳ってすごく良く出来てますよね!」
苦しい。我ながら苦しい。もうちょっと気の利いた言い訳を思いつかないかと、パニックを起こしながらぐるぐる思考なう!
「アメリちゃんもなんですね……」
お姉さんが、変てこなことを言い出す。彼女もショックで、どうかしてしまったのかしら。
「クロちゃん、見せてあげて」
お姉さんが促すと、クロちゃんが私たちだけに見えるように、キャスケットを持ち上げる。すると、そこには猫耳が!
今度は私が、意外な光景にびっくりする番で、アメリはのんきに「おお~!」などと感心している。
◆ ◆ ◆
「クロちゃん以外にも、猫耳人間の子がいたんですねえ」
「いや~、私もびっくりしてます。まさか、ご近所に同じような子がいるとは……。さっきは、思わずパニックになりかけましたよ」
四人でベンチに並んで座っておしゃべり。何ぶんクロちゃんが非常に人見知りなため、私とお姉さんを挟んで、左右にアメリとクロちゃんが座っているという構図。
アメリが、クロちゃんと仲良くなろうと色々話しかけているが、話しかけるほどに天の岩戸に隠れた天照大神の如く、お姉さんの背後に隠れていってしまう。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。わたし、宇多野まりあっていいます。この子は」
「クロちゃん、ですよね。猫崎神奈《ねこざき・かんな》です。この子は先ほどもご紹介しましたが、アメリっていいます」
キャスケット越しにアメリの頭を優しくぽんぽんと叩くと、「うにゅう」という気の抜けた声を上げる。
「実は、うちの子がこうなったのは……」
猫アメリの他界から、今に至るまでをかいつまんで話す。
「猫崎さんも、そうだったんですね。うちのクロちゃんも一年前に亡くなったんですけど、同じようにこうなって……」
ううむ、なんと運命的な。ともかくも、猫耳人間の育児経験者である先輩から、色々と貴重なアドバイスを聞くことが出来た。
人間用の食事をさせても大丈夫なこと、病気になったらS町にある「松戸内科・小児科医院」を頼ればいいこと、などなど。
「ごしゅ……おねーちゃん、お腹へったー!」
まだ明るいからうっかりしてたけど、スマホの時計を見ればもうすぐ五時。ずいぶんと話し込んでしまった。
「じゃあ、今日は人間食デビューもしようか! 宇多野さん、よろしければ連絡先を交換しませんか?」
「ええ、ぜひ。わたしもこういう話をできる人が、松戸先生しかいなくて困っていたんです」
快く承諾してもらい、通話・メール用アプリ「LIZE」の連絡先を相互登録。
「では、折を見てご連絡差し上げますね」
「はい、私からも色々ご相談すると思いますので、よろしくお願いします」
「またね~!」
宇多野さんとクロちゃんに別れを告げる。ぶんぶんと手を振るアメリに、ちらりと顔だけ向けてぺこりと無言で会釈するクロちゃん。つくづく好対照な二人だこと。
さあ、公園デビューに続いて記念すべきアメリの人間食デビュー! 今夜は何を作ってあげようかなあ。
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