神奈さんとアメリちゃん

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第三百三十四話 親の心、子知る

公開日時: 2021年8月28日(土) 21:01
文字数:2,176

「あ、お母さん。今時間ある?」


 夜九時過ぎ。アメリも寝たので、休憩ついでにダイニングでお母さんに電話なう。テーブルの上では、愛用のマグカップの中でコーヒー牛乳が、薄茶色の水面を湛えている。


「あら。どうしたの? 忘れ物でもした? とりあえず、手は空いてるけど」


「ううん。ちょっと訊きたいことがあってさ。私の親離れってどんな感じだったのかなって」


「はー。また、妙なことを訊いてくるものね。何かあったの?」


「うん、あのね――」


 アメリの自立心が旺盛なこと。そして、友人でありドクターでもある白部さんから、先ほどのような回答をいただいたことを話す。


「そんなわけでね、自分自身のことが参考にならないかなって」


 右人差し指の腹で、カップの縁をつつと撫でる。行儀が悪いけど、精神的にちょっと不安になったときについやってしまう、私のささやかな悪癖の一つだ。


「そうねえ。猫耳人間としてのアメリちゃんとは、二週間程度しか関わったことがないけど、それでも神奈とアメリちゃんは結構個性が違うと感じるわ。その上で聞いてね?」


「うん」


 コーヒー牛乳を一口飲む。


「神奈の親離れは……ほかのお子さんと比べて、ちょっと遅いかなって感じだったわ。ほら、一番最初にお風呂入りたいとか、部屋に入ってこないでとか、そういうこと言い出したの。思春期の芽生えっていうのかな。それが十二歳もかなり経ってからで」


 ああ、たしかに。思い出せば、そんなだった。


「お母さんたちは、どんな気持ちになった?」


「私は、『ああ、ついにこのときが来たか』って感じだったわね。お父さんは子煩悩だし、神奈もお父さん子だったから、お父さん、かなりショックだったみたいよ」


「あはは……。なんだかメンボクない」


 でも、当時お父さんが感じた感情は、ちょっとだけ今の私の心境に似てるかもしれない。


「なんか他人事みたいでアレだけど、お父さんと私の関係は傍から見て、その後どう感じた?」


「そうねえ。思春期の女の子にしては、父親との関係は穏便なほうだったと思うわよ? どちらかというと、口うるさい私のほうによく文句言ってた気がするわね」


「あー……。どうにも、申し訳ないデス」


 やり場のないこっ恥ずかしさに、後頭部を撫でる。


「いいのいいの。そうやって、みんな大きくなっていくんだから。今では、こんなに立派に育ってくれたし。まあ、お寝坊さんとか無計画なところは子供の頃から変わってないけど」


 思わず、「いや~……」と、後頭部を掻く。自分で尋ねておいてなんだけど、どうもこの、いちいち黒歴史が掘り返される感じがこそばゆい。


「まあ、そんな神奈だったけど、やっぱり親離れが始まったときは寂しかったわね。ああ、もう子供・・じゃないんだって」


「お母さんも、やっぱりそうだったの?」


「そりゃそうよ。ついこないだまでベタベタ甘えてた子が、『勝手に部屋の掃除しないで!』って、怒ってくるのよ? 寂しいやら、何やらで」


 当時の自分を思い出す。たしかに、あの頃は今の親子関係しか知らない人から見たら、結構ツンケンしてた気がする。


「なんか……今思うと、ゴメンだね」


「気にしないの。そうやってみんな大きくなっていくもんだって言ったでしょ? 私もそうだったんだから。でね、アメリちゃんに話を移すけど」


 ごくり、と唾を飲み込む。


「神奈とは、ちょっと出方が違うかな。思春期って自立を目指す過程なんだけど、たとえば、神奈のお風呂の順番とか、入室拒否とかは、その一環なわけね。で、アメリちゃんは『もう、何でも自分でできるよ』って示すことで、それを発露し始めてるんだと思う。だから、あの子が何か自分でしようとしたら、それを邪魔せず、過剰に手も貸さないほうがいいと思うわ」


「はー……そういうもん?」


「私はそう思うな。だから、神奈はアメリちゃんを見守る時期に入りつつあるんだと思うよ。とにかく、アメリちゃんにいっぱい挑戦と失敗をさせてあげて。で、それで本当にどうしようもなくなったら、ちゃんと気づいて手を差し伸べてあげなさい」


 人生の大先輩の言葉が、胸に染み入る。


「私は、アメリを撫でてあげたり、抱っこしてあげたりしたいんだけど、そういうのももうやめたほうがいいのかな?」


「アメリちゃんが、嫌がらなければいいんじゃない? 逆に、ちょっとでも嫌がるようならやめるべきね。猫耳人間のことはよくわからないけど、まだ人間でいえば九歳にもなっていないんでしょう? 焦らなくていいのよ」


 白部さんにも、そんな事言われたな。


「とにかく、焦らず、押し付けず、アメリちゃんの流れ・・に付き合ってあげなさい。甘えたければ甘えてくるし、その逆なら避けてくるものだから。ほら、猫のアメリちゃんもそんな感じだったでしょ?」


 たしかに。猫って、構ってムーブとほっといてムーブの差が激しい。


「私が言えるのはこんなところだけど、参考になったかしら?」


「うん、すごく。なんていうか、本当にありがとう。子育ては一人で悩まないことって、ほんとによく言ったもんだね」


「後はなにかある?」


「ううん。とりあえず、さっきの話を参考に今後にあたってみる。夜遅くにありがとね。じゃ、おやすみ。私はまだ、仕事があるから」


「無理だけはしないでね? 困ったら、いつでも頼りなさいね。じゃあ、またね」


 通話を終了する。


 私は良い親を持ったな。感謝しかない。


 さあ、仕事をもうひと頑張りしますかー!

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