クロちゃんを励ました日からまた数日、アメリはミケちゃんとの特訓が多くなって、かくてるハウスへよく遊びに行くようになっている。うちより向こうのほうがはるかに広いので、歌って踊るなら当然の選択だけれど、ちょっと寂しいし、いささか本調子が出ない。
寂しいといえばクロちゃんもそう。歌謡コンが終わるまでは二人の輪に入れない状態が続くわけで、まりあさんと過ごしていることが多い。
もっとも、肝心の歌謡コンは一週間後の日曜開催なので、このちょっとアンニュイな状態もそう長続きするわけでもないけどね。
そんなことを頭の片隅で考えながら執筆のラストスパートを頑張っていると、玄関のドアが開く音と、アメリらしき声。そして、とてとてという可愛らしい足音が聞こえてくる。
「ただいまー!」
「おかえり~。もうこんな時間かー」
伸びをしながらPCの時計をちらりと見ると、五時を少し回ったところ。
「おいで」
膝をぽんぽんと叩くと、ちょこんと座ってくる。その状態で、頭を撫でながらアメリに今日の成果を尋ねると、結構上達したようだ。
「今日は、何か食べたいものあるー?」
「んー……なんでもいい!」
むう、リクエストで一番困るやつ来た。どうしようかな。
「よし、案ずるより生むが易し! いつもみたいに、スーパー行ってから決めようか!」
◆ ◆ ◆
というわけでいつものスーパー。今日のお買い得品は……さつま芋、ナス、玉ねぎ、大葉、エビ、ロールイカなどなど……む! これは早速、献立が立ち上がってきましたよ!
「アメリ、今日は天ぷらにしよう」
「おおー? おうどんのとき食べたやつ?」
「うん。でも今日は手作りするから、あのときより美味しいよー」
まずは、薄力粉と卵。続いて、さつま芋、ナス、玉ねぎ、大葉、エビ、イカ、舞茸、かぼちゃ、グリーンアスパラをかごに入れる。
私たち二人で食べるには多すぎるけど、これだけ買い込むのにはもちろん理由があるのです。
◆ ◆ ◆
さあさあ、帰って参りました!
では、三分でクッキングするいつものBGMを……といきたいとこだけど、お米をお水に浸さないと主食がないから、まずはそれ。
そしてこれが大事なんだけど、薄力粉と卵、そしてお水をちゃんと冷蔵庫で冷やす!
「さ・て。お風呂に入ろっか、アメリ」
「おお~? お料理しないの?」
「今は、下準備中。お風呂からあがる頃には、準備も整ってるよ」
他の具材もさつま芋、玉ねぎ、かぼちゃ以外の材料は冷蔵庫に入れて、お風呂へGO!
◆ ◆ ◆
お風呂から上がってさっぱりした頃には、お米の浸水も、薄力粉と卵と水の低温下も十分という塩梅になっておりました。
「何か手伝えることなーい?」
「そうだねー。じゃあ、衣まぶすのお願いしようか。それまでは見ててね」
というわけで、例の三分でクッキングするBGMを脳内に鳴らしながら、調理開始!
まずは、炊飯器のスイッチをオン!
海老の頭と足を落とし、殻を剥いて背わた取り。さらに、腹部に横方向に包丁を何度か引いて、エビが加熱で丸まらないようにする。
続いてイカの処理。皮を剥いて、身に格子状に切れ目を入れる。こっちは比較的ラクだね。そめごろうも大変だなー。
ナスはヘタを取った後、横に三等分して実の下側に縦方向に切れ目を入れる。
玉ねぎは輪切り、かぼちゃはワタとヘタを取って扇状のやや薄切りに。
アスパラは下部の硬い部分とはかまを取り除く。
舞茸は、三分の一ずつぐらいに切ればいいかな。
大葉は、軽く洗って水気を拭き取る。
これで、種の仕込みは完了。
次に、油切りのトレイの下にキッチンペーパーを敷いた後、油を熱しつつ、天ぷら粉を作りまーす。
ボウルに薄力粉百四十グラムと卵を一個割り入れて、お水を注いでかき混ぜーる!
ただし、少しダマが残る程度にして、かき混ぜすぎないようにするのがポイント。
「さあさあ。出番ですよ、アメリ先生。衣をべたべたにつけすぎない程度にエビとかにまぶしてね。葉っぱはコツが要るから私がやるね」
油に衣を一滴落とすと、沈んで一拍経った後、ぷかーっと浮いてくる。うむ、適温!
アメリから衣をまぶした種を受け取り、鍋に近付かないように注意を促し、油温が下がらない程度の勢いで次々手際良く揚げていく。
「あー、アメリ。種は全部一気に衣をつけないで。二人ぶん残しておいてね」
そうこうしているうちに、結構な量の天ぷらが完成しました。大葉は衣を薄く付けるのがコツなので、これは私のお仕事。よし、大葉の天ぷらも完成!
「じゃあ、未使用の種と衣を冷蔵庫にしまって、おすそ分けに行こう!」
火を止め、天ぷらを耐熱容器に移す。ではでは、参りましょうか!
◆ ◆ ◆
「はーい、こんばんは」
かくてるハウスのインタホンを通じてご挨拶すると、優輝さんが出てきました。
「こんばんは。今しがた天ぷら揚げたんですけど、よろしければ」
「おお、これはありがたいなー。みんな喜びますよ」
「いえいえ。いつも優輝さんたちには、いただきっぱなしでしたから。すみません、これからまりあさんにもおすそ分けに行くので、ご挨拶も程々で恐縮ですけど失礼しますね」
「ありがとうございました。容器は、明日にでもお返しに上がります」
ご挨拶もそこそこに、自動車の発進体制を整える。さあ、次はまりあさんのおうちだ!
◆ ◆ ◆
「こんばんは。どうしたんですか、こんな時間に。珍しいですね?」
「こんばんは。さっき、天ぷらを揚げまして。よろしければ、いただいてください」
「あら! ありがとうございます!」
私たちの様子が気になったのか、クロちゃんがドアの影からこちらをそっと覗いている。ぶんぶんと手を振って、「クロー、こんばんはー!」とアメリが挨拶する。もちろん、まりあさんにはすでにご挨拶済み。
クロちゃんは、ドアの影からそのままちょこんと頭を下げて、「こんばんは……」と、ぼそりとご挨拶。うーむ、色んな意味で距離をちょっと感じるな。やっぱり、歌の特訓に加われないのがなんだかんだで気まずいのかもしれない。
少しアメリとお話させてあげたいけど、私たちの晩ごはんがまだなのよね。なにより、路駐してるから長居するわけにもいかない。
「ちょっと、そこの脇に車停めてますので、手短ですけどお暇しますね」
お互いにぺこりと頭を下げて、家に戻るのでした。
◆ ◆ ◆
家に取って返して、自分たち用の天ぷらを改めて揚げる。おなじみ香味のつゆで天つゆを作り、天丼にしていただきました。
「おねーちゃん、この天ぷら美味しい!」
「でしょー。揚げたてって美味しいのよ」
この、揚げたてのサクサクした衣の歯ごたえって、ほんとサイコーよね!
まただいぶ汗をかいてしまったので、二度目のお風呂。お風呂から上がると、まりあさんに電話をかける。
「あ、たびたびすみません。クロちゃんまだ起きてますか?」
まりあさんの返事を確認した後、テレビから外したイヤホンを差して、アメリにスマホを手渡す。
「クロ! 最近お話あんまりしてないからお話しよ!」
久しぶりに、会話に花を咲かせるアメリとクロちゃんでした。良き哉良き哉。
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