忙しいときは猫の手も借りたいとはいうけれど、残念ながら猫耳幼女がいてもあまり荷解きの助けにならない。それが角照さんの状況だった。
そんなわけで、お昼過ぎに荷物を降ろし終わった後もう一度うちに来て、夜までミケちゃんを預かっていただけませんか、なんて相談を持ちかけられてしまいました。
(さて、どうしたものかな)
目の前で恐縮する角照さんと、所在なさ気なミケちゃん、そして期待に目を輝かせるアメリを順に見る。
「わかりました。困ったときはお互い様ですものね。ミケちゃん、食べ物の好き嫌いとかあります?」
「ありがとうございます! でも、預かってもらうだけでも申し訳ないのに、ミケのぶんのごはんまで作ってもらうなんて、頼めませんよ」
「いえいえ。二人も三人も、作る手間は変わりませんから。角照さんは荷解きに集中してください」
角照さんがあまりにも恐縮するので、笑顔で応える。
「そこまで仰っていただけるのでしたら、お願いしましょうか……。ただというのも申し訳ないので、ミケの世話代として収めてください」
お財布から千円札を取り出す角照さん。
「いえいえ、作るのも手の混んだものではないですし、お代とか結構ですよ」
善意の応酬の結果、「では、今度なにかご馳走させていただきます」という彼女の申し出で互いに手打ちに。お昼はもう済ませてあるらしく、本日はミケちゃんと一緒に晩ごはんを食べることとなりました。ちなみに、ピーマンが苦手だとか。
私も次のネームを仕上げなければいけないので、買い物の時間までミケちゃんの相手は寝室兼仕事場という目の届く範囲で、アメリにしてもらおう。
「よろしくね、ミケちゃん。アメリと仲良くしてあげてね」
「あ、うん……はい」
うーん、ミケちゃんの態度がよそよそしいな。借りてきた猫というか、遠慮がある? それともさっきの嫉妬? ううん、ちょっと違うな。……あっ!
「アメリ。いい子だから、ミケお姉ちゃんの言うことをちゃーんと聞くんだよー」
するとミケちゃん、しっぽと耳をピンと立てるじゃない。うん、読み通り! なるほどね、お姉さんとしてのプライドをくすぐってあげればいいのね。
「しょーがないわね! アメリ、ミケがお姉ちゃんとしてお手本を見せてあげるわ!」
「はーい!」
胸を反らし手を当て、えっへんというか、ドヤァというポーズのミケちゃん。良き哉良き哉。
かくして、二人は文字学習タブレットと「くろねこクロのたび」で文字の授業。私は机にかじりついて、ネームを仕上げる作業に集中できました。
◆ ◆ ◆
「アメリは、アイドルって興味ある?」
作業中、なんだか面白そうな会話が聞こえてきたので、背後を振り返る。
「あいどる?」
「歌って踊る人気者! ミケは、将来アイドルになるのが夢なの!」
立ち上がり、ポーズをキメる彼女。おお、結構堂に入ってるじゃない。
「すごいなー。ミケは大人になったときのこと考えてるんだねー」
感心するアメリに、鼻息も荒げにえっへんと胸を反らすミケちゃん。
アイドルかー。猫耳アイドルとかそりゃもう可愛いだろうなあ。なんとなく、三人で並んで歌い踊るミケちゃんとアメリとクロちゃんを想像してしまう。あーでも、内気なクロちゃんとか絶対やりたがらないか。
でも、そもそも論として、猫耳人間たちがこの先社会に受け入れられていくのだろうか。今は理解のある人間にしか出会っていないけど、そこが不安になる。
彼女たちも、いつまでも私たちに養われているわけにもいかないだろう。戸籍も持たないこの子たちは、どうなっていくのか。
「どうしたの、ご……おねーちゃん?」
アメリが不安そうに私を見る。ミケちゃんも、なんともいえない表情。いかんいかん、顔に出てたみたいだ。
「ううん、なんでもないよ。さ、コーヒー牛乳のおかわり作ってこよっと」
何ごともなかったように、空のカップ片手に席を立つ。
先のことは、そのときに心配しよう。この子たちを幸せにしてあげるのが私たちの役目だ。聞けば、やはりミケちゃんも一度猫としての生を終えているのだという。私たちは、二度目の愛するチャンスを手にれた奇跡の体験者。今は、それを大切にしよう。
◆ ◆ ◆
「んー……っ!」
伸びをして、こわばった体をほぐす。すごく頑張った! 時計を見ればもうすぐ五時。そろそろ晩ごはんの買い出しに行こうかな。
「二人とも、晩ごはんの材料買いに行きましょー」
声をかけると、「はーい!」という元気な返事。うむ、では外着に着替えて無洗米を水に浸しておいておいてから、いざ参りましょうぞ!
歩くこと十分弱、おなじみのスーパーで冷房と店内BGMのお出迎え。ここに初めて来るミケちゃんは、スーパー自体は初めてではないにしろ、少し物珍しそうにしている。
さて、今日のお買い得品は……。ずばり、カレールウ。あと缶詰も安いなあ。となると、今日のメニューはこれだね!
「ミケちゃん、カレーは好き?」
「大好き! でも辛すぎるのは苦手」
「かれー?」
アメリがきょとんと、初めて聞く料理名を復唱する。
「カレーっていうのはねー……」
「辛くて、とにかく美味しい料理よ!」
ミケちゃんにセリフを奪われてしまった。まあ、いいか。
「中辛でいい?」
「甘口がいいなー」
カレー経験者であるミケちゃんに意見を問うと、ダメ出しされてしまった。こりゃ、今日は私も甘口食べなきゃだね。中辛派だけど、たまにはいいか。
「アメリ、人参入れるけど苦手なら残していいからね」
まずは、人参と玉ねぎをイン。今回は別の具を多めに入れる予定なので、あえてじゃがいもは外す。
続いて、甘口ルウとツナ、コーン、アスパラの缶詰もかごに投入。アスパラは野菜不足になりがちな我が家なので、多めに買っておこう。ツナ缶もあればあるだけ便利よね。あとは、らっきょうと大きめのカットサラダを一袋。
よし、これで晩ごはんの用意は完璧!
あとは……。
「ミケちゃん、なんか飲みたいジュースある?」
「んー……アルピスソーダ!」
おお、乳酸菌飲料といえばこれよね。一応、「これとかどう?」とマスペを勧めてみたけど、たいそう渋い顔で首を横に振られてしまった。ミケお嬢様もお気に召しませんか。
まあね、所詮マスペ派は哀しみの詩を湛えた孤独な戦士ですよ。わかっていましたとも、変てこなポエムを脳内で紡いでしまうぐらいには。くすん。
アメリは例によってコラ・コーラをチョイス、私は言うまでもなし。
では、これにてお会計。仲良く飲みながら帰りましょ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!