「二人とも、だいぶ上手くなりましたねー」
原稿完成の翌お昼下がり。かくてるハウスに、アメリと一緒にお邪魔しています。
アメリとミケちゃんは、歌とダンスの特訓なう。そんな二人の様子をかくてるの皆さんと世間話に興じながら見守り中。
「親バカかもしれませんけど、優勝しちゃうかもしれませんね」
優輝さんの言葉に、うんうんと頷き同意する。二人とも、本当に筋がいいと思う。
「アメリもそうなんですけど、ミケちゃんも努力家ですよね」
「ですね。お姉ちゃんとして振る舞いたいっていうのかな、そういうプライドが強い子なんで」
努力家という点では一致しているけど、アメリは「世界を広げたい」、ミケちゃんは「立派になりたい」という微妙な方向性の違いがあるな、と根底に流れるものの違いを感じる。もちろん、どっちもいいとか悪いとかない、素晴らしい動機だけれど。
「あっ!」
かくてるの皆さんと一緒に声を上げる。アメリがターンをしくじって、転倒しかけたのだ!
しかし、ミケちゃんがとっさに受け止めセーフ! ほっと胸をなでおろす。
「大丈夫、アメリ? このターン、難しいだろうから削る?」
ミケちゃんが、アメリとともに体勢を立て直して提案する。
「ううん、頑張る! 一緒に優勝しよ!」
両拳を胸の前に構えて気合を入れ直すアメリ。本当に、前向きだなあ。
「ミケ、アメリちゃん。休憩も大事だよ。もう三十分以上、歌って踊りっぱなしだ。一緒にクッキーとお茶を楽しもうよ」
「そうね。アメリ、少し休憩しましょ」
「おお~」
ちょこんと、私たちの横にそれぞれ座る二人。クッキーを食べる姿が、小動物っぽくて実に可愛い。
歌謡コンテストといっても、しょせんは町内会の催し。優勝したところでスカウトマンからアイドルの世界にお呼びがかかるわけもなく、ミケちゃんの夢の一助にはならないだろう。でも、それを指摘するのは無粋というもの。二人にとって、全力で取り組むに値するイベント。それで十分なのだから。
「そうだ、神奈さん。原稿が仕上がったとのことですけど、次はどんなお話にするんですか?」
不意に、瞳を輝かせて尋ねてくる優輝さん。
「あー。それはネタバレになっちゃうんで、ナイショで。でも、ちょっとご提案したかったことを思い出しました。皆さんを漫画に登場させても構いませんか?」
「えっ! あたしは構いませんっていうか、神奈さんの漫画に出られるなんて光栄なことですけど……」
優輝さんがほかの四人を見渡す。
「あ、もちろん見た目も名前もわからないように描かせていただきますし、ミケちゃんも普通の猫として描きますので」
あわてて付け加える。個人情報が大事な世の中だもんね。
「ウチは構わねーよ。でも、身長高く描いてほしい。マジで」
久美さんに頭を下げられてしまう。
「自分もおっけーっすよ! 美人度二十%クーラーって感じでお願いするっす!」
サムズアップするさつきさん。意味はわからないけれど、とにかく美人に描いてほしいっていうことかな。
「わたしも特に問題ないです。ミケちゃんはどうかな?」
「ミケも特にイゾンはないわ! ただし、ちゃんとかっこいいお姉さんに描いてよね!」
由香里さんとミケちゃんも同意してくれた……のはいいけれど、普通の猫として描くというのに、どう「お姉さん描写」したらいいんだろう……。まあ、心がけるだけ心がけましょう。
「ありがとうございます。では、せっかくなので明日、皆さんのお仕事風景を拝見させていただいてもいいですか?」
「いいですけど……」
かくてるの皆さんが顔を見合わせる。
「多分、神奈さんのご想像よりすっごく地味な絵面になりますよ? ゲーム作りって、舞台裏はほんと地味~ですから」
代表して、申し訳なさそうに返答する優輝さん。
「あ、いえいえそんな! 取材って、やっぱり大切じゃないですか。面白おかしくドラマチックに描くとか、そういう漫画ではないですし」
「わかりました。じゃあ、普段どおりの作業体勢をお見せしますね」
「ありがとうございます!」
深々とお辞儀。
「いやいや、頭上げてくださいよ。こないだ取材させていただいたお礼でもありますし。あ、そうだ神奈さん」
「はい、何でしょう?」
「今のゲームがβ版……えっと、完成手前までいったら、テストプレイお願いできますか?」
「私、ですか? いえ、あの以前お伝えした通り、ゲームは初心者どころかまるっきり素人でして……」
「ええ、だからこそです。そういう方のご意見って、なかなか聞ける機会がないので」
「そうですか……では、あまりご参考になるかわかりませんけど、やらせていただきますね」
「ありがとうございます! くぅ~っ! 憧れの神奈さんにプレイしてもらえるとか、気合い入れてシナリオ書かなきゃなあ!」
胸の前に両拳を当て、気合を入れる優輝さん。
「よかったっすねえ。優輝ちゃん、ほんと神奈さんの大ファンっすからね」
「そりゃもう! 神奈さんは天才だよ天才! 本気でリスペクト対象だよ!」
「どう、どう。落ち着けな、優輝。いやもうこいつ、神奈サンのいないところでは限界オタク化して、めっちゃ早口で神奈サンの魅力語んのよ」
「ちょ、久美さんそれ言わないでって言ったのに!」
赤面する優輝さん。
「そんなに熱心な読者さんがお隣りに住んでるなんて、私もすごく嬉しいですよ。そうだ、よろしければ本にサインでも書きましょうか?」
「い、いいいいい、いいんですか!?」
興奮して前のめりになり、テーブルに手を付く優輝さん。
「あ……はい。サインぐらいならいくらでも」
「あぁ~! なにこれ! 夢!? あたし明日死ぬのかな!?」
胸の前で両手を組み合わせ、天に祈るような姿で恍惚となる彼女。そこまで!?
「あ! 本、取ってきます!」
優輝さんが、どたばたと家の奥に駆けて行く。いやはやすごいなあ、などと他人ごとのようにぽかーんと、階段の奥に消えていく背中を見つめる。
「まー、愛が暴走気味なだけでいいやつなんで、変わりなく接してやってください」
久美さんが苦笑する。明日が楽しみだなあ。
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